第43話 てかげんなし

 私は準備を終えたリクとヨウジを連れて治療院の前に転移する。馬車で行くにはちょっと目立ち過ぎるからだ。


 先触れは出していたので私の姿を見たものが治療院の中に人を呼びに行った。小走りで院長らしき人物が出迎えにきた。リクから手渡された『布マスク』というものを私もつける。


「早速のお運びありがとう存じます。ヴァルハロ辺境伯閣下。ピュクシス治療院の院長、

パンドルと申します。」


「受け入れ感謝する。皇帝陛下の許可により新しい回復薬の効能記録を取らせてもらいにきた。私の他に部外者が入るのを許して貰いたい。こちらの都合でのことなのでな、重傷な者が居ても対処が出来るように司祭を連れてきた。こちらはヨウジェス司祭だ。後ろの少年はリック、司祭の従者だ。薬師見習いでもある。新薬を扱う者だ。」


 司祭姿のヨウジを見て表情が輝いた院長はすぐに中へと促してきた。


「なんと! それは素晴らしいっ、どうぞ此方へ!」


 中に入ると限られた空間に人がひしめいている。ベッドの数に限りがあり床に布を敷いて横たわる者も多い。


「最近、森の近くの魔物が活性化しているようで怪我人が多いのです。それに寒さが厳しくなっておりまして、咳をしている者も多くおります。」


 ゴホッ


 院長がため息と共に咳を1つする。

 院内を歩く手当てに回る者もそれなりの人数いるが、手が足りているようには見えない。痛みを訴えて呻く者も多くいる。酷い状態だが、患者を安価で受け入れる治療院はどこも同じようなものだ。


 隣に立つリクの手が震えるほど強く握りしめられている。


「ライル……様、すぐ治療にかかります。預かって頂いているものをすべてこの台の上に出していって下さい。ここは俺1人で大丈夫です。」


 従者らしい言葉遣いだが声と手の震えは隠せていない。宙を睨む目にはすべて自分で背負わんとする暗さがある。


 ヨウジが近寄ってリクに耳打ちし、肩を叩く。リクは息を深く吸い込むと、強く頷いた。その目には一瞬前と違って確かな光がある。


 次に私の元に来たヨウジは小さく囁いた。


『手加減しねえぞ。全員元気にしてから治療院全体を洗浄する。いいなライル。』


 *….:*….:※。.:*:※。.:*:・*…:.*…:.




 俺が治療院に入った瞬間。森の中で見た、あの光を吸い込む黒い玉が幾つも浮かんでいるのが見えた。命を断ち切るもの。死に近い人がいるとわかった。

 今すぐに、薬を作って助けないと。みんな死んでしまう!


 手元が焦りとプレッシャーで震えた。


 それに気づいたじいちゃんが耳打ちしてくれた。


『今はおらにも黒い玉が見える。人に入るめぇにみんな元気にするすけ、深呼吸せぇ。震えでると、茶ぁ溢れでしまうぞ。

 目立っても良いように変装してらんだ。おらも手加減なしで重傷者全員治す。ほんでライルに魔法で治療院丸洗いしてもらう。』


 肩をポンと叩かれた。そうだ、俺は1人じゃない。深呼吸して、強く頷く。

 聖人になったじいちゃんに重症の人は任せる。主に怪我で手足を失った人だ。


 湧水を入れた湯を沸かす魔道具に少ない魔力を流して起動する。俺の担当は深手の怪我の人から軽傷の人、内臓を傷めている人だ。


 慌てず、ゆっくりと茶葉をティーポットに入れ、お湯を注ぐ。カップも借りてきて良かった。最大限の効果が出るように祈りながら淹れる。


「新開発の回復薬です。傷の痛みがつらい方に飲んでいただきたいのですが……。」


 包帯をやお湯を運んでいた女性に声をかけて、深手の怪我人の元にカップを運んで飲ませてもらうように頼んだ。


 最初の1人が口をつける。


「………ッ傷がっ!? ふさがった!!」


「えっ?! ウソッ!?」


 飲んだ冒険者風の男性の腹に巻いた包帯の下には傷はない。飲ませた女性も効き目に驚いている。


「効き目の強い薬です。どんどん淹れますので怪我人に運んで下さい。カップは1人飲んだら回し飲みせずに必ず戻して下さい。洗浄してからお渡しします。」


「こ……っこんないい薬、高いだろう?」


 最初に飲んだ男性が焦った顔で問いかけてくる。


「ギルド認可前のお試し品ですから。お金よりも体調の変化などの記録が欲しいので、後で聞き取り調査をさせてください。」


 前にジョシュアが言ってた言い訳がツルツルと出てきた。


「まじかよ……。じゃあ、俺に何か手伝わせてくれ!!」


 余程効き目に驚いたらしい男性は、そう声を上げた。


「そうですね。……では、手当てを担当していた人と、治って問題なく動けるようになった人は、まだ薬を飲んでいない人にカップ渡すのを手伝ってもらえると助かります。

 あ、傷の出血が多かった人は無理しないで下さい。血が増える訳ではないので急に動くとふらつきます。」


「わかった! どんどん運ぶぜ!」


「え、あの、無理しないで下さい!」


「私も運びます!」


「ぁあ、はい……。」


 みんな薬が良く効くことに驚いて聞いてない。足どりは悪くないから大丈夫と思おう。


 戻って来たカップを水の入った桶で洗う。浄化魔法を付与した魔石が内側に10個もついている特製の桶だ。べーの作品。


『アヴィを助けてくれたお礼に、欲しい魔道具を作ってあげる。』と言われ、作ってもらった。衛生面が気になる状況なので、かなり助かる。


 綺麗にしたカップで一番煎じ、二番煎じ、三番煎じまでを順に淹れて傷の深い順に運んでもらった。


「折れた足がッ……痛くねえ! ぅ、動けるぅっ!」


「凄い……わたし、顔の傷がっ消えてっ……ああっ目が開くわっ!!」


 1人、また1人と飲んでは歓声をあげて床から起きる。

 血の付いた包帯をすべて取り去って小躍りする親子。お互いの致命傷が治って抱き合う冒険者のカップル。骨折した足が動く、と歩きだした商人風の男性。笑顔になる様子を見ると、こっちも嬉しくなる。


 手伝いに回る人もしっかりと傷の塞がる様子に驚き、促す声に力が入る。


「さあ、飲んで。 もう大丈夫よ! すっかり治ってしまうから安心してね。」


「これは今日だけのお試し新薬だとよ。騙されたと思って飲んでみな。効き目が良すぎて腰抜かすぜ!」


 体温が下がってる人や咳をしている人には温かいお湯に粉茶を溶いて渡す。


「体の隅々に温かさが行き渡るのを思い浮かべて、ゆっくりカップ一杯分飲み干して下さい。咳のある方は胸一杯行き渡るのを思い浮かべてから飲んで下さい。」


「………ぁあ……あったかい……。」


「まぁっ……!震えが止まったわ……。この薬は病人にも効くの!?」


「胸が……苦しくない……息も、ヒューヒューしないよ。……おかあさん。」



「体の中の細かい傷に効いてるはずです。流行り病の場合は効果が長く続くか分かりません。水をたくさん飲んで、安静にして下さい。もう一度熱が出ることもあるかもしれません。」


 床やベッドにいる人がほとんど居なくなり漂っていた黒い玉が見えなくなった。


「なんて素晴らしい効き目でしょう! あれほどいた怪我人と、寒さに凍えていた人があのように笑顔で!! 本当に夢のよう……ゴホッ、」


 少し咳が出てる院長。看病する側の人は特に感染に気をつけないと。咳の人の看病する人もみんなマスクしてないし、休む間もなかっただろうから疲れてるはずだよな。


 緑茶に含まれるカテキンが喉を殺菌してくれることを期待しよう。


「パンドル院長先生。ぜひ貴方も飲んで下さい。今まで手当てにあたっていた方も全員です。疲れにも効きますから。弱った体には流行り病がつきやすいと言います。どうぞお試し下さい。出来るだけ体に行き渡ることを思い浮かべて飲んで下さい。」


 院長や手当てに回っていた女性たちにも、お湯に粉茶を溶いたものをカップに注いで渡す。

 院長は一口飲んで天を仰いだ。


「ああ……なんという解放感なのでしょう。肩が軽い。苦味もない。子どもでも嫌がらず飲めます。」


「喉や呼吸に違和感はありますか?」


「いえ、喉に感じていたひっかかりがなくなりました。」


「よかった……。ベッドと床の布はすべて交換して洗って下さい。薬を飲み込めない人や重傷の方の所に俺も行ってきます。」


 じいちゃんたちは大丈夫だろうか。空になった水筒に抹茶入り玄米茶を淹れられるだけ入れて奥に向かう。


 ※。.:*:・°※。.:*:・※。.:*:・※。.:*:


 私はヨウジと治療院の奥の部屋に歩いていく。


「重傷患者は、この奥です。治せる見込みがなく、やむを得ず足や手を切断しなくてはならなかった方たちです。どうか司祭様、よろしくお願い致します。」


 院長はそう行ってリクのいる方に戻って行く。ヨウジは私に小さく話しかけた。


『ライル。おら訛らねえように気をつけるすけ少し話しさしてくれ。』


 申し出に頷いて応える。聖人となったヨウジには何か私にはわからないものが見えているのか時折、空中の何かを払うように手を振っている。


「誰だっ……それ以上近づくな……っ!」


 ベッドで包帯を手足に巻いている男が私たちに向かってかすれた声で訴える。


「安心してくれ。司祭を連れてきただけだ。」


 私が声をかけると男は息を飲み。声を震わせる。


「し……司祭……? ……なぜ……今っ!」


 ベッドの男は左腕の肘から先と右足の膝から下が無い。


「……司祭の力で手足が治っても、家族の命は戻らない。あんたが……あと3日早く来てくれたら、2人は助かったかもしれないのに……! 俺のことはもう、放っておいてくれっ。」


 男は絶望を宿した眼で私たちを見る。

 進み出たヨウジはベッドに近づくと、男の肩に触れた。


 触れた手から眩しくあたたかい光が放たれた。


「なっ……! ……やめ……ろ!」


「家族……アンヌとジェシーの頼みだ。『お父さんを助けて』と。」


「……っあんた……俺の妻と息子の名前を何で……っ!」


「この場に近づく『死』を、2人が追い払おうとしてる……。体がなくても想いは残る。だから……治させてもらう。」


「がぁアアッ!!」


 苦痛を伴うのか、男は叫ぶ。その欠けた左腕と右足は光によって形作られ、光が消えると爪の先までしっかりと存在していた。



「すまなかった、助けてやれなくて……。」


 男にではなく、男の上に浮かぶあたたかい光に手を差し伸べたヨウジがそう呟く。


『お父さん、よかった。』『あなた、生きてくださいね。』


 ヨウジの手の上で弾んだ光が、男の周りではっきりと言葉を紡ぎ、はじけて消えた。

 あれは家族の───魂か……。


 はじけた光の残渣を抱きしめながら涙を流す男にヨウジは言った。


「一緒に逝きたかったろう。……わかるよ。ただ、願いを叶えてやれるのおまえさんだけだ。」


「…ッウ、ァッアアアァッ!!!」


「行こう。」


 慟哭する男を後にして進むヨウジの歩に迷いはなかった。



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