第32話 ことわるんじゃないから
俺は瀕死の危機からなんとか生還した。
扉の外に出ると、みんな勢揃いで待っていた。
「大丈夫!? リクちゃん、何にもされてない!?」
おさわり厳禁を言い渡してあるせいもあって、べーが一定の距離をとってジロジロ見てくる。
「何にもって、何だよ。」
答えたのはじいちゃんだった。
「ロザリアに聞いだば、ライルが陸にプロポーズしてるから邪魔しねえようにって言うすけさ。気になるろ? 流石に……。」
おおぃ、ロザリア! ギャラリー集めるなよ!
「それでリクさん、どうしたの結局?」
ちょっと、わくわくしているのが顔に出てます! デイジーさんっ!
「あの、一旦保留ってことで………。」
「「「何故!」」」
ロザリア、ジョシュア、デイジーさんが騒ぐ横で、ほっとした顔をするじいちゃんに、べー。そんなべーを見て苦笑いのヴー。
べー、別にお前に言われたからじゃねぇぞ?
「気持ちに整理をつけたいって思ってさ。ライルにも。冷静になって考えて欲しいなって……。」
穴のあくほどの視線がロザリアから注がれている。見えていないはずの中でのやりとりを知っていそうで、恐いんですよロザリア先生っ!
「ん~、プロポーズに対して『考えさせてください。』は断られたと思うかも知れませんねぇ? ぼっちゃまが出てこないのはそのせいでは?」
スイーツにしか恋してないはずのジョシュアが痛いところを突いてくる。
「う、それは……。」
やめてくれジョシュア! ライルが出て来ないのは、まだ
※。.:*:・°※。.:*:・※。.:*:・※。.:*:
腕の中のリクに、私は自分の気持ちを伝えた。
リクの鼓動が感じられるくらい強く抱きしめていると、お互い鼓動が早いのがわかる。
「……、っ……ばか。」
そんな甘い声でなじられても、嬉しさしか湧いてこない。君が頬を染めるたびに私は期待してしまう。
言葉にしたらもう、愛おしい気持ちが止められないと思った。
「……私の心は君にしかない。お守り替わりだなどと、誤魔化してすまなかった。ただリク以外の女性に渡すことは、考えられないんだ。」
腕の力を抜いてリクを解放する。
「受け取って……くれるか?」
「っ……、……ぅ……っ。」
真っ赤な顔を両腕で庇うように隠したリクの瞳が指の間から見える。
涙で潤んで熱を
返事をもらおうとしているのに、言葉を紡ぐための唇に自分のそれを重ねたくなる。
突き上げる衝動のままにリクの顎に指を添えて、甘い吐息がかかるくらい顔を寄せた。
唇におとずれた感触はバチンと音のする打撃だった。
「だ……っ! ……こ、……殺す気かっ!」
「ぐ、む。」
私にとってその必死の防御を破るのは
「っ……、はぁ、……はぁ、っ人が、必死で返答しようとしてんだから、聞けよ!」
リクは手で唇を塞ぐが、私の腕から逃げ出したわけではない。息を整えるとリクの口から飛び出したのは抗議の言葉だった。
「……なんで、最初に言わないんだよっ。魔結晶が自分の魂を表すもので、結婚申し込むときに渡すくらい大事なものだってこと!」
そのままでは返答出来ないのでリクの柔らかな手首をそっと掴んで握る。手に触れるのは許してくれるらしい。
「私は、臆病者だ。君に『そんなものはいらない』と言われたらと思うと、恐かった。」
「ライルの魂だろ? 少なくともそんな言い方はしないよ。ただ、大事なものだから……簡単には受け取るのも、渡すのも決められないよ。」
「すまなかった。……これは、リクに返そう。」
首から下げた琥珀色の魔結晶を外してリクに渡す。
「うん……。自分のものは、自分で持とう。一旦保留な? お互いに冷静になって考えることにしよう。」
リクも首から金色の魔結晶を外し、渡してくる。私の手の上の魔結晶をしばし見つめてから顔を上げた。
「なぁ、ライル。魔法で金属の色を変えたり出来るか?」
「ああ、金属であれば色や形を変えることは可能だ。」
パチリとリクが植物を模した銀の髪飾りを外す。
「これ二葉になってるから2つに分けられるか? ひとつは金色に変えてそのまま髪飾りに、もう片方は琥珀色にして、ブローチみたいに。」
「───これで……いいか?」
リクの注文通りに髪飾りを変化させ、手渡すと、花の咲くような微笑みを浮かべて銀色から金色に変わった葉の飾りを髪につけた。
さらにもうひとつ、琥珀色をした葉のブローチを私の襟元につけて、蕩けるような微笑みを見せた。
「俺さ……、特別なものじゃなくていいんだ。護身用でも通信用でもなくていいから、ライルの瞳と同じ金色のものが手元に欲しかったんだ。この琥珀色のブローチは、そのままつけてくれたら嬉しい。」
「リクが……私の、瞳の色のものが欲し……い? 私は琥珀色……のを?」
自分の状況がわからなくなってしまった。
私はリクに魔結晶を受け取って貰えずお互いに一旦自分のものを自分で持とうと、話した……はず?
「もうっ! だからな? 魔結晶は大事なもの過ぎて取り交わすのは気が引けるって話!」
リクが怒りながらも頬を染める。婚約なんて重大なものでなければ喜んでもらうのに……と?
「リク……その……私は期待したままでいいということか……?」
また、体温が上がってしまいそうになる。リクがこくりと頷くと、その白いうなじが赤く染まるのがよく見えた。
「……めちゃくちゃだし、ずるいってわかってるけど! 『保留』だからなっ?」
『断るんじゃないから……っ』
と、小さく胸の中で呟く言葉は、私を狼狽えさせるのには充分な破壊力で、更にとどめを刺しに来る。
「だって……ライルの魂、他の誰かにあげちゃうのは……やだ。」
私の胸にゆっくりと顔を寄せるリクは、可愛らしさだけで私を抹殺できると思った。
私は、リクが腕から抜け出しても、しばらく動けずにいた。
*….:*….:※。.:*:※。.:*:・*…:.*…:.
色々ありすぎな1日だった。夕飯前にロザリアに馬車で送って貰った。
あのあとライルに転移で送ってもらえるほど俺の心臓は丈夫じゃない。ライルの再起動も遅かったし。
帰る途中の馬車でいわれたことだが、正式にデイジーさんの辺境伯家でのメイド雇用が決定して、明日から新たな護衛が来るらしい。今度は男性だそうだ。俺に配慮してか、かなり遠巻きに護衛し、特に紹介もしないということになった。
ライルにまた会うのちょっと恥ずかしいな……。とか考えていたら、さらりと言われた。
「2日後にまたお待ちしております。」
ロザリアには心の中まで全てバレている気がして仕方ない。
しっかり次に会う日取りを設定してくる有能さよ。しかも護身術訓練の他に礼儀作法のあれこれを追加するということだった。やっぱりべーたちへの対応とか、ため口だったの駄目だったかな? と、考えていたらニヤリと微笑むメイド長からのお達し。
「専属メイドならばご主人様とダンスくらいは踊れなくてはなりませんので特訓でございます。」
ロザリア先生、羞恥心を全力で煽るスタンスは変えないのね!
家について直ぐ着替え、畑に直行し水やり。
ああ──癒される。どきどきも、ハラハラもない作業が落ち着く。
『ありがとう』『きらきらつよいの』『ひかりがはずむの』
茶樹たちがざわめく。なんのことかと思ってよく聞いたら、茶樹たちは俺たちのことを体の周囲を取り巻くオーラのような光で判別しているらしい。今日の俺は特別その光が弾んでいるらしい。
『こいするおとめ』『ひかりがはずむ』『こいがかなうと』『きこえなくなる』
「う、……えっ!?」
『こいがかなうと』というのは、両想いになることじゃなくてその……、汚れなき
『好きだ。』
ライルに抱きしめられて言われた言葉や、間近に迫る唇、熱に浮かされたような切ない瞳の潤みを思い出してしまう。
「わーっ!!」
茶樹に先に指摘されるとは思わなかった。
じいちゃんは、何にも言わなかった。夕飯をとる時も明日の畑仕事の話をしただけだ。
デイジーさんはめちゃくちゃ聞きたそうにしていたけど、片付けと今後の引き継ぎ準備もあるからっていうことで外にいる。
夜になってベッドに入るけど、なかなか寝つけない。思えば、こんなに男の人と接近したこともドキドキしたのも初めてだった。
冷静になって考えようと言ったし、どうせ眠れないのだからと、ライルのことを思い浮かべてみた。
顔も声も良くてずるいくらいに強い。
いつも助けてくれるけど、カルチャーショックで落ち込んだり取り乱すと金の瞳を自信無さそうに震わせる。胸に飛び込んだときは、真っ赤になって目を泳がせていた。
強いのに、
泣きたくなるくらい辛いことを、俺に話してくれた。ライルの心を癒して、守ってやりたいって思った。
そんなライルが、俺を好きだって言った。心臓が張り裂けるかと思うほど、嬉しかったんだ。
ベッドから身体を起こして思わず顔を覆った。
「なんだ……。俺って、こんなにあいつのこと大好きなのかよ。」
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