第40話 にぎやか
『聖女』とは、ありとあらゆる者に救いを与えることのできる特殊な職業。欠損部位の治癒を含む広範囲の癒しの力を使うことができる。また死霊などは近づくことができないほど神聖な魔力を有するとされている。
『勇者』とは、世界を脅かす存在を倒すことのできる職業。戦闘に特化した高い能力を有し、すべての攻撃が他の戦闘職の3倍の破壊力となるとされている。
初代皇帝と皇后の職業がそれぞれ『勇者』と『聖女』だったという。
ハレノア皇国が建国し約500年の間、適正職を鑑定する教会も、その職業を持つものを他に見つけることはできていない。
私が学んだ書物の中にはそう記されていた。伝説の中の話だと思っていた。
しかし実際リクは畑で薬草に話しかけ、風もないのに枝葉が動く。その不規則な動きは意思を持っているようにしか見えず、リクもヨウジも声が聞こえるという。
続けて聞いた2人の話はさらに伝説めいていた。
薬草たちに名を教え呼ばれると『聖女』になるのだという。
そんなことは誰も知らない。おそらく皇帝陛下でもご存知ないに違いない。
その能力ゆえ魔物からは命を、権力者からは囲い込みのため、間違いなく狙われる。
神の御使いであるとされる聖女だが今後もし勇者が現れたら本人の意思など関係なく、何かしらの脅威に共に立ち向うことを期待されてしまう。
ヨウジはそれをリクに背負わすことを良しとせず、自分が成り代わると決めてしまったのだ。
広がった魔力と光の奔流は、私の目にも見えた。薬草から溢れ出た光がヨウジを取り囲み、天まで届かんばかりの柱となって弾けた。
神の力を賜りし御使いが、目の前に誕生してしまった。
聖爺……ではなく聖人となったヨウジは何事もなかったように歩いてくる。
「よし、戻って相談だ。治療院に行っていろいろ試してみねばなんねぇな。ほれ、陸行ぐぞ。」
「じ……じいちゃんっ、だってっ! なんでさ!!」
抗議の言葉を投げ掛けるリク。立て続けに起こった出来事に気持ちがついていけずにいるに違いない。私も同じだ。
「おらは何ともねぇ。泣ぐなでば。」
「ふ………っ、ぐ……っ」
ヨウジにすがって涙を溢すリクを見て私も複雑な思いがあった。私もリクを危険にさらしたくはない。しかし実際に危害を加えようとしている枢機卿をはじめとするこの国での教会の権力は、皇帝陛下でも手を焼くものだ。
ヨウジはその力に匹敵する……いや、それ以上の治癒力を望んだのだ。危険なことにも立ち向かうと覚悟をして。リクにはいたたまれないことだと思うが、ヨウジの思いも痛いほど理解できる。
森の方向から魔力の移動を感じた。
「……2人とも、魔物の気配が強くなってきた。先ほどの天まで届く光の柱は遠く離れたところからもよく見えたはずだ。森の境目に結界は張ってあるが念のため、良からぬものが寄って来る前に一度屋敷に戻ろう。」
声を掛けて2人の手を取り、屋敷に転移する。
屋敷には先ほどまでいたロザリア、ヴァンディ、デイジーに加えて、用事で出かけていたジョシュアが戻っている。
「ライル、さっきのとんでもねぇ光ってよぉ……。イテェッ!?」
屋敷の窓からも見えたらしくヴァンディが早速聞いて来ようとするのを、思いっきりその足を踏んで遮るロザリア。
「─────ぼっちゃま。詳細につきましてはどこまで開示するかご検討の上、必要とあらばお教えください。お気持ちが固まらぬうちは、親しいものにも話す必要はございません。」
ヴァンディは踏む前に言えと、足を踏まれた文句を口の中で呟いている。
それにしても、瞬時に察して釘を刺すロザリアの手腕は流石というべきか恐ろしいというべきか……。
「わかった。すまない……。事態を整理しなくてはならない。少しの間、ヨウジとリクと私の3人だけにしてくれ。遮音の結界も頼む。」
涙は止まっているが、まだリクの気持ちは落ち着いたとは言えないだろう。
「かしこまりました。……ぼっちゃま、お話の前にピスコの帰還した場合の着地点をこちらの部屋に移すのは可能でございますか? 意図せずお話を遮ってしまうかもしれませんので。」
「ああ、そうだな。先に着地点を移そう。」
1つの帰還石の着地点が同時に2つ存在するとピスコの身体が2つに千切れてしまうので、最初の着地点を解除する。隣の部屋に移動し新たに帰還石の着地点を設置した。
設置を終えるとロザリアがふとヴァンディに声をかけるのが耳に入る。
「ヴァン、あの子が帰ったら貴方も今夜は帰って来るのよ。」
「わーってるよ。頼り甲斐のねえ親父だけど、たまにはらしいことしなくちゃな。」
設置したばかりの着地点が光り出した。緑色の光輪の中心に現れたピスコが驚きの声を上げる。
「戻りまし……──っ父さん?!」
「よお、お疲れぇ。」
「母さん──どういうことです? 」
「昨日着いたのですよ。たまたまです。それよりも、今日は良い仕事ぶりでしたよ。」
「無事に帰って来るだけでも偉い! しかもきっちり成果あげて来たじゃねぇか! お前は天才だ!」
温かい笑顔を浮かべるロザリア、ガッハッハと豪快に笑いながらヴァンディがガシガシとピスコの頭を力強く撫で、褒めている。
「ちょ、っ痛いですって!」
文句を言いながら嬉しそうなピスコは年齢よりも幼く見える。
「ピスコ、今日は本当に素晴らしい働きをしてくれた。ヴァンディもロザリアも今日は早く帰って家族で過ごすといい。」
「いいのか? 俺はじいさんと模擬戦してただけだぞ?」
「いゃあ。おらは面白ぇがったし、ためにもなった。ヴァンディさん身体の動かし方教えんの上手だんさ。」
「ヨウジがこう言っているんだ。十分依頼達成だろう?」
「ぼっちゃま、今日はお言葉に甘えさせていただきます。デイジー、お話の後でリクさんの着替えの手伝いをお願いします。」
「わかりました。任せてください。」
ヴァンディの指名依頼の書類にサインをしているとピスコが近づき小声で報告してきた。
「お館様。少しお耳に入れて頂きたいことがありまして……────。」
「ジェイコフが……?」
報告によれば催眠魔法を解いた後、ビィスロー伯爵は屋敷にいた青少年全てから殴る蹴るの報復を受け、拳大の石を投げつけられてもまだ息がありピスコが始末しようとした。しかし、使用人のジェイコフが進み出て斧で首を落とし伯爵の首を抱いて屋敷を飛び出したのだという。
『ご主人様。最初に壊した私だけを見ていてくだされば良かったのに……。もう、余所見はさせませんよ。』
ジェイコフの呟きを聞いたピスコは戦慄をおぼえたという。複雑に絡みあった底知れぬ感情には歪んだ愛も含まれていたようだ。
「報告は以上です。あ、これお返しします。では失礼します。」
ピスコは魔道具を私に返し、礼をするとロザリアとヴァンディの後ろを軽い足どりでついて行った。
「私たちはこっちに控えてますから、何かあったら声かけてくださいねぇ。あ、ロザリア。遮音の結界、扉開いたら消える仕様にしといてくださぁい。では、ぼっちゃまごゆっくりぃ~。」
にぎやかにジョシュアが言い、扉が閉まると青く結界が発動した。
※。.:*:・°※。.:*:・※。.:*:・※。.:*:
不甲斐ないな俺……。
仕事をやり切って帰っていくロザリアたち家族を見ていたら、さっきからちらちらとこちらを気に掛けてくれているライルにようやく気づいた。
「ライル、ありがとな。……心配かけて、ごめん。」
ライルは俺の手を軽く握ってくれた。
ああ、やっぱりあったかいなぁ。
「リクのいたたまれない気持ちは今のところ私に預けておいてくれ。
ヨウジの覚悟も理解できる。師匠として最大限の戦闘能力向上には努めよう。そしてまだ力をつけている最中に狙われる場合は、私も参戦して守る。」
「でも……それじゃライルに負担が……。」
「言っただろう? リクが守るのは自分の命と私の心だ。リクの心は私と共にある。それだけでどんな敵でも負ける気はしない。」
『約束する。君の心がこの命と共にあるなら、何があっても生き延びよう。』
確かにそう言っていた。
ライルの心を守って癒すことができるのは俺だけだと。
俺……馬鹿だな。この世界に来てライルに命を救ってもらった時から、ライルの力になりたいってずっと思ってたじゃないか。
目的は薬草を栽培してハレノア皇国の人達の寿命を伸ばすこと。そのために頑張ればいいだけなのに。いつの間にか皆に置いていかれた気持ちになっていたんだ。
顔を寄せたライルが小さくぽつりと呟いた。
「それに……正直言うと、戦闘面くらいリクに頼られたいな。」
急に砕けた言い回しでそんなことを言われたから、またギュッと胸が引き絞られる。
俺は、ライルのときどき見せるこういうかわいい所に弱いみたいだ。
「頼りにしてるよ。いつも。」
早くなる鼓動をそのまま受け入れて、触れている手を握り返した。見上げるとライルの瞳がきらきら見下ろしていて、いつの間にかちょっと抱き寄せられていた。
「ゴホッ、ゲホンッ」
じいちゃんが咳払いで俺達の間の空気を散らした。あぶない、じいちゃんの前でチューするところだった!
バッと離れて、じいちゃんに向き直る。ちらっと見ると、ライルも襟足のあたりを掻きながらなんとも言えない顔をしてる。
「悪ぃがったなぁ、ライル。結局おめぇさんに何でも頼るしかねぇ。治療院への顔繋ぎも、今後の薬草販売もだ。頼み事だらげだな。」
「私も皇帝陛下の命を受けているから仕事の一部でもある。あまり気に病まないでくれ。ところで、身体の変化は何かあるか?」
「力が湧いでくる。あどは……ちっと周りがにぎやかだなぁ。」
「にぎやか?」
「部屋の窓辺に飾ってある切り花がしゃべってるぁんだ。今日はまだ水かえてもらってねぇって不満らしいぞ? イチャイチャする暇あったら水くれって、口悪ぃのさ。」
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