第28話 あったかい
『リク……。君に話したいことがある。私の個人的な悩みでもあるのだが……、聞いてくれるか?』
ライルが真剣な顔で、話を聞いてくれと言う。俺は椅子をずらして悩める美丈夫の隣に座る。
「いいよ。ビーで声届けただろ? 愚痴でも何でも聞いてやる。泣いても絶対笑わない。」
ありがとう、と呟いたライルは深く呼吸し、話し始めた。
「リク………。これは私の過去の話だ。私は今まで魔物だけでなく人間の命も沢山奪ってきた。そのほとんどは依頼によるものだったが、女や子どもに非道な行いをした者は
ライルが膝の上で拳を握りしめている。恐らく爪が掌に食い込む程強く握って居るのだろう。手の甲に青く血管が浮き出ている。
「依頼で斬った者の中には盗賊に成らなくては居られない状況だった者や、盗賊稼業で養わなくてはならない家族をもつ者もいただろう。
そう考えてしまうと、迷いが出て斬れなくなる。いざという時の判断の遅れが命取りになるのがわかるから、敢えて考えずにいた。」
目を伏せて懺悔のように、絞り出すように話すライルは、ゆっくりと握りしめていた拳を開いて見つめた。両手が震えている。
「ただ、人を斬った日から、ふとした拍子に胸の奥底から暗い
貴族になってしばらくはなかったのだが、昨日ジェフリーを斬ってからまたその兆候があらわれた。自分がどうしようもなく血生臭くて……、昨日、私は君から逃げたんだ。人殺しの、血まみれの自分を見られたくなかったから。」
ライルの言葉が震える。昨日耳元で聞いた声と同じだ。辛くて悲しい響き。
「帰っていくら洗っても、自分の手が赤黒い血に染まっているように見えた。
今朝もそうだ。私は、清らかな魂の君にこの血で汚れた手で触れるのが恐くなったんだ。しかし屋敷に転移する前、リクは私の手を掴んでくれた。それだけで私は、救われた思いだった。」
俯くライルの
こいつの中で勝手に美化されている俺の在り方をまずは
無意識に自分の精神を追い込んでいるライルを底なし沼に堕ちるぎりぎりのところから引っ張り出すために口を開く。
「確かにこの国じゃ武器が身近にある分、どうしても命の奪い合いは起こると思う。当たり前にしてはいけないけど、自分やまわりの人を救うためには実力行使も仕方ないことだってあるさ。
俺だって別に清らかってわけじゃないよ。
綺麗事だけじゃ生きていけないもんだって知ってるからな。
じいちゃんが言うんだ。『極端では自分が潰れるぞ。白と黒の間がいいんさ、
俺はお前が無差別に人を斬るとは思えないから恐がったりしないし、命の遣り取りが必要な場面が多い国だってこともわかる。
手が血で汚れるぐらいなんだよ。人は産まれるときはみんな血まみれだぞ?」
ライルの手をとると、驚いて顔が上がる。金の瞳が揺れて、潤んでもいた。
「辛いなら泣いてもいい。我慢はもうしなくて良いんだ。でも、勝手に諦めて離れていくんじゃねぇよ。お前の手は、人を助けてきた、あったかい、優しい手だ。どんなに血まみれでも俺が掴んでやる。」
掴んだライルの両手のひらを自分の頬にあてる。
「ほら、こんなにあったかいんだ。俺、ライルを嫌いになったりしないぞ?」
手のひらから伝わる体温が心地好くてつい笑みが浮かぶと、その両手に力が入って引き寄せられた。
気づくとライルの胸の中に、転移したばかりの時とは違って強く抱きしめられていた。
「……ッ。すまない、怒ってくれていい。」
心臓が物凄く跳び跳ねたけど、ライルの声が震えているのに気づいて騒ぐ心音を黙らせる。
「いいって。顔みないでおくから、な。」
ライルの背中に手を回してそっと撫でると、鼻を啜り上げる音がした。肩が震えている。ぽんぽんと指先で小さく叩き『大丈夫』と囁いた。
1分くらい経っただろうか。ライルの力が弛んだ。離れた顔は鼻と目の周りが少し赤い。
「ライル、これで顔拭いて。」
カップに残っていた二番煎じを少しハンカチにふくませて渡す、目の周りと赤くなった鼻先を拭くと赤みがなくなった。今度はライルが俺の手をとり、少し潤みの残った瞳で真っ直ぐ見つめてきた。
「ありがとう。リクに心を癒やしてもらった。」
にっこりと微笑む表情にはどこかはすっきりしたような清々しさを感じた。
「ちょっとでも心の暗いどろどろが消えたんなら良かった。
ライル、森で初めて会った時も昨日も、助けてくれてありがとうな。
俺さ……、お前が苦しんでると思うとなんか落ち着かないんだ。だから、話を聞くくらいしかできないけど、頼ってくれると嬉しい。」
視線を、掴んだままの手に落としたライルが親指だけ動かして俺の手を撫でる。
「君と出会ってから心が震えることばかりだ。──……君の国の作法にはないかもしれないが、最大限の感謝をどうか受け取ってくれ。」
ライルは俺の手に指を絡めて瞼を閉じた。
まて、カップル繋ぎじゃないかこれ。
黙らせた心音がまた
瞼を開いたライルが繋いだ手をほどくと銀色の細い鎖のついた涙型の宝石が2つ出てきた。小指の爪程のサイズで、1つは綺麗な金色、もう1つは琥珀色をしている。
「これは魔法、物理攻撃を防ぐ効果がある『魔結晶』だ。受け取ってくれ。」
金色の方を掌にのせられた。
「いや、貴重なものだろ? 貰えないよ。ライルが持ってろよ。」
「私が持つのはこっちの琥珀色のものだ。君がその魔結晶を握って私を呼べば呼応してこちらが光るようになっている。付与はベセ兄ほど上手くはないが、君に持っていてもらいたい。ほんのお守り代わりだ。
たのむ。リクに何かあったら私は正気では居られないから。」
随分な殺し文句だな。まったくもう……これだから天然タラシは始末が悪い。
それに、通信兼護身用とはいえこういうアクセサリーみたいなものを贈られるのって初めてだから、なんか照れる。
鎖をつまんで持ち上げるときらりと光る金色の魔結晶はライルの瞳とよく似ていた。
「……わかった。大事にするよ。」
早速、首につけるとライルは嬉しそうに笑って琥珀色の魔結晶を同じように身につけた。
「なぁ、なんでそっちの魔結晶の色は琥珀色なんだ?」
「───……さぁ、いい加減に隣の部屋の2人を呼び戻そう。」
「おいライル今、話そらしてないか?」
扉を開けると両手を上げて駆け寄るものがいた。
「ライル出てきた! リクちゃんも!」
いきなり騒がしくなったのは、なぜか扉の向こうにいた5日ぶりのキラキラツインズの片割れ。
「べセ兄!? 何故ここに?」
ライルが驚いているということは、事前に招かれているわけでは無いようだ。一緒にいるはずの者がいないことも気になって、思わず無遠慮に話しかけた。
「ベー?! 何で居るんだ? ヴーはどうした?」
俺の問いかけにライル、ロザリア、ジョシュアが、ぐりんと振り返る。
あ、やべ。
言葉遣い! と思ったけど遅かった。ロザリアが口元をひくひくさせている。後でめっちゃ怒られるだろうな。ライルは口の中でぶつぶつ言ってるし。
和やかな俺の思考とは裏腹に、駆け寄ったベセルスはその場で膝から崩れ落ちて、座り込んだ。
様子がおかしい。言葉遣いを気にしている場合じゃなさそうだ。
「べー、何かあったんだな!?」
目の前でボロボロと大粒の涙を流して、とんでもない返事を返してきた。
「たすけて、……アヴィが……っ! 拐われた!」
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