第34話 ふたり
朝は霜が降りるくらいのキリッとした寒さがあったらしいけど、寝過ごしたせいでずいぶん暖かくなった。
「朝は水やり来なくてごめんな。夕方の水やりのときに魔石の粉、多めに溶いておくよ。
大事な葉っぱ、分けてもらっていいか?」
お馴染みの葉擦れの音と高めの声が笑う。
『ふふふ、いいよ』『はなせるとうれしい』『きみのこえがきこえないと』『さみしいの』
「そうか、ありがとうな。」
「はは、茶樹たぢは優しいなぁ。」
このところ茶樹の感情表現が豊かだなぁと思う。しゃべる内容もそうだけど、喜怒哀楽がはっきりわかる。
『なまえ、おしえてもらおうか』『よんじゃいけないから、だめ』『よんだらたいへん』『せいじょになっちゃう』
どうした。急に茶樹同士で意見が別れだしたぞ? せいじょ……って聖女?
「聖女になると大変なのか?」
ザワッと枝葉が大きく揺れる。当たり前だって突っ込まれる勢いだ。じいちゃんも、摘もうとした茶葉がざわざわするから驚いている。
『どんないきものともはなせる』『いやしのちからがつかえる』『こいがかなっても、こえがきこえる』
あれ、いいことしかないじゃないか? と軽く考えていたら茶樹が続ける。
『まものにねらわれる』『えらいひとにも、ねらわれる』『ゆうしゃにつれていかれる』
「うわ、いやだ。」
最後が特に。勇者のパーティーに強制参加とか絶対嫌だ。
「んだば、茶樹は名前を覚えては駄目だな。」
「うん、そうだな。」
おしゃべりしながら茶葉をざっくり100gほど摘ませてもらって、今度は茶葉を蒸す。
蒸した後は乾燥させる。火鉢に近すぎると焙煎されちゃうから、火から遠くなるようにじいちゃんが作ってくれた高めの木枠を用意して、蒸した茶葉の乗った
乾燥が進むと、茶葉の上に薄く光が見える。手揉み茶を作った時と似ているけど、揉んでいないせいか粒状に変化したりはしない。優しい光は完全に乾燥した茶葉を包むようにある。
俺はこの光は命を繋ぐものだと思っている。これを砕いても茶葉の中に光が留まるなら、薬効のある粉茶になるという確信がある。
あとは砕くだけ、というところで畑から茶樹たちの声が聞こえてきた。
『だれかきた』『しらないひと』
ジェフリーの襲撃のこともあったから火鉢に蓋をして、警戒しながら畑にじいちゃんと走る。すると爆笑中の大きな体が目に入った。
「うっはっははは!! マジかよっ! これ前のあれか? はっはっはっ、自分の見てるもんが信じらんねえぜ!」
赤い髪に、四角い顔を縁取る赤い髭、つぶらな緑色の瞳をした熊っぽい人が、小脇に荷物を持ちながら畑を見渡していた。
「ぉん? ヴァンディさんでねぇが。 」
じいちゃんが呟くと分厚い体躯が振り返る。
「おおいたいた、爺さん! 久しぶりだなぁ、この間の礼にきたぜ。 あ、これ土産のハチミツ。 上物だぜ? 」
赤い熊さんがハチミツ持ってお礼にきたぁ!?
*….:*….:※。.:*:※。.:*:・*…:.*…:.
「盗み聞きと、覗き見ができる魔道具を僕に作れっていうの?」
私は今、憮然とした顔の次兄ベセルスを前にしている。
ビィスロー伯爵家の諜報活動にピスコを行かせることになった以上、どうしても安全対策に万全を期しておかねばならない。
危険があったらすぐ踏み込めるよう、様子のわかる魔道具の製作を頼もうとしているのだが。
「さらっと凄く難しいこと言ってくれてるけど僕にできると思ってるわけ?」
「先日アヴ兄を拐った仮面の男たちはビィスロー伯爵の手の者だ。これ以上狙われることのないように調査を……。」
「それを先に言ってよ!!」
ベセルスは『遠見』の魔方陣と『聞き耳』の魔方陣を書いた羊皮紙に、上質な魔石の入った袋を引ったくるようにして受け取ると直ぐ様、魔道具製作にかかった。
「ライル、いくつか聞いていい?」
手元は忙しく動かしながらベセルスが言う。
「ああ。」
「ロザリアの息子の……ピスコ? が行かなきゃいけないのは何で?」
「ビィスロー伯爵の行動の矛盾から協力者か、裏で糸を引くものがいると考えられる。内情により深く入り込むには、催眠魔法に耐性があり、伯爵が好みそうな美少年や美青年を行かせればいいということなんだ。そこで、諜報活動もできる耐性持ちのピスコが行くことになった。」
羽根ペンを持つベセルスの手が震えている。
「もし、捕らわれたアヴィが伯爵の側まで連れて行かれてたら催眠魔法かけられて、伯爵の愛玩奴隷になってた可能性が高いってことだよね。」
顔を上げたベセルスの目は完全に
「これが出来たら僕も行くから。伯爵の好みからピスコが外れてるかもしれないでしょう?」
「ベセ兄、ばかを言うな。」
耐性がなく、戦闘系の魔法が使えないベセ兄が行っても伯爵の餌食になるだけだ。
「こんなにたっぷりと上質な魔石があるんだから、精神系の魔法を阻害する魔道具も、戦闘が有利になる魔道具も作ってみせるよ。アヴィを酷い目に合わせたやつを野放しにはできないからね。」
「だとしても、危険すぎる!」
無謀な話に、つい声が大きくなってしまうと、部屋の扉が開いた。
「私が行こう。」
声を上げたのは長兄、アヴァロだ。
「アヴィ!」
「ベシィ、私に隠し事はできないぞ? 怒りも悲しみも痛みも伝わるのだから。」
部屋の中ほどまで進み出たアヴァロは、わざと大袈裟な身振りをしてみせた。
「諜報活動を援護するならより時間稼ぎできるものが行く方が効果的だろう。私は薬師でもあるし。旨味のある餌というわけだ。」
「そんな危険なこと、だめだよアヴィっ!」
自嘲気味に笑って言うアヴァロの肩を掴んでベセルスが叫ぶ。
「ならベシィも、行っていいわけがないだろう!?」
掴んだベセルスの手を強く振り払って、アヴァロが恫喝した。
自分の左肩を震えるほど強く掴んで、訴える。
「……私が捕らわれている間、味わった苦痛をベシィも知っているだろう? 絶対に同じ思いをさせるものか!!」
「アヴィ……。」
支え合う2人は、どちらかを危険にさらせばもう一方も火中に飛び込む危うさがある。
この場合どちらも行かないことが賢明な判断だ。
「ベセ兄、リクにも言われただろう? 気遣いの方向性を間違えるなと。2人とも私の大切な家族だ。危険なところに行かせたりはしないよ。いいね?」
「わかった……。魔道具製作だけで我慢する。ただ黒幕がはっきりとわかったら、容赦しないでね。」
「大丈夫。ピスコは若くとも有能な戦える執事見習いだ。ロザリア譲りの冷徹さと高い格闘技能をもっている。なにより私が信頼する2人の子だ。
※。.:*:・°※。.:*:・※。.:*:・※。.:*:
「爺さん、本当にありがとな! あの薬草の摘み方教わったおかげで仲間の傷もすぐ治ったし、薬草採取の報酬も3倍になったんだぜ?!」
じいちゃんの手を掴んでぶんぶんと痛そうな握手のあと、熊さん……じゃなくて、ヴァンディさんを家に招き入れた。
ローストティーを淹れて俺も座る。
「お、ありがとな。嬢ちゃん。──ん?
……爺さんの孫、器量良しだなぁ。」
「ぁあ、目に入れでも痛くねえ自慢の孫だんさぁ。しかし、よぐおらの家みつけだな?」
「そこは辺境伯家に行って聞いたからな。ただ、あいつなかなかうるさくてよぉ。爺さんたちのことを外部に漏らさないように誓約書を書かねえと教えられねえって。まあ、あの畑見れば納得だけどな。」
ライルがそんな風に厳しく言うのか。なんか意外だな。
「あれからいくらも経ってねえのに成長速すぎじゃねえか? 株ふえてるからあれからもちょくちょく苗木採取に行ってたんだろうけど、それでもよぉ。」
「うん? おらヴァンディさんと行ったあどは採取してねぇよ?」
「あの株は薬草たちが自力で増やしたんですよ。」
一瞬固まったあとヴァンディさんが突っ込む。
「───イヤイヤ、待てよ。あんたら普通にさらっとスゲェこと言ってるぞ?」
「土も肥料も、相性ばっちしだったんだぁ。根っこ勝手に伸ばして自力で株分けしてだ。おらだぢは雨降らねぇ日に毎日朝夕水やりしてだだけで、な。」
「うん、元気で健気な良い樹たちだよ。」
唖然としていたヴァンディさんは、はぁ~っとため息をついて、頷きながらローストティーをひとくち飲む。
「……あいつがあんまり騒ぐから、ずいぶんと過保護だと思ったが、違うな。薬草に対してあんたらが規格外なんだ。むしろきつめの条件の誓約書で妥当だわ。」
「ライルはなんて言ってたんですか?」
きつめの条件って何なのかが気になるんだけど。
「いや、ライルとは話してねぇよ。」
「はい? じゃあヴァンディさんの言う『あいつ』って……?」
「ほら、居るだろ? おっかねえ女が。」
「もしかして、ロザリアのこと?」
「昔は可愛いかったんだけどなぁ……。ここのところずいぶん口煩くなっちまって、今じゃボロクソだぜ? まったくよぉ……。」
「あぁ!? そうだったんか? いや~知らねがったなぁ……。」
ポンと膝を打ったじいちゃんが頷いている。
「え? 待ってじいちゃん。どういうこと?」
「ロザリアとヴァンディさんは
「俺は冒険者稼業で留守がちだけどな。子どもだって2人いるぞ。」
「う、うそぉっ!!?」
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