第41話 しんじてもいい

 文句を言っているらしい切り花の水を替えたあと、ライルとじいちゃんと3人でいろいろ相談した結果────。


 じいちゃんの癒しの力を試すためにも三番煎以降や粉茶の効き目を試すためにも下準備に少し時間がかかるということがわかった。


 まず、狙われたくないなら目立たないようにという考えだとそもそも治療院に行けない。重症の人をすっかり治せるとなれば目立つに決まってるからだ。


 メイド見習いの格好で行けばどうかと提案もしたけど薬を扱うメイドが珍しいからと却下された。


「う~ん……。じゃあさ、もう目立つのは諦めてがっちり変装すればいいんじゃないか? 癒しの力が使えても不思議のない職業の人にさ。」


「おらが変装すんのが?」


「ヨウジもリクもだ。仮面をつけるといいかもしれないな。司祭の服は近いうちに用意させよう。リクは薬師の見習い服にしておこう。可愛らしい服では幾ら目元を隠しても狙うものが出てくるだろうからな。」


「ほんで、おらが聖爺せいじじぃになったってどこまで教えれば良ぁんだ?」


「せ……聖爺せいじじぃ…………。聖人せいじんでいいと思うが。───まず、教会の黒幕の名を知った者たちには伝えようと思う。」


 俺たちの他はロザリア、ヴァンディさん、ピスコ、ジョシュア、デイジーさんの5人だ。信用できるメンバーだとおもう。


「ヴーとベーは? あいつらも被害者だし魔道具作ってくれたんだろ? 潜入後のこと気にしてると思うけど。黒幕だって知りたいだろうし。

 そういえば、俺らが薬草栽培を目標にやってることも教えてなかったよな。色々悪いことしちゃったなぁ。」


「兄達はその……わりと無鉄砲なところがあってな。お互いを思うあまりに、ピスコに付いて行って囮になると言い出したくらいなんだ。話して暴走しないかどうか……。」


「いや、どんな囮だよ。無茶過ぎるだろ。」


 俺が思わず突っ込み入れるとじいちゃんはゆっくりと首を横に振って言った。


「そうでもねぇぞ。家族を心配しただげなんだすけ、無鉄砲でもねぇさ。ヴーさんとベーさんにはおらだぢがどこを目指してんのかとか、こういう適性職になったって言うぐれぇは問題ねぇ。薬草のことで巻き込んで、すまねぇど思ってるぁんだ。

 ライルは兄ちゃんだぢを信じてもいいんでねえが? 話してもらえねえのも悲しいもんだすけ。」


「そうか……。そうだな。」


 ライルはちょっと考えてから頷いた。



「では今後3日は準備期間だ。薬の準備にもっと時間を要するなら、ビーを飛ばして知らせてくれ。

 ヴァンディたちは今日は帰したからジョシュアたちを含めて明日、詳細を私から伝えておく。

 治療院に持っていく回復薬についてはヨウジとリクに任せる。私はただの付き添いだ。司祭と薬師見習いの設定以外は好きにしてもらっていい。」



 粉茶の準備、念のための手揉み茶ストックを増やすこと。変装用の服の準備、茶樹の世話と治療院への訪問申請。やることはいっぱいある。3日で足りるかなぁ。


 治療院でどんな風に薬を提供すれば回復しやすいか考えて、ちゃんと薬師見習いに見えるようにしよう。じいちゃんは訛っててバレやすいから、いっそしゃべらない方が良いかもしれない。


 だいたいの話が決まったので部屋から出ようと扉を少し開けると遮音の結界が解除され、デイジーさんのハスキーボイスが聞こえてきた。


「ジョシュ兄貴……っだめです……っ。そ、そんな……アタシ……!」


 思わず扉を閉めてしまった。


 デ、デイジーさん?まさか、ジョシュアと!?


 恐る恐るまた扉を開く。


「デイジー、もう我慢できないんです。ロザリアたちも帰ってしまって私たち2人きり、誰も見ていませんよ……っ。さあ……。」


 戸棚を背に立つデイジーさんに迫るジョシュアがいる。まさかジョシュアがデイジーさんを口説いてんのか?!




「みんなには内緒で……戸棚のカップケーキを食べましょう? ね?」


 あぁ……。ジョシュアだもんな───。

 一緒にスイーツつまみ食いしようって誘ってたわけか。


「だめですって………。あ、リクさん。」


「ハッ! 間に合わなかったかぁぁっ!!」


 ジョシュアが離れたことにほっとしたような名残惜しいようなため息をつく桃色ほっぺのデイジーさん、色っぽい。

 ジョシュア、罪作りな……。


 つまみ食いできずひどくガッカリした様子のジョシュアを見て、ライルは呆れながら指示をする。


「詳細は明日話すが……。目元の隠れる仮面を2つと、司祭の服と薬師見習いの服が必要だ。その手配とドリムの治療院へ書状を送る準備が今日中にできるなら、好きなだけ焼き菓子を食べることを許そう。」


「ぼっちゃま……っ! 本当ですか!?」


「ああ。カップケーキでもバタークッキーでもアップルパイでも好きなものを好きなだけな。

 ただし、先に言ったものが今日中に用意できてからだ。いいな。」


「かぁぁしこまりましたぁぁぁっ!!!」


 ジョシュアは声を反響させてどこかに行ってしまった。


 その後はデイジーさんに手伝ってもらっていつものラフな格好に戻ってからライルに転移で家に送ってもらった。


『念のため森側の結界は重ねて張ってあるがそれでも森に近づくなよ。』と、言いおいてライルは帰った。


 一度戻って来た時は水やりしてないから、茶樹にいつものように水と魔石の粉を溶いたものを優しく根元にかけてやる。


「さあ、約束の魔石の粉入り湧水だ。土の養分足りてるか?」


 竹で作ったジョウロは、なかなか使い勝手がいい。


『えいようたりてるよ』『ヨウジおぼえた』『なまえよべてうれしい』『まりょくたくさん』『いっぱいいっぱいふえる』


 茶樹はざわざわと揺れて嬉しそうだ。


「うん、足りてるならよかった。また摘ませてもらうから遠慮なく増やしてくれよ。」


「はは、ありがてぇなぁ。」


 茶樹にほくほくと返事をしていたじいちゃんだけど水やりの途中でふぅ、と息をつき手製の椅子を持ってきて座った。


「ちっと、くたびれだ。あちこちから声聞こえるがら、頭がいどぅなる。早よ慣れねえどな。」


 じいちゃんの話ではすごく賑わっている街中に立ってるみたいに、ざわざわ色々な生き物の声が聞こえるのだそうだ。

 少し力を抜くと気にならなくなるし、逆にどこか1つの声を聞きたい時は耳に血を集めるように集中すると大丈夫だとか。


「ライルに習った魔力の動きっつうのと同じだな。」


 にかっと笑うじいちゃんを見るとまた、申し訳ない気持ちが湧いてくる。


 ───生活、しづらくなっちゃったんじゃないかな……。

 じいちゃんは俺の代わりに癒しの力を手に入れてくれた。枢機卿なんて厄介な相手と渡り合える力。それは……俺を、特別な力なんてないただの女の子で居させるためだ。


「そっだ泣きそうな顔すんなでば。おらはこの力ばもらったおかげで、この年になってもまだまだ人の役に立でるんが嬉しぁんだ。」


 じいちゃんは俺の頭をぐしゃっと撫でた。


「うん、俺も………役に立ちたい。」


 初心に還ろう。真心込めて、いい茶葉を育てることに集中する。飲む人、皆が元気になるように!


 日暮れで赤く染まり始めた畑を前に、両手で自分の頬をパンッと叩いて気合いを入れた。




 ※。.:*:・°※。.:*:・※。.:*:・※。.:*:



『新しい回復薬の開発のため、協力は惜しみません。皇帝陛下からの勅命でもあります。こちらとしても患者の治療が早まるなら是非ともお願いしたいところでございます。日取りもヴァルハロ辺境伯閣下のご都合に合わせいつでもお気軽においでください。』


「ふぅむ、書面ではどこの治療院も概ねいつ行っても歓迎してくれるようですよ。ぼっちゃま。」


 幾つかの書簡を眺めながらジョシュアが報告をしてきた。


 ジョシュアの傍らには焼き菓子が満載のワゴン。彼が有能さを発揮して勝ち取った戦利品だ。


 司祭と薬師見習いの服はリクとヨウジの着丈に合わせて準備が整っている。

 治療院に送る書簡の準備も発送も早かった。ジョシュアに指示をしたのは昨日の午後だ。まだ半日経っていない。

 今、手元に治療院からの返事があるというのは一体どんな手を使ったのか……。


 ジョシュアに、国中からスイーツを取り寄せるから数年がかりでドリムの街の経済を活性化させろと言ったらできるのかもしれない。


 

 


 昨日私はジョシュアがスイーツのために目を瞪る働きをしている間、兄たちに状況を知らせに行った。


「「フェルメス枢機卿!!?」」



 ビィスロー伯爵の顛末と黒幕、その思惑について話すと分かりやすく同調する2人。


「………ハッ、国教の中枢たる者が俗世にまみれ切っている。教会も地に落ちたな。」


 椅子にドサリと腰をおろしアヴァロは嘲笑した。


「お爺さんが冒険者に摘みかた教えたから薬効の良いものが出回るようになったんでしょう? 商売敵になりそうだからって品質下げる方に動くのおかしくない? 普通は買う人が喜ぶものを揃えようとするんだよ。市場の露店商だってもっと崇高な考えで仕事してるよ?」


 ベセルスはあり得ないと首を横に振りながらアヴァロの隣に腰掛けた。


「実は……ヨウジとリクは薬草の加工に特化しているだけではなく、薬草の栽培を目指している。」


「「はぁ!?」」


 目を剥く兄たちの視線が痛い。狼狽えてしまうことがわかるからこそ不安がよぎるが、ヨウジに言われた言葉を思い出した。


『ライルは兄ちゃんだぢを信じてもいいんでねえが? 話してもらえねえのも悲しいもんだすけ。』


「薬草の研究は順調に進んでいる。2人の加工の腕はあの回復薬を飲めばわかるだろう? 狙われやすい条件が揃っているんだ。だから護衛もつけている。

 ただ、今回……ヨウジに特殊な適性職があるとがわかった。───『聖人』だ。」


 兄たちは2人同時に立ち上がるが、あまりの驚きに声が出ず口を開けたまま静止した。


「ヨウジは現時点で、職だけでなく薬草加工の技術でもハレノア皇国で一番の癒しの力を持つ人間だ。ヨウジからアヴ兄とベセ兄には知らせてもいいと許可をもらってある。巻き込んですまないとも話していた。」


「ヨウジ殿……只者ではないと思っていたが、それにしても……。」


「リクちゃんは……知ってるの?」


「ああ、知ってる。困惑していたがな。」


「そう……、ライル。魔道具作った時に僕、黒幕がはっきり分かったら容赦しないでねって言ったの覚えてる?」


「もちろんだ。権力だけ無駄にあり、信仰とは真逆の思惑しかない者に教えを説かれては神もきっとお怒りになる。引きずりおろすことに容赦はしない。」


「ならいい、あとお爺さんに負担がかかるとリクちゃんだって落ち着かないと思うんだよね。

 ライルの『大切な存在』でしょ? 危険が及ばないようにするだけじゃなくて彼女の心も守ってあげてよ。」


「ああ……。わかってる。ありがとうベセ兄。」


 胸元のブローチに触れる。リクの心がそこにある気がした。

 目を閉じているとアヴ兄とベセ兄は小声で2人にしかわからない会話をしていた。


「……いいのか、ベシィ?」


「いいの。……まだ僕には、アヴィより大切って思える人はいないんだ。」


「そうか。───……ライル!」


 呼び掛けられて顔を上げると、アヴ兄が微笑みながら嬉しい言葉をくれた。


「もちろん今日聞いた話は他言しない。私たちで協力できることは何でも言ってくれ。尽力しよう。」


「ありがとう。リクもヨウジもきっと喜ぶ。薬や魔道具について助言が欲しい時がきっと出てくるはずだから、よろしく頼む。」


 しっかりと頷く兄たちの顔を見て、転移で戻ってきた。



 リクとヨウジには不思議と皆が進んで味方になってくれる。命に真摯に向き合う2人は信じていい存在だと思えるから。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る