第27話 かわいすぎ
屋敷について数秒間は、お互いに動かなかった。俺が動かないせいでライルは動けなかったとも言える。着地の振動でライルの胸にとびこんでしまった。温かな胸に耳がぴったりくっついてしまったせいで、聞こえてきた心音が俺に負けないくらい早いことにちょっと安心した。
「──ッ、リ……ク?」
掴まれた手を振りほどいたり離れたりもできず戸惑う声にちらりと見上げると赤くなった喉仏が目に入る。さらに見上げると金色の瞳をぐらぐら揺らし、耳まで真っ赤な顔があった。
かわいすぎかよ。
俺がくっついてるから? デイジーさんみたいにナイスバディじゃなきゃ、接近しても大人の男はドキドキなんてしないんじゃないかと思ってた。嬉しいような気恥ずかしいような……。釣られて照れてしまい、たったいま到着に気づいたフリをしてパッと離れる。
「あ、ついた?じゃあ風呂に行ってこなきゃ。えっと、ロザリアは……。」
「先ほどからここにおります。浴室に制服を運んでありますのでどうぞ。リクさん、上がった後は髪を整えることにしましょう。」
ニッコニコのロザリアがおもいっきり後ろにいた。
浴室で身体を洗い、着替えるとロザリアがまたいつの間にやらやってきて、目にも止まらぬ早さで髪を魔法で乾かし結ってくれる。
その後2人で厨房へ行き、焼き菓子やティーポット、熱湯などを用意しているとロザリアがポツリと呟いた。
「リクさん。ありがとうございました。」
「なにが?……ですか、ロザリア先生。」
「デイジーのことです。あの娘はわたくしが目をかけ育てました。顔の傷を治した上に殺されかけたところを救っていただき、ありがとうございました。」
慈愛に満ちた微笑みを浮かべるロザリア。
『姐さん』と呼ばれていたのを思い出す。可愛い妹分なんだな。
「デイジーさん辺境伯家のメイドとして働きたいようでした。護衛もできる貴重な人材だし、どうですか?」
「あの娘が……ええ、確かに適任ですわ。代わりの護衛が見つかり次第すぐにでも。」
よかった。ロザリアもデイジーさんがメイドに加わればさらに楽しく仕事できるよね。
「リクさんには、不思議な魅力があります。いつの間にか双子のお兄様方やデイジーも味方につけて……。
昨日この世の終わりのような暗いお顔で帰っていらしたぼっちゃまを、今日はあのように蕩けたお顔にさせてしまうのですから。何か特殊技能でもお持ちかと思ってしまいます。」
蕩けた顔にさせる特殊技能ってなんだ。
「蕩けたなんて大袈裟な。ただ、ライル……っじゃなくて、ご主人様に置いていかれないように掴んだだけですよ。」
「ぼっちゃまの心の闇は深く、苦痛を伴うものです。貴女といるとぼっちゃまはその苦痛からひととき解放されたお顔になるのです。
これは誰にでもできることではありませんよ。」
ライルの遠い目や、泣き出しそうな声を思い出す。
「そうですかね……? そうなら、いいんですけど。」
本当に俺があいつの辛さを消してやれるならいいな。苦しんでいるかもしれないと思うと何だか……落ち着かない。
「まあ、フフフ。さぁ参りましよう。」
「はい。」
まずは試飲だ。ライルを身体の中から元気にしよう。
温かな目を向けてくるロザリアの後ろで気合いを入れ直し、銀色のトレイを運んだ。
*….:*….:※。.:*:※。.:*:・*…:.*…:.
彼女は私の心臓を潰すつもりなのだろうか。先ほどのできごとがあってから、なかなか体温が下がらない。
着地の振動で胸に飛び込んできたリクの体温や私の両手を掴んだ手の感触、声を掛けた時にゆっくりと見上げてきた瞳の潤みや一瞬あとの微笑みを思い出すたびにじわりじわりと心臓に響くのだ。
何度もため息をついて熱を逃がし、閉じていた瞼を開くと目の前でジョシュアが手を振っていた。
「……ま、ぼっちゃま? ぁ、やっと気がつきましたねぇ? 悶絶しておいでのところアレですがさっきからロザリアが部屋の外から呼んでるんで入って貰いますよ? せっかく美味しい焼き菓子の香りがするんですから。待たせちゃいけませんよ。」
「あ、ああ。」
私のことより焼き菓子の心配をしているジョシュアが扉を開くとをロザリアの後ろからリクが可愛らしい姿で現れた。
結い髪に以前見た覚えのある銀色の髪飾りをつけている。
「今日は、お、……わたしと祖父が考える最良の加工をした回復薬を飲んでもらいます。身体に変化があるかもしれないので驚かないでください。」
言葉遣いを必死に直して話しているリクが目の前に取り出したのは変わった意匠の入れ物だ。良く見れば以前ヨウジと採取した『竹』でできている。
小さめのティーポットと、カップに熱湯をいれ温めたのち竹の入れ物からティースプーン2杯ほどの加工した薬草を取り出しティーポットに入れて、湯を注ぐ。
回復薬の香りがするが、知っているものよりもっと落ち着く印象だ。
ティーポットからカップに注がれた液体は緑ではなく黄金色に近い。
「では一番煎じをどうぞ。」
リクが差し出したカップを手に取り、口をつける。
色は薄いが香りが強く、甘味と、わずかに塩でも入ったのかと錯覚するような旨味を感じる。
ザワリと鳥肌が立った後、左脇腹に痛みが走る。
「ぐッ……っ?これはっ……。」
着ていた服を脱ぎ捨て確認すると左脇腹にあったはずのドラゴンの爪でできた傷痕が跡形もなく消えている。
「……なんて効き目だ。薬草の見た目は針のように細くなっているな。保存はどれ程できる?」
「半年は大丈夫です。これはまだ一番煎じ、二番煎じも淹れるので───まず服を着て、座ってください。疲れはどうですか?」
「ああ、肩まわりの疲労感がなくなった。」
「では今度は焼き菓子と一緒に召し上がってください。二番煎じです。」
バタークッキーをひとつ摘まんで口に入れ、ゆっくり味わいながら最初のものよりやや緑色が強いティーカップの二番煎じを飲む。
鼻に抜ける香りは少し穏やかだが落ち着く味だ。2口、3口と飲むと胃の辺りが温かい。皇帝陛下との謁見前後から、時折痛んでいたところだ。
「これは、身体の中が癒やされているのがわかる……。どうなっているんだ。まさか病まで治せるというのか……?」
リクを見ると落ち着かない様子で、急にもじもじと言い出しにくそうにしている。
「どうした?」
「あの、それについては……出来ましたら、ご主人様だけに相談したいのです。」
可愛らしさが過ぎるが、まさか人払いをリクが要求するとは……。
瞬時に満面の笑みを浮かべたロザリアが動く。
「──では、わたくしどもは次の間に控えておりましょう。遮音の結界はそのままにしております。少しくらいの物音では聞こえません。御用の時は扉を開けてくださいませ。さ、ジョシュア、行きますよ!!」
「は、はぃぃっ!」
バタークッキーに未練を残しながらもジョシュアはロザリアに連行されて行った。
バタン、と扉が閉じ結界が青く発光する。発動したことを確かめてリクに声を掛ける。
「リク、どうしたというんだ?」
すると椅子にかけている私のそばに寄ってきたリクが胸ぐらを掴んできたので驚いて立ち上がる。先程のしおらしさはどこへやら、目を吊り上げて話し出した。
「それはこっちの台詞だぞ、ライル! ロザリアがそばに居たんじゃおちおち問い詰めらんないから結界そのままにして離れてもらったんだ。
お前、身体の中に不調があったんなら先に言えよ。どこだよ、癒やされるのがわかるって言ったところ!」
凄い剣幕で服を掴まれ、着たばかりの洋服の前をはだけさせられてしまった。
「ここか? それともここか? まさか心臓じゃないよな?」
細い指で素肌を撫でられる。
「……リク、心配をしてくれているのは嬉しいが……その、流石に恥ずかしいんだが。」
「え、………アッ!?」
急に顔を赤く染めるリクの手首を優しく掴み胃の上に誘導する。
「皇帝陛下と話すにあたって胃が痛くなることが多かったんだが、今の回復薬を飲んだらキリキリした痛みはないし、とても優しいあたたかさを感じる。このあたりだ。」
「そ、そうか内臓の痛みが消えたのか。昨日の闘いでどこか体内に怪我してたのかと思って……ごめん、ライル。俺、考えなしだった。普通、服脱がして撫でられたら嫌だよな。」
君に触れられるのは決して嫌ではないが、こんな二人きりの状態で素肌を撫でられたら、自制が効かなくなってしまいそうだ。
少し反省して欲しくて意地悪な聞き方をする。
「リク、私が逆にやったら許してくれるか?
君の服を脱がせて『ここか?』と撫で回したり───。」
「わー!! ごめん、だめっ絶対だめ!!
悪かった!」
真っ赤になって手足をジタバタさせて言う様が可愛すぎたので意地悪はここまでにしておく。よく服を着直してから回復薬の感想を求められたので答える。
「身をもって実感してわかる。この回復薬は素晴らしい。病でなければ死の淵にある者を確実に救う力がある。体内の不調もある程度は癒せそうだ。
皇帝陛下からは国中どこの治療院でも協力を得られるよう許可を頂いた。陛下は回復薬草の効果を調べたいだろうからと仰せだった。この三番煎じ以降の効果も知りたいのだな?」
「そうなんだよ。皇帝陛下は話のわかる人だな。治療院に協力してもらうには交渉どうするかって話ししてたんだ。」
「段取りについてはヨウジとも相談すべきだろう。この特殊な加工はヨウジでなければ出来ないのだったな? まだ栽培方法が完全に確立してはいないのだから、まずは栽培したものではなく採取方法を変えただけの薬草で試すことも必要だと感じる。正直今日のこれは効果が高すぎて身体が驚く。」
「うん、じいちゃんに言っておくよ。あと新しい採取方法の薬草を、蒸して砕く加工も試してみようと思うんだ。国全体に行き渡らせるには手軽さも必要だからな。」
あれこれと回復薬についてのことを話し終えて、深呼吸をする。
あまり二人きりの時間が長くなるとロザリアが変な勘繰りをしそうだが、私はどうしてもリクに話しておきたいことがあった。
「リク……。君に話したいことがある。私の個人的な悩みでもあるのだが……、聞いてくれるか?」
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