第42話 かめんのひと
「すんげぇな、もう……。」
茶樹たちが自発的に根を伸ばして次々増やしていた苗木が、ついに畑の端まで到達している。
その最後の苗木も一時間前と比べて10cm程も丈が伸びているんだからもう呆れてしまう。
「ライルが言う『エルフの秘術』ってやつに近づいちゃってるじゃないか。」
昨日と比べての明らかな変化がもうひとつある。
「おお、よしよし。増えだ分たっぷり飲め。魔石だげでなく、米糠も少し入れてみだんだ。味見してみれ。」
じいちゃんは俺では到底抱えられない大甕を肩に
じいちゃんもともと力はある方だけど、こんなに怪力じゃなかった。
原因はアレしかないよなぁ……。
実は昨日の夜、ものは試しだと疲れている自分の身体に向けて手を翳し、癒しの力をかけてみたじいちゃん。
「お、だいぶ体軽ぐなったなぁ。」
すっくと立ち上がった姿を見て、二度見した。まばたきの間に肌艶がよくなり、白髪の根元から黒髪に変わろうとしていたからだ。
「じ……じいちゃん、ちょっと髪の毛半分黒くなって……! 顔の皺も少なくなってる。わ、若くなっちゃってるよ?!」
「んん?」
俺の指摘でじいちゃんが自分の身体を見回しているうちに、髪はまた白くなり顔の皺も元に戻ってしまった。
「どごも何ともねぇぞ?」
なに言ってんだって感じに首を傾げるじいちゃん。
「いやいやいや! だって、今っ……!」
確かにじいちゃんが若くなって見えたのにじいちゃんはそれに気づかなかった。
「陸も疲れでんなら癒しの魔法かけでみるが? 」
「う……。今日は、やめとく。」
あれは見間違いとは思えない劇的な変化だった……。
俺が思うに、じいちゃんの癒しの力は普通は腕や足を失うくらいの重症を治すために使うべき力だ、疲労感程度で使うには過剰過ぎて一瞬若返るっていうことが起きたんじゃないだろうか。
若い姿を留めることはできなくても、一晩眠って起きた今でさえあんなに力が有り余っているのはそのせいじゃないのかな。
「しかし力が湧いでくるのは良いごどだなぁ。どごも疲れにぁんだすけ。」
喜ぶじいちゃん。聖人になった瞬間から力が湧くと言っていたから、自分でかけた癒しの魔法のせいだとは思ってないらしい。
魔石の粉のせいだけじゃなく、この一晩で茶樹たちの成長が一気に進んだのは、聖人認定されたじいちゃんがいるからだと思うんだけど……。
せっせと世話をするじいちゃんはいつもと変わらない調子だ。
「なぁ、茶樹たち。じいちゃん……ヨウジのことだけど、何か前より力が強いみたいなんだ。どうしてかわかるか?」
近くの茶樹に聞いてみるとざわざわ揺れて答えてくれた。
『なおすとこ、すくないからね』『おまけ』『いやしのちから』『つかうとつかれる』
『じぶんにかけて』『からだつよくして』『それからつかうといい』『あれでいいの』『だいせいかい』
「そうなのか……、魔力なくならないか? まぁ、もともと俺たちあんまり持ってないんだけど……。」
『だいじょうぶ』『まわりからあつまる』『おみずもいっぱいのむといい』
「わかった。ありがとう。わかんないことまた色々教えて。」
茶樹のアドバイスを聞いてすぐ、じいちゃんに湧水を持って行った。
後ろで茶葉がざわざわ揺れる。また何か話してるのかなと思ったけど頬を撫でる冷たい風を感じたから、そのせいみたいだ。
ふと見上げると、雲のところから細かい粒がふわふわ舞っている。
「じいちゃん、雪だ。」
大甕を置きに行って戻ってきたじいちゃんに湧水を渡して、空を指差す。
「ほんとだな。こっちきてから初めてだ。」
「茶葉、傷まないかなぁ。」
「この降り方なら積らねはずだ。なぁ、茶樹よ。」
『ぜんぜんへいき』『しもでつよくなった』
『ゆきくらいへっちゃら』『これすぐやむ』
「頼もしいな。じゃあ、また葉を摘ませてもらうよ。」
頬に当たる冷たさをちょっと懐かしく思いながら鼻を啜って、新芽を摘ませてもらった。
※。.:*:・°※。.:*:
『たのしいこだよね』
『きよらかなおとめ』
『あのこのなまえよびたい』
『だめ、ないちゃうから』
『ねぇ、せいじょでなくてもみえてるよね』
『うん、そうみたい』
『それじゃあ』
『───まだ、ないしょにしないと』
『そうか、やくそくだからね』
あぁ……。なんか変な夢、見た気がする。
朝起きたら忘れちゃったけど。胸の鼓動が速くて、焦ってた感覚だけが身体の中にある。
俺……夢ん中でバンジージャンプでもしたのかな。冷や汗もかいてるし。
湧水を飲んだらおちついた。
雪がちらついた日から2日間。俺とじいちゃんで茶葉を摘んで、今作れる限りの粉茶や手揉み茶、抹茶入り玄米茶も用意して竹で作った茶筒に入れて持ち運び易くした。
『準備完了だから、いつでも行けるよ。』
ビーに頼んでライルに声を送った。
茶樹に水やりをして、朝ごはんだ。
作ってる途中でビーが窓から戻ってきた。
『服の準備は出来ている。治療院側はいつでもいいとのことだ。司祭と薬師見習いの服に着替えて出発することにしよう。持っていく薬を忘れずにな。朝食が済む頃に迎えに行く。』
干し肉入り野菜の煮浸し、漬け物、玄米ご飯と味噌汁。2人でペロリとたいらげた。
食後は粉茶を試し飲みしながら、治療院での使い方を相談する。
「よく砕けでる。茶漉しなくてもこれなら喉にもひっかからねぇはずだ。」
「飲み込むのが難しい人には、タライにぬるめのお湯入れてこの粉茶を溶かしてさ。布浸したやつを怪我したところに貼るといいかな。」
「おらはとにかぐ重症者優先するすけ、陸に粉茶の使い方は任した。変装して、喋らねぇようにすらんだろ? だども怪我人を前にしては難しぃな。」
「どうしても言葉で指示しないと駄目なときはしゃべっていいけど、それなら余計に訛ると伝わらないよ。簡潔に、解りやすく。相手は怪我人と病人なんだからさ。」
「わがった。」
じいちゃんがしっかりと頷いたところで、テーブルに置いた湯呑みが震えた。
「おはよう。準備はいいか?」
「おはよう、ライル。」
「おはよう。この通りばっちしだ。」
用意したのは5つの茶筒。中身は3つ分の粉茶、残り2つの茶筒は手揉み茶と抹茶入り玄米茶だ。
ヴーを助けに行った時とは違い乾燥したままのもの。淹れたての方が効果が高いはずだからライルの屋敷から湯を沸かす魔道具を借りていくことになっている。竹の水筒に湧水もたっぷり持っていく。飲むなら美味しい水は大事だ。衛生的にもいい。
こっちの都合で行かせてもらうわけだから、治療院のものを使うのは気が退ける。清潔な布も多めに用意した。
ライルはそれらに手を翳し次々『収納』していく。
「では、行こう。」
差し出されたライルの手を握る。3日会わないだけで久しぶりの感じがするんだから不思議だ。
屋敷に転移したら、それぞれ風呂場に行って身綺麗にして、俺はサラシを胸にきつめに巻く。
襟に緩やかなフリルの付いたシャツと、シンプルなブラウンのベスト、黒いリボンタイの上から揃いのジャケット。タイツにハーフ丈のズボン。鏡の前に立つとしっかりと少年に見える。
金の髪飾りを外して内ポケットにしまうと、ロザリアがやってきてオールバックに撫で付けてくれた。あとは仮面をつけるだけの状態で、ライルの部屋に向かう。
そこには金髪で、目元だけ仮面の人が司祭服を着て佇んでいた。
司祭服は詰襟のローブだ。高そうな生地。高位の司祭に見える。ずいぶん背が高いけど?
「おらぁこっだ偉そうな服、初めで着た。」
「やっぱじいちゃんだ。すげぇ、どうやって身長のばしてんの?」
「シークレットシューズつうやつだな。歩きにくいが、仕方ねぇ。はぁ、髪が邪魔っけだ。」
「ヨウジ様~、まだ所作の訓練の途中ですよ。せっかく背筋まっすぐなんですから喋らないで、威厳たっぷりに歩いて下さいよぉ。はーい、頭下げな~い。挨拶も頷くだけで。相手が頭を下げたら片手を少しだけ挙げて制するように。口元引き締めて下さ~い。ニカッと笑わなぁい!」
ジョシュアがスパルタ。意外だなぁ。
「リクさんも仮面をつけてみてください。耳にかける形に作ってあります。視界は塞がれていませんか?」
ロザリアに言われて目元だけの仮面をつける。
「大丈夫。よく見える。へぇ、耳にかけるから下向いても落ちないんだな。治療に走り回っても平気そうだ。」
「治療のためでも走り回ってはなりませんよ。怪我人や病人が、所狭しと横になっているのですから。あとは……これをお持ちください。」
ロザリアから手渡されたのは布のマスクだ。
「リクさんたちが薬草を加工する際につけていたものを真似て作りました。治療院で流行り病など
じいちゃんも受け取って口元をマスクで覆う。頭はカツラだし出てるところほぼないぞ。仮面の人。怪しまれないか心配になってきた。
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