第33話 こころあたり

 瞼にかかる日差しと、お腹のすく匂いで目が覚めた。

 寝つけないと思ってたけど、今朝はすごくスッキリしている。窓の外を見て飛び起きた。


 もう日が高いじゃないか!


「じいちゃんっ! ごめんっ寝坊した!」


 この国だと時間が正確ではないけど、日の高さからして朝8時くらいだ。


 いつも日が昇りだすころには畑に出るのに、寝つけなかったからってこんなに寝坊するなんて、ごめん茶樹たちっ!


「大丈夫だ。朝の水やりも済んでだすけ、顔ばあろで、ゆっくり着替えせぇ。朝ごはんも、じき出来る。」


 顔を洗ってバタバタと部屋に戻って着替えを終える。小さな棚に置いた木箱からそっと金色の葉っぱ型の髪飾りを取り出し、耳の上にパチンとつけた。


 これの片割れをライルが身につけていると思うと、繋がりを感じて胸のあたりがぽかぽかする。髪飾りを指先でひと撫でして、部屋から出る。

 途端に胃袋を刺激する香りが強くなった。


「はぁ~、めっちゃいい匂いする。」


「さぁ、朝ごはんだ。このぇロザリアにな、いいもんみつけて貰ったんだぁ。」


 じいちゃんお手製の木のお椀には、たっぷりめに汁物が入っている。


「み……っ、味噌汁だ。」


「ああ、味噌に醤油、カツオ節に昆布。少ねぇども全部あったんだ。米糠こめぬかば、ちっと畑で使いてぇすけ、今日は久しぶりの白飯だ。」


 粗めに削ったカツオ節に醤油、芋とネギっぽい野菜の入った味噌汁、炊きたての白いごはん。常備しているキュウリっぽい漬物。


「そして、飯に合う茶だな。」


「わ、急須! 湯呑みも!!」


 家では当たり前だった赤茶色の急須、厚みがあって滑らかな陶器の湯呑み。まだこの国に来てから、17日しか経ってないのにもう懐かしく感じてしまう。

 お世話になったからと、デイジーさんが見つけてくれたらしい。



「「いただきます。」」


 味噌汁をひとくちすすって、鼻から抜ける味噌と出汁の香りに、ちょっと泣ける。

 ホームシックにはなってないと思っていたけど、この間違いない美味しさには抗えないよね。


「うんめぇ……。」

「ああ゛、んめぇ。」


 じいちゃんとほぼ同時に呟いて、笑ってしまった。2人してもりもり食べて、お茶を飲んでいると俺の髪飾りを見て、じいちゃんが話し出した。


「おらは、味噌と醤油と米が手に入るこの国なら生ぎて行けるど思う。元気にしゃべる茶畑もあるしな。

 婆さまと一緒の墓には入れねぇかもしんねぇけども、魂だけはきっとおんなじとこに行ってみせると決めてらんだ。陸は……好きにして良ぁんだぞ。」


 じいちゃんは、この家で1人でも暮らせるって言いたいんだ。

 昨日ライルへの恋心をはっきり自覚はしたけど、まだ会って半月ちょいなんだよ。

 じいちゃんをひとりにして茶樹を放っぽってまで、すぐに嫁に行こうなんて俺は思わない。


「うん……。よっく考えてみる。ただ、急いで結論出したりしないよ。ほら、まだライルに借金も返してないし。」


「うん……、そうがぁ。」


 安心した顔のじいちゃんを見たら、目が潤んでしまう。いつだって自分より俺の気持ちを大事にしてくれているんだ。


「えっと、今日は茶葉蒸して実験しようって言ってたんだっけ?」


 食器を片付けながら、軽く目元を拭って今日の予定に話を切り替えた。


 茶葉を蒸した後揉まずに、ただ乾燥したもので粉茶を作り、今までの回復薬とどっちが美味くて薬効が出るかを試す予定だ。


 緑の葉を元気に揺らす茶樹に声かけながら茶葉を摘ませて貰おう。




 ※。.:*:・°※。.:*:・※。.:*:・※。.:*:


「ぼっちゃま、お手が止まっておいでです。」


 書類の決裁業務の最中、ロザリアから指摘される。1日のうちにあまりに色々ありすぎた。昨夜はあまり寝つけなかったのだ。

 昨日のリクの言葉が夢でないことを、時々襟元につけた琥珀色のブローチに触れて確認していた。手が止まるのはそのためだ。


「朝の鍛練に鈍りは無いようでしたが、苦手な仕事に対して明らかに集中力を欠いていらっしゃいます。腑抜ふぬけるのも大概たいがいになさいませ。これ以上業務が滞るようであれば明日のリクさんとのご対面はお流れということに……。」


「い、今終わらせる!」


 今、リクに会える機会を減らすなど考えたくない。手元の動きを加速させると、横でやれやれとジョシュア。


「遣り取りに進歩がないですねぇ~。鼻先にぶら下げられる餌が、冒険からリク様に代わっただけですよ。」


「私は馬か、ジョシュアっ。」


「上半身しか使わぬお仕事です。愛しの君に会いたい信念がおありなら、手元だけでも馬車馬のように働いてくださいませ。それに些事さじに時間をいていては、いつまでも例の伯爵への一手に進めませんわ。」


「あ~しかし、いかにビィスロー伯爵が金に汚い男だからといっても皇帝陛下のお声掛かりの事業にこうもしつこく絡むのが、少し気になりますねぇ。」


 ジェフリーを唆し、薬師への精神操作未遂。立て続けに動いたのは何故か。

 何者かが裏に居るのか、指令を出すものが複数いるのか。

 まだ見えていないところはたくさんあるのだ。


「密偵を伯爵家の周辺に放ちました。噂などの情報集めにギルド周辺にも3名ほど。」


 手元の書類に判を押しながら思い出す。あの男たちは気になることを言っていた。


「……仮面の賊たちは伯爵が催眠魔法を使うと話していた。薬師たちを集めて催眠にかけ、一定の品質で回復薬を作ることを強制するつもりだったらしい。」


「そういえば噂でビィスロー伯爵は見目麗しい少年や青年を好んではべらせているとか聞きましたねぇ。あ、もしかしてそれも催眠魔法にかけて? ん~……クズですね。」


 ジョシュアは私の決裁処理が済んだ書類を綴って書棚にしまい、手を止める。


「あ、そうか。手っ取り早く懐に入るには催眠魔法に耐性のある美少年か美青年を行かせたらいいと。」


「そんな都合のいい人材が居るものか。」


「……おりますわ。」


 ロザリアが書類の山をさらに追加しながら答える。


「ばかな、いったい何処に……。」


「麗しさはアヴァロ様やベセルス様には劣るかも知れませんが、諜報に長けた耐性持ちのものに心当たりがございます。」


 冷笑を浮かべるロザリアを見て思い浮かんだ顔があった。


 ………期待に応えてしまう能力があるのも考えものだな。


 それからいくらもたたないうちに、ロザリアに呼ばれてくだんが顔を出した。



「失礼します。お呼びでしょうか?」


 扉から入室し一礼した亜麻色の髪の少年。その前髪は長く、目が隠れてしまって人相が分かりにくい。彼は我がヴァルハロ辺境伯家の優秀な執事見習い、ピスコだ。


「ちょ、なんですか! いきなりっ。」


 横から現れたロザリアに髪の毛を直され目元が良く見えるように整えられる。抗議の声をあげるが、どこか照れた様子である。


「身だしなみは大切ですよ。ピスコ。」


 ロザリアの掛ける声音が表情以上に柔らかいのも無理はない。ピスコはロザリアの息子だ。

 緑色の大きな瞳があらわれると一気に幼い印象だが、当然だ。以前に比べて背はのびたが、まだ13歳なのだから。


「あ~、確かに前髪さえ撫で付ければ美少年の部類ですよねぇ。耐性持ち……なんでしたっけ?」


「耐性……? はい。精神系の魔法耐性は持ってますけど。」


「待て、ロザリア。いくらなんでも危険だろう。諜報活動とはいえピスコに何かあったらどうする。」


「ぼっちゃま、ピスコは危険に充分対処できるだけの力を持っておりますわ。そして今回の場合は喜んで行くと確信があります。」


「母さん、さっきから何の話ですか?」


「貴方の好きなお仕事ですよ。」


 ぴくり、ピスコの肩が揺れて口角が上がっていく。


「とある貴族への潜入と諜報。いたいけな美少年や美青年たちに催眠魔法を使って弄ぶ伯爵を、手玉にとっていらっしゃい。伯爵の仕業の裏で糸を引くものを調べるの。できるわね?」


 とんでもない無茶振りであるが、ピスコはやや下がっている目尻をさらににっこりと下げて言った。


「もちろん、得意分野です。お任せください。」






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