第30話 きいてねぇ
ライルとジョシュアの話によれば、ドリムの街の中央。各種ギルドが建ち並ぶ場所に薬師ギルドもあり、アヴァロがいるのはその東に位置する潰れた食事処だという。
「ヴーさんの怪我、酷ぇのが?」
「うん……。まだ痛みが引かないから、かなり深いんだと思う。」
ベセルスが答えると、頷いたじいちゃんが竹の水筒を腰の袋から取り出した。
「へば、念のためもう一段階上も用意しておいだほうが良さそだな。出来たばっかしの特級品ば、持ってきて正解だな。」
「ヨウジそれは……?」
「
「じいちゃん、それって……。」
抹茶入り玄米茶───!?
「玄米むすびと一番煎じが相当効いだんだ。これが一番、怪我に効く薬だどおもう。今日は薪集めが早ぐ終わったすけ、デイジーさんとこれ作ってだら、藤色の鳥が来たんさ。」
何てタイミングの良い……。しかも手揉み茶がベースになった抹茶を使った玄米茶なんて、贅沢の極みだ。きっと最高の効能に繋がるだろう。
絶対、大丈夫な気がしてきた。
「さぁ、怪我人が多く出ている可能性がございます。ぼっちゃまとヨウジ様、デイジーとわたくしで参りましょう。リクさんとベセルス様はジョシュアと共にここでお待ち下さい。万が一、薬で治し切れない場合のために湯を沸かして布を準備しておいてください。
あと、厨房の料理人に昼食の用意をしておくように伝えてください。なるべく体の温まるものをお願いします。」
「わかった。こっちは任せてくれ。」
「ライル、ごめん。僕も行きたいけど……。足手まといなのわかるから待ってる。代わりにこれを持って行って。雷魔法を付与した棍だ。お爺さんが持つといいと思う。アヴィを、……お願い。」
「必ず連れて帰る。リク、ジョシュア、ベセ兄を頼む。」
「おまかせ下さい。」
「わかった、ライルも気をつけてな。いってらっしゃい。」
俺が言うとライルはわずかに眼を見開いた次の瞬間、潤んだ瞳に柔らかく輝くような光をたたえて微笑んだ。
「ああ、いってくる。」
向けられたその眼差しは心臓を騒がせるというより破壊力抜群の一撃に等しかった。
俺は痛いくらい飛び跳ねた胸を押さえながら、飛翔する4人を見送った。
「ありがとうね。リクちゃん。」
まだ不安もあるだろうが、あとは託すだけ。いくらか落ち着いた様子のベセルスが俺に言う。
「いいよ。気にすんな。ヴーもべーも俺らの協力者だし、ライルの兄ちゃんだ。みんなそうだと思うけどな。よっぽど、いがみ合う事情がない限り家族には元気でいてほしいもんだ。薬、よく効くといいな。」
「うん。」
心配そうだけど、微笑む元気がでてきたみたいで良かった。
ところで……、とベセルスが声をかけてきた。
「リクちゃん、いつライルの恋人になったの?」
「あ、ベセルス様。それ聞いちゃ……っ。」
あ~あ、という顔のジョシュアが目に入る。
「は、………はあ?! なに言ってんだよ!」
今しがた心臓に一撃食らったばかりの俺に何てことを言うんだと思っていると、ベセルスが俺の首から下げられた魔結晶を指差す。
「だって、ライルは琥珀色の魔結晶してたでしょう。自分の瞳の色をした魔結晶を贈りあって身につけるのは『私はこの人に魂を捧げました。』って意味だからね? ライルから聞かなかったの?」
き……、聞いてねぇ───っ!!
※。.:*:・'°☆※。.:*:・'°☆※。.:*:・※。.:*:
目的の建物前に転移し、私を含め全員に『姿隠し』の魔法をかける。
「効力は30分だ。それまでにすべてを解決しよう。ヨウジはアヴ兄を見つけたら症状に合わせた回復薬を使ってくれ。魔力探索の様子では建物内に20名ほどいるが、薬師は拘束されているようだ。」
「わたくしが敵方の見張りはしとめます。デイジーは薬師たちの拘束を解き、ヨウジ様の治療が滞りなく済むように護衛なさい。ぼっちゃまは仮面の賊をお気の済むまで懲らしめてくだされば良うございます。」
「おらはヴーさん以外にも薬師の怪我人いだらとりあえず治すすけ、ちっと忙しぐ動くぞ。デイジーさんは拘束解いたらヴーさん守る位置にいでくれ、おらは大丈夫だ。」
「ええ、ただアタシも護衛です。ヨウジさんも辺境伯様の兄上様も守るつもりで行かせてもらいます。」
「姿は隠せるが音は遮断していない。ここからは倒しきるまで無言で頼む。」
『『『はい』』』
見張りらしき男が入り口から顔を出したので風魔法を当てて突風を装い建物の入り口から中に入る。
食堂の奥にテーブルや椅子が寄せて置いてありその影に10名程が
見張りは7名、仮面はつけていない。あと3人は──上か。
階段の入り口にも見張りがいて、通れない。
ぐぇっ、と短く呻く声があちらこちらから上がる。痺れたように体を痙攣させた見張りもいるのでヨウジに渡した棍も活躍しているようだ。次々倒れた見張りを跨いで2階へ移動する。
2階にいるものたちは、まさか1階が制圧されているとは思っていない。ドアの前に立つと話し声が聞こえてきた。
「報酬は、1人につき大金貨5枚だとよ。ボロい商売だな。非戦闘職の薬師をかき集めるだけで。」
扉を薄く開けて中の様子を覗くと仮面をつけた男が笑って言った。
「ククッ、刃物で軽く斬りつけるだけで面白いように命乞いをはじめたな。」
刃物を眺めていた別の男が愉悦の笑みを浮かべる。
「ああ……、でもあの金髪のやつは肩を抉っても睨み返してきたぜ。ま、あの傷じゃ二度と薬師は出来ないだろうがな。」
もう1人は仮面を外して指先でくるくると回している。
「ずいぶんと綺麗な顔していやがったな。顔のいい男に催眠魔法かけて組み敷いて泣かせるのが伯爵の趣味じゃなかったか?」
「ハ、そいつは良いご趣味だ。しかし催眠魔法なんて便利なものがつかえるのは羨ましいぜ。」
「今回は薬師に催眠魔法かけて回復薬を一定の品質で作るようにするとかなんとか。金さえ貰えりゃ何でもいいさ。へへッ、従順な犬になったところで、薬師として使えねぇあの金髪は変態伯爵に飼われるんだろうぜ。毎晩ヒイヒイ泣かされてよぉ。」
3人の男が下卑た話題で嘲笑しているのがアヴァロのことだとわかる。恐らく下っ端であろうが、兄を嘲るこの者たちを楽に死なせたりはしない。
部屋に入り1人また1人と浅く斬りつける。
「ぐぁっ……っなん!」
「おい、なっ……? ヒッ……いてぇ!」
「誰か、だれかいるぞ!! ぐぁッ!」
少しずつ見えぬ何かに傷つけられる恐怖を、肉を抉られる苦しみを味わってもらおう。
殺しはしない。死に逃げるようなことはさせない。
急所をさけて深手を負わせた上で、恐怖に泣きわめく3人を縄で拘束し、傷口を塞ぐだけの昔ながらの回復薬を深手の傷の上に少量振りかけた。
歪に塞がる傷。激しい痛みはなくともひきつった鈍い苦痛はずっと残る。二度と武器は持てまい。
ビィスロー伯爵の目指す回復薬とはこの程度だ。浸かるほどの分量があってようやく苦痛なく治癒することができるもの。深く抉れた肉がわずかに盛り上がっても再生されることは無い。失った部位が戻ることもない。
一定の品質とやらで救えるものの幅を狭めるビィスロー伯爵に、市場を牛耳らせてはいけない。
2階の賊の始末を終えて1階に戻ると積み重なったテーブルと椅子が退けられ薬師の拘束が解かれていた。 倒れた見張りはそれぞれテーブルの上や下に縄でくくりつけられて身動きが取れないようになっていた。
傷付いた薬師たちの周りをヨウジが動いているのだろう。回復薬の小瓶が飛び回り癒していく。
その薬師たちの間に倒れているアヴァロの姿があった。浅く呼吸をし、何かに体を支えられている。
アヴァロの左肩は抉れ、千切れかかっていた。竹の水筒が口元に運ばれる。
「んっ゛っ……ぐっ!」
苦痛に顔を歪ませながらも薬を飲み込んだ瞬間から傷口に光が見える。目映い光を放ったと思うと、千切れて無くなっていた肩の一部が元のように再生している。
「き……奇跡だ……ッ!」
「神はここにいるんだ!」
「欠損部位が再生したぞ?! あれは神薬にちがいない!」
薬師たちが口々にざわめきはじめた。姿が見えない分、神秘的に感じたのだろう。
まずいな。そろそろ魔法の効果が消える。
『撤退いたしましょう。外へ、アヴァロ様も。』
ロザリアが小声で声をかけてきた。
「奇跡の薬、のこっていないのか!?」
二番煎じが入っていた小瓶を、わざと目立つように落とすと、それに群がる薬師たち。その隙にアヴァロも支えられて外に出る。空の小瓶を手に掲げ騒ぐ薬師たちを残し、建物の外に出たところで魔法が解けた。全員揃っているのを確かめて屋敷に転移で戻る。
*….:*….:※。.:*:※。.:*:・*…:.*…:.
料理の準備が出来て運びはじめた頃、空気が震える音がした。ベセルスと共に隣の部屋に走る。
「アヴィ!!」
無事な様子のアヴァロにベセルスが抱きついた。
「怪我は!? 痛いところはないの?」
「ベシィ……。少しくたびれたよ。」
「ぅ……っ……ア、ヴィ……。」
アヴァロは我慢しきれずに泣き出すベセルスを抱きよせる。
「もう治してもらった……。痛くないだろ?」
頷くベセルスの涙を拭いているアヴァロの微笑も、泣き笑いになっていた。
よかった……。
じいちゃん、デイジーさんとロザリア、ジョシュア、そしてライルもその光景を見て微笑む。
「おかえりなさい。さぁ、まずは食事にしましょう。そのあとで
魔結晶の話、きっちり説明してもらうからなコラ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます