第31話 ばか

 ちょっと遅めの昼食をみんなで食べることになって、予想外にいろいろ気になる光景が繰り広げられた。


「あちっ……ふ~っ、ふ~、少し熱すぎるのではないか? このスープ。」


 ヴーが熱々で出されたスープに文句を言っている。

 忍装束では食事するのにちょっとそぐわないとロザリアに言われ、メイドの制服に着替えたデイジーさんが諭す。


「貴方は血を流したばかりだから身体が冷えているはずです。ゆっくりでいいから食べて下さいね。アタシもそうだったけど、体力を回復させることにかけてリクさんもヨウジさんも結構厳しいんですよ?」


 猫舌なんだろうか。ヴーはデイジーさんに優しく言われて大人しく食べている。



「さっきは、悪かったな。重いのにずっと支えてくれていただろう?」


 自分の皿を綺麗に食べ終えてからヴーがデイジーさんに話しかけた。


「あら、よくアタシだってわかりましたね?

姿が見えなかったはずなのに。」


「それは、わかるだろう。あれだけ密着すれば……。」


 視線を外してちょっと恥ずかしそうに答えている。

 見えないながらも支えられていたヴー、デイジーさんの素敵感触で人物特定したわけだな?


「えっと、辺境伯様のお兄様? アタシはどちらかというと、謝罪の言葉より感謝の言葉の方が嬉しいんです。」


 ヴーは、なるほど……と改めてデイジーさんに向き直り手を差し出した。


「助かった、ありがとう。私はアヴァロだ。平民だし敬語はいらない。君の名前は?」


「アタシはデイジー。貴方はとても我慢強い人ね。あんな怪我をしても声を出さずに居たもの……、尊敬するわ。」


 にっこり微笑み、差し出した手を軽く握ったデイジーさんを見て頬を染めて視線をさまよわせるヴー。

 何だ? デイジーさんに陥落したかヴー?

と思っていたところに思わぬ展開。


「おや、残ってますよ。デイジーもどんどん食べてくださいねぇ? この後デザートに、なんとアップルパイがついてるんですよ!」


 ひょこっと現れたジョシュアを見たデイジーさんが意外な反応を見せる。薔薇色に頬を染め、口元を両手で隠して後退りした。


「……アッ、ぁ……ジョシュ兄貴っ!」


「食べ物は元気の素ですよ? しかし、久しぶりに会ったらまた美人に磨きがかかりましたねぇ。今度はメイドとして働いてくれるんですってね。よろしくお願いしますねぇ?」


「は……、はいぃっ!」


 見るからに上気した頬、潤んだ瞳。そのナイスバディをもじもじと恥じらうようにくねらせて、ちらちらとジョシュアを上目遣いで見ている。


 この反応はデイジーさん、まさか……。 スープをすくう手が止まるほど凝視していた俺の横にロザリアが小声で囁きに来た。


『リクさん。あれこそ恋する乙女の反応ですわ。』


 食事の最後に出てくるアップルパイが楽しみ過ぎて、食べるのが遅い人に声かけているジョシュアを、熱い視線でみるデイジーさん。

 マジか。ヴーに堕ちずにジョシュアに堕ちるんだ。


『理由は本人にしかわかりませんわ。何故か数年前からデイジーはジョシュアに恋しております。ただジョシュアはスイーツのことしか考えておりませんけれど。』

 

 デイジーさん、不憫な。


 あ、デイジーさんの反応見て驚愕の表情のヴーを発見してしまった。うん。背中ぽんぽんされて、べーに慰められている。


『ロザリア先生、あのっわたしこの後、ご主人様にコレの話を問い詰めるつもりなんです。意味なんか知らないうちに貰っちゃったので……。』


 チャリッと服の中にしまっていた魔結晶を見せると、口元に手を当てて、まあっという表情のロザリア。


『リクさん。わかりました。デザートはぼっちゃまの部屋でお二人で召し上がって下さい。遮音の結界を張っておきますので中での言葉遣いは不問といたしましょう。迂闊なぼっちゃまに、ひと言ご忠告申しあげたいのでわたくしも最初だけはご一緒させていただきます。』


 よし、問い詰める準備は整った。



 香ばしく焼き上げられたアップルパイと、ローストティーの並ぶテーブル横にロザリアとライル。俺と、何故かもう一人。


「ごめんリクちゃん。兄として、どうしてもひと言いわせて。すぐ戻るから!」


 ライルたちと移動する途中、閉まる扉に体を捩じ込んできたべー。ロザリアはとりあえず遮音の結界を発動してくれた。


「ライル、まさかとは思うけど魔結晶の取り交わしの意味知らないとか言う?」


 ゆるふわな雰囲気どこ行った? って言うくらい険しい表情のべーに対して、


「いや………。知ってる。」


 カッ、と耳まで赤くなるライル。

 おい。知ってるんならいろいろ説明してくれてもよかったんじゃないか?


「それならちゃんと言葉で話さなくちゃ駄目だよね? 僕、リクちゃんに言葉で伝えて同意を得るなら良いけど無言を肯定とするなんてやっちゃ駄目なことだって教わったよ?

 なんでリクちゃんに言わないの!?」


「断られたら、リクに何かあった時に助けに行けない。」


『たのむ、リクに何かあったら私は正気ではいられないから。』


 確かにそう言っていた。ライルの瞳の色の魔結晶、いらないわけじゃないんだけどさ……。


「だとしても意味がわかった上で、リクちゃんが自分の瞳の色の魔結晶をライルに渡すかどうか決めるべきでしょう?! 自分の気持ちだけ押し付けちゃ駄目だよね?」


 もっともだ。もっとも過ぎてライルが少し拗ねている。


「……べー。とりあえず、ありがとな。」


「リクちゃん、大事なことだからね。簡単に決めちゃわないで欲しいんだよ。魂ってそんなに軽くないんだから……じゃあね。お邪魔しました。」


 すれ違い様に俺の横に立ち止まったべーは耳元にそっと囁いて退出した。


『僕も……ね。君のこと、凄く気に入ってるんだ。望みはまだ、残しておいてね?』


 は?


 驚いて振り返るが既にバタンと扉が閉まった後だった。


 アイツ今、帰りがけにとんでもねぇこと言ってったな!


「ベセルス様に半分は言われてしまいましたが、この魔結晶の取り交わしは貴族では婚約を意味します。ぼっちゃまはその点は理解しておいででしょうか?」


「そう……だったかな?」

 視線を泳がせるライル。こいつ、わかっててやったな?

 額を軽く押さえてロザリアが首を横に振る。


「ぼっちゃま……。それはいけません。金色の魔結晶はただでさえ珍しいのです。同じく金の瞳のお父上、グレゴリア様の魔結晶はお母上のミレーヌ様がお持ちです。他にはぼっちゃましかこの国にいないのですからリクさんが持つということはライル=ヴァルハロ辺境伯の婚約者がメイド、ということになるのです。そもそも、きちんとリクさんに婚約を申し込んでもいないのでしょう?」


「う……、」


「ベセルス様の仰るように言葉で伝えて、同意を得てからになさって下さい。お二人が相思相愛ならばリクさんの立ち位置はどうにかする術がございます。

 ただ、リクさんのお気持ちが追いついていないのに押しつけるなら騙し討ちと変わりません。

 よろしいですね? ぼっちゃま。あとはお二人でゆっくりとお話しをして下さい。」


 扉が閉まり、青く光る。


「と……とりあえず、デザートにしよう。ローストティー淹れるよ。」


「……ああ。」


 いざ、2人になったらめっちゃ恥ずかしいぞコレ!!

 アップルパイを食べてローストティーをのみ終えた頃、ライルが椅子から立ち上がる。


「リク。」

「は、はい!」


 椅子から動けずにいた俺の前にライルが跪く。


「君と出会って1人で舞い上がってしまっていた。余裕がなくなるほど…………その……私は、リクのことがっ!」


「ま、待って、ライル!」


 決定的なひと言が出る前に、ライルの口を手で塞ぐ。弾みで椅子から落ちてライルの腕の中に入ってしまった。


「ご、ごめん。でも、待ってくれよ。ちょっと考えてみてくれ。近くに年頃の女の子がいないから、こうやってドジやって接近しちゃった俺に、たまたまドキドキした気がするだけ……とかさ!」


 ライルの口を片手で塞いで、もう片手は偶然にも心臓の上で、掌から鼓動が伝わってくる。


 ライルは口を塞いでいた俺の右手首を優しく掴み、自分の頬に掌を当てた。


「リクは私を嫌いになったりしないと言った。友人として言った言葉だったのかもしれないが、私にそんなことを言ってくれた女性は君がはじめてだ。」


 俺に心を許すような友人はいないんだよ。両親を亡くしてからみんなどこか余所余所しくなって、広く浅くのつきあいだった。高校行かないって決めたのもそのせいだ。


 こっちの世界ではみんな優しくしてくれる。中でもライルは恩人だし、対等でありたいと言ってくれた人だ。関わる度に面白いところや、かわいいところを見つけてしまう。


 ほら今も、心臓に置いていた左手も掴まれてライルの右頬に掌を当てている。甘く優しい瞳を見るとなんだか放っておけなくて、俺は手を引くことが出来ないんだ。


「私は、母とほとんど関わらずに育ったんだ。女性で気兼ねなく話せるのはロザリアたちのようなメイドと、冒険者仲間だけだ。異性として意識したことはない。」


 始めは身の回りには男の子はもちろん、こんなイケメン居なかったから耐性がないせいだと思ったけど、べーやヴーには全く動じないのに、心臓が飛び跳ねるのはいつもライルのそばにいる時だ。これが何なのかってことくらい馬鹿な俺だって気づいてる。


「可愛らしいと思ったのも、触れたいと思ったのも、話していて心が安らぐのも君がはじめてなんだ。この感情が気のせいだなんてことはない。……だから、最後まで聞いてくれ。」


 もう、わかってるから畳み掛けるなよ!

 おまえっ……俺の心臓潰す気か……っ。


 息切れをおぼえるほど鼓動が早くなっていって、顔の熱は上がりっぱなしだし、頬に触れている手が震えてきてるんじゃないかと思う。それなのに駄目押しでライルは俺を胸に抱きしめてきた。


「好きだ。」


「……、っ……ばか。」


 目尻から涙が零れた。


 どうしよう俺、このまま死ぬかも。















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