第29話 つたわるから
泣き崩れたままの兄に近寄って身体を支えるライルの顔に、焦りが色濃く見える。
「アヴ兄が何故! 一体誰に!?」
ベセルスは答えようと顔を上げる。頬に髪の毛が張りつくほど汗をかいているが顔の血の気が失せて見える。
「待ってライル。とりあえず水分とらせよう。」
ベセルスは膝にも力が入ってない様子だ。俺はさっきの部屋に残したままのティーポットに湯を注いで作った三番煎じを、カップに注いでベセルスに渡した。
「べー、ゆっくり飲め。冷や汗が出てるし顔色が悪い。お前いろいろ無茶してここに来たな?」
「ベセルス様が到着されたのは今しがたです。ぼっちゃまとリクさんにどうしても話があるとおっしゃって……。」
ロザリアもジョシュアもまだ状況がのみ込めず戸惑っていた。
注いだのが少し冷めた湯だったせいもあって、ごくごくと喉を鳴らして飲み干したベセルスは息を切らしながら話し出した。
「……っはぁ、っは、……、朝2人で庭に出てお茶しようとしてたら黒い仮面の男が3人、いきなり幌付きの馬車で乗り付けてきて『薬師はどっちだ。』って言ったんだ。アヴィが手を上げたら襲いかかって来て、僕に当て身をくらわせてアヴィを連れて行っちゃった。すぐあとを追ったけど追い付けなくて、見失った……。ライルなら見つけて転移できるかもしれないと思って、馬に乗ってここまでやっと来たんだ。
庭に……っ、かなりの血の跡があったから、アヴィが怪我してるんだ! だから……っ、リクちゃんにも回復薬分けてもらえたらっておもってっ! ……ひ、ぅっ……っ……ぅァ、アヴィ……ッ……。」
仮面の男たちへの恐怖より、アヴァロに何かある方が余程辛いようで、連れ去られる様を語るだけでも涙が浮かんでいる。
「わかった。薬はすぐ用意する。ベーも飲め。当て身の痛みと疲労感が三番煎じじゃ完全に消えてなさそうだ。」
ライルはベセルスの背を擦りながら声をかける。
「ベセ兄、心配はいらない。上空から魔力探索をかける。アヴ兄の魔力は特徴的だからすぐ見つかるはずだ。まずリクから薬を貰って飲むんだ。───ロザリアはリクの準備の補助、ジョシュアはベセ兄をたのむ。」
「「はい!!」」
ロザリアとジョシュアが頷き合って手配にまわる。
「リクさん、湯を沸かすのはわたくしでもできます。薬の瓶も、有るだけ用意しておきます。その机にある魔道具を使ってヨウジ様と、そばに居るはずのデイジーにもこの事を知らせて下さい。終えたらお戻りを、回復薬についてのことは貴女でなければわかりません。」
「知らせるのはいいけど、じいちゃんたちと合流するのには時間がかかる。どうしたら……。」
「デイジーならばヨウジ様を伴って魔道具より早く戻る手段を持っています。デイジーに『帰還石』を使うようにとお伝え下さい。襲ってきた相手が3人いるなら本隊はもっと多いと考えるべきでございます。戦力は多い方が良うございます。」
さあ、と促され鳥の魔道具にメッセージを託す。
『緊急事態発生だ。今朝ヴーが誘拐された。ライルと追跡するための戦力が不足してる。ヴーは怪我をしてる。時間がないんだ。デイジーさん、じいちゃんと『帰還石』を使ってすぐ屋敷にきて!!』
見覚えのある藤色の魔道具が羽ばたく。
「出来るだけ速く伝えて!」
見送る時間も惜しい。すぐに踵を返して回復薬の準備に入る。
「ありがとう、ロザリア。瓶はいくつある?」
「回復薬用の小瓶が5個ほどです。耐熱性ではありません。」
「風を送る魔法使えるよね? 俺の髪を乾かすのに使ったやつ。あれで冷まそう。」
竹筒には小さいティーポット3つ分の回復薬ができる程度しか茶葉を入れていなかった。
アヴァロがどんな怪我を負っているかわからない。でも生きてさえいれば一番煎じであれば何とか助けられる自信がある。小瓶3つに一番煎じを、二番煎じを残りの2つにそれぞれ冷まして入れた。
「その瓶に、効き目上昇の付与をさせて。」
目の周りを腫れぼったくさせたベセルスがそばに来た。後ろから困惑気味のジョシュアがついてくる。
「ベセルス様ぁ、だから休んでてくださいって。」
「べー……お前、まだ……。」
回復しきってない状態のベセルスが隣の椅子に座る。腰につけた袋から魔石を取り出し準備を始めた。
「アヴィはまだ生きてる。でも、ここが痛くて……かなり深い傷なんだ。」
ベセルスが左の肩を擦って言う。怪我をした箇所は見ていなかったはずだけど──。
「わかるのか……?」
「うん……感じるんだお互いに。産まれる前から一緒だからね。
リクちゃんお願い。僕にも手伝わせて。痛いのがわかるから、もう……じっとしていられないんだ。」
自分の左肩をぐっと掴んだベセルスが紫水晶のような瞳にまた涙を滲ませて耐えている。お互いを心の支えにしている双子の兄が命の危険に晒されているのだ。どれ程辛いことだろう。
「わかった。但し、座ってこのカップの二番煎じ飲み干してからだぞ。それから瓶に付与してくれ。
ジョシュア、べーは大丈夫だ。ライルの応援に行って!」
*….:*….:※。.:*:※。.:*:・*…:.*…:.
青空の広がる中、屋敷の上空に飛翔して広範囲に魔力探索をかける。
ドリムの街全体を覆うだけの魔力探索は魔力を消耗するが今は惜しんでいられない。
連れ去られたのは朝、今は真昼に近い時間帯だ。アヴァロの命がかかっている分、焦りが滲む。奥歯をギリッと噛みしめて力を込める。
明滅する波長が特徴的な兄の魔力。しかし怪我の状況によっては魔力が弱まっていることも充分考えられた。弱まっている明滅した波長を探すが、範囲が広いためいつもの探索よりかなり難易度が高い。
「ぼっちゃまぁっ!」
ベセルスを任せていたジョシュアが下から叫んでいる。何事かあったのかと一度降下した。
「ジョシュア、ベセ兄はどうした?」
「ベセルス様は回復薬用の瓶に効き目上昇の付与を施してます。
ベセルス様によればアヴァロ様は左肩に深手を負っているようです。あと、これは私の予測ですが、相手は見境なくではなく『薬師』だけを狙っていますから薬師ギルド近隣に魔力探索かけてみるのがいいかと思います。
焦りたくもなりますけど、焦っちゃあ駄目ですよ? アヴァロ様は『生きてる』とベセルス様が言ってるんですから!」
「……そうか、わかった。感謝するぞジョシュア!」
再び飛翔する私にジョシュアが笑顔で叫ぶ。
「私へのご褒美はさっきいっぱい残っていたバタークッキーでお願いしますぅ!!
お礼は、ぼっちゃまの応援に行ってと言ってくれたリク様に言って下さぁいっ!」
その叫びを聞いて、ふっと肩の力が抜ける。
「焦るな、か……。」
自身で『収納』していた魔力回復薬を2瓶取り出し立て続けに飲み干す。
ジョシュアが言っていたように魔力探索の範囲を薬師ギルドの近隣に絞る。すると20近い魔力反応が固まっているところを見つけた。さらにその1ヵ所に絞り探索の精度を上げる。
魔力反応が弱まっているが、明滅する波長をはっきりと捉えた。
降下してジョシュアに伝える。
「アヴ兄がいるのは薬師ギルドから東に位置する建物だ。民家ではなく、食堂のような造りの……。分かるか? ジョシュア。」
「それなら……、あ! たしか伯爵家の肝いりで作られた薬草をつかった食事処で、身体に良い料理と謳ってみたものの不味すぎてひと月足らずで潰れたところですよ!」
「場所はわかった。リクたちのところで薬を受け取ろう。」
※。.:*:・°※。.:*:・※。.:*:・※。.:*:
悲しみと苦痛が
魔力の消費が激しいのか、肩で息をしている。体力は回復できても魔力回復薬は持っていない。
そこへライルがジョシュアと共に戻ってきた。
「ライル、よかった。魔力回復薬まだあるか?」
ベセルスを一目見て、ライルはすぐに魔力回復薬の瓶を取り出した。
「ベセ兄。これを。」
「……っ、……ッいらない。」
「べー、何言ってんだよ。倒れちまうぞ。」
「僕は、ハ……眠れば回復するから……ッ大丈夫。でもアヴィは、弱ってるんだ……。お願いだから、僕よりアヴィにあげて。」
へろへろの状態でライルの手を力無くはねのけようとするベセルスを見て、腹の底から声が出た。
「馬鹿野郎っ!!」
周り全員びっくりした様子だが俺の口は止まらない。
「お前、ヴーの痛いのや辛いのがわかるっていってたじゃねえか。べーがふらふらなのだってヴーに伝わるに決まってんだろ。気遣いの方向性間違えてんじゃねぇ。いいから飲め!!」
ライルが握っていた魔力回復薬の瓶をひったくり、蓋を開けてベセルスの口に突っ込む。
あまりの強引さに呆気にとられたような顔をしていたライルもベセルスを宥める。
「アヴ兄の作った魔力回復薬だ。飲んでくれ。ベセ兄がこの状態でいるのに飲ませなかったとなれば私がアヴ兄に叱られてしまう。」
ベセルスが薬をようやく飲み込み落ち着いたその時、風を伴った光の輪が部屋の中心に現れた。
眩しさに眼を閉じると落ち着いた声音が聞こえる。
「いや~、待たせだ。おぉ、べーさんこのあいだぶりだな。」
「じいちゃん!! デイジーさんも、ありがとう!」
「さぁてライル、ヴーさん拐った悪ぃやづらはどごだ?」
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