第37話 なんでもします

 まだ、顔が熱い。

 勘の良いロザリアは、俺が手伝うため駆け寄ると手元を動かしながら小声で囁いた。


「リクさん、すみません。本当はもう少しお二人にして差し上げたかったのですが……、ぼっちゃまも想いが高まり過ぎると、周りが見えなくなってしまいますので、お声を掛けさせていただきました。強引な真似はされていませんでしょうね?」


「だっ、……大丈夫ですっ。」


 むしろ俺から、キスしちゃったんです。


 しかも、2回目のキスをする寸前だった。近づいて来るライルの目に凄く色気があって……。俺、完全に受け入れ態勢だったし! あのままキスしていたら……。


「う、ぅ~」


 ヤバい。思い出したら余計に恥ずかしい。


「ふふ、ぼっちゃまの想いが通じたようで何よりですわ。」


 ロザリアが微笑む。


「み、見えてたんですか?」


「いいえ。リクさんのお顔を見ていればわかります。」


「ぐ……っ。」


「さあ、まずは昼食ですわ。リクさんはローストティーを淹れて下さいね。」


 昼食は手のひらサイズの柔らかいパンに、ハムとチーズと塩漬けっぽい野菜が挟まったミニサンドに果物。


 食べている間、ずっとライルが俺を見ているのがわかる。俺は恥ずかしくて目を見合わせられないけど、その唇だけはついちらちら見てしまう。さっき触れあった感触を思い出すと、ローストティーを飲む手もつい止まってしまって……ああ、なんか目がチカチカする。


 ん? チカチカ?

 唇より下、ライルの胸元が確かに光っている。


「ライル、なんか光ってるよ。」


 ライルが上着の内ポケットから手鏡型の魔道具を取り出すと強く光り、声が響いた。


『お館様、ビィスロー伯爵の領地に入りました。今から屋敷に潜入します。』


「ロザリア、ピスコから通信だ。」


 ロザリアはライルの魔道具を覗き込む。


「無事にたどり着きましたか。こちらの声は聞こえないのですか?」


「残念だが向こうが一方的に話すだけだ。情報が見聞きできるだけでもかなり便利だがな。リク、気になるなら見るか。」


「いや、それじゃロザリアが見れなくなるから俺はいいよ。」


「大丈夫だ。──『拡大』。」


 ライルの言葉に反応して手鏡サイズの魔道具が鏡台サイズに大きくなる。


「いいのか? 魔力を消費しちゃうんじゃ……。」


「実際の物を大きくしている訳じゃない。ただ拡大して映すだけだ。魔力もほとんど使わない。これなら見やすいだろう?」


 ライルが大きくなった魔道具に手を触れようとしてもすり抜ける。なるほど、魔法便利過ぎる。おかげでまたライルの隣に座ることになってしまった。反対隣にはロザリアが座っている。


「ピスコはブレスレットにして魔道具を持ち込んでいる。今は橋の上にいるようだ。欄干にでも手をかけているんだろう。すぐ近くあるあの建物がこれから潜入するビィスロー伯爵の屋敷だ。」


『ここから先は魔道具には話しかけません。突入の必要があるときは魔道具を2回叩きますので、その場合のみ転移をお願いいたします。

 まぁ、なるべくお館様の出番のないようにしますけどね。では入ります。』


 魔道具に映ったのは空と川、樹木の緑。ライルに言わせるとピスコは橋から飛び上がって屋敷近くの茂みに着地したらしい。魔道具に映る光景だけ見ると鳥の目線みたいだ。

 

「すごい……。あ、服も潜入用にしてあるのか?」


 映像の端に映ったピスコの服は、お世辞にも綺麗とは言えないものだったから聞くと、ロザリアが答えた。


「『孤児院から寄付の見返りに貢ぎ物にされた少年』という設定が与えられていますわ。潜入にもそれらしい役回りがなくては、すぐにばれてしまいますもの。」


「貢ぎ物って……。」


「ビィスロー伯爵は男色家で有名です。見目麗しい少年や青年でなければ屋敷には入れません。」


 しれっと答えるロザリアに俺は戦慄する。性的に狙われるってめっちゃ怖いじゃないか! 鼻唄混じりに出掛けたってロザリアは言っていたけど……。


「大丈夫なのか? バレたら魔道具取り上げられたりしないか?」


「ピスコが身に付けたこの魔道具は魔道具と気づかれたり取り上げられるような装飾ではない。一見するとただの紐に黒い石がついただけの簡素なものだが、巻き方を変えれば首から下げられるようにもなっている。今後着替えを要求されてもピスコならば、旨くやるだろう。」


 視線を映像に戻すと屋敷の裏口から侵入したところだった。ピスコは、厨房で立ち止まる。


「え、なんで? 見つかっちゃうじゃないか。」


「いいのです。諜報活動は情報集めが大切ですから人のいるところに向かうのが鉄則ですわ。」


 料理人2人。食器類を給仕用のワゴンに並べる使用人1人も男。どちらも整った顔立ちをしているが薄く微笑むその表情や瞳からは生気が抜けて見える。


『やあ、君はどこからきたのかな?』


 ワゴンを運ぼうとしている使用人がピスコに声をかけてきた。


『ご、ごめんなさいっ。院長先生に言われて隣町の孤児院から来たばっかりで……あの、どこに行けばいいのか……わからなくて。』


 涙声で答えるピスコ。声も少し高めに変えているようだとライルが小さく呟いている。

 アレか、ちょっと大きくなった天才子役みたいな感じか。


『そうか、お腹も減っているんだろう? ちょうど今、ご主人様のところに昼食を持って行くんだ。一緒に食べよう。君も可愛い顔をしているからきっと気に入ってもらえるよ。ご主人様に気に入られた子はたくさん食事をもらえるよ。』


 使用人の微笑む顔は、不自然ではあるが、ビィスロー伯爵のところに案内してくれるらしい。


『ほ、ほんとに……?』


 食事に釣られた風を装ってピスコが答え、使用人についていく。3つ目の扉の前で使用人は足を止めた。


『ああ。そうだ、その服もこの時期には寒いだろう? 暖かい服を用意するから着替えるといいよ。』


 使用人が扉を開けるとそこは伯爵の屋敷にしてはやや狭い部屋で、クローゼットと収納箱が置いてある。そこからボタンのある前開きのシャツ、ズボン。清潔な肌着の上下を取り出し手渡されている。


『ご主人様は気さくな方だけど、穴だらけの服を見たら辛い思いをしたのかと心配なさるからね。部屋の外で待っているよ。ゆっくり着替えていいから。あ、籠があるから脱いだら入れておいてくれ。』


『あ、ありがとうございます。』


 言われた籠を見つけて近づくと、すぐそばに騎士の肖像画が飾ってある。


 バタンと扉のしまったあと、ピスコは言われた通りぼろぼろの服をすべて脱いで籠に入れ上等な仕立ての服に着替えているようだ。魔道具には上下左右に揺れる肖像画が映る。


「あれは……覗けるように細工されているな。今、肖像画の目が動いた。」


 横でライルが呟く。

 肖像画の目? 裸を見られちゃってるじゃないか!


 魔道具の揺れが止まりさっきより位置が高い。手首からほどいて首から下げたようだ。


『あの、着替えできました。』


『うん、よく似合う。じゃあ行こうか。』


 いくつかの扉の前を通り過ぎるけど不審な物音はしない。

 奥の大きな扉の前で使用人は止まり、ノックをした。


『ご主人様、お食事をお持ちしました。新入りの少年も一緒に連れて参りましたが中に入れてもよろしいでしょうか?』


『入りなさい。』


 お約束的にふんぞり返っている太った男を想像したけど違った。中にいたのは予想していたより小綺麗なおじさまだ。椅子から立ち上がった姿はすらりとしていて背が高いのがわかる。


『隣町の孤児院から来たばかりの少年だそうです。』


『ほぉ………、かわいらしい顔をしている。お腹がすいているだろう。サンドウィッチは好きかな?』


 うん、笑顔が胡散臭い。あとかわいらしいって言ってる時の目がいやらしい。こいつ間違いなくさっきピスコの着替え覗いてたな。


『あ、あのっ! あなたは院長先生が言ってた伯爵さまですかっ?』


 ピスコは流石の演技力で、伯爵の前に進み出た。胡散臭い笑顔が近くなる。


『いかにも。私がビィスロー伯爵だ。君の名前は?』


『プッシーといいます。伯爵さまに頼めば孤児院の仲間たちにもたくさん食べ物をくれるって聞いたんですっ! おねがいしますっ。みんな明日食べる物が無くて……。このままだと死んでしまうかもしれないんです!』


 偽名を名乗っているピスコ。自然な演技と台詞運びで伯爵を信じ込ませている。


『おぉ、なんと健気な……。そんなに泣いてはエメラルド色の瞳が溶けて流れてしまいそうじゃないか。』


 ピスコが涙ながらにすがり付くと鼻の下を伸ばした伯爵が手を伸ばしているのが見える。


『伯爵さま、おねがいします。みんなを助けてください。助けてくれるなら……ぼく、なんでもしますからっ!』


 強くピスコが訴えると伯爵の鼻の下がさらに伸びる。


 うっわ、攻めるぅ。襲って下さいって言ってるようなものだ。ピスコ貞操の危機だろう? なんで煽るのさ!




 























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