第25話 いないほうが

 瞼を開けても、はじめは煙で何も見えなかった。その煙も次第に薄れようやく見えたのは、倒木の影に逃れていたらしいデイジーさんをじいちゃんが支えながら立ち上がるところと、散らばって黒焦げになっている無数の武器。そして何かが焼き尽くされた痕跡だけだった。


 隣にいたはずのライルの姿が何処にもない。片腕を回して抱えるようにそっと眼を塞がれていたのはほんの数秒前だったのに。


「ライル……? ……ライル! どこ行ったんだよ!」


「陸、どうした?」


 デイジーさんと歩いてきたじいちゃんが問いかける。


「じいちゃん、ライルどうした!? 吹き飛んでないよな?」


 しっかりと頷いたじいちゃんはすべて見ていたようで、教えてくれた。


「大丈夫だ。ライルは吹き飛んでねぇ。あの男だげさ。

 ライルも辛ぇはずだ。介錯みでえなもんだったのに、気落ちしてだな。

 おらの顔もよく見ねぇで帰ったんだ。」


 そっか、転移で帰ったのか。

 あんな声を耳に残したままで姿を消すなんて……。


 ここでは魔物だけじゃなく人の命を奪うことだってあるんだ。

 あんなにぼろぼろの状態で、それでもライルを挑発するようなことばかり言っていたジェフリーは、死にたくても死にきれず助けを求めているように見えた。


 じいちゃんが介錯と言ったように、呻き声も聞こえなかった様子からライルはジェフリーが苦しまずに死ねるようにしたのだろう。知り合いを殺さなくちゃならなくなったライルは今何を思っているのだろうか。

 震える声を思い出すと胸が苦しくなった。


 俺は、ライルにまた助けてもらったのにお礼も言えていない。

 


「リクさん、ヨウジさん、ごめんなさい。アタシが油断したばかりに畑がめちゃくちゃになって……。貴女たちがあんなに一生懸命育てていたのに。ヴァルハロ辺境伯様にも、本当に申し訳ないことをしたわ……。」


 へたりこむように土に座ったデイジーさんが頭を下げる。父親の仇だけど兄だった人が死んだのだ。複雑な思いもあるだろうに、真っ先に俺たちと茶樹のことを気にしてくれる。


「大丈夫だよ。畑はすぐに復旧して薬草も元気を取り戻したんだ。デイジーさんが守ってくれたお陰だよ。本当にありがとう。

 あと……ごめんなさい。俺、必死に守ってくれてたのに、一瞬デイジーさんを疑った。」


「おらもだ。他所よそから来たのがデイジーさんだげだすけ、何かの理由で畑を荒らせって言われだんだど思ったんだ。悪がった。この通りだ。」


 じいちゃんと姿勢を正して頭を下げた。


「やめて下さい。アタシだってきっと貴女たちの命と薬草畑を天秤にかけられたら薬草畑を見放すことを考えたはずだもの。心の中のことまで謝られたらキリがないわ。

 命を助けてもらったのはアタシでしょう?

 ……助けてくれて、ありがとう。」


「ふふ、じゃあお互い様ってことだよな。

 さぁ、家に帰ろう。デイジーさんもだよ?血が足りないはずだから肉とか色々食べなくちゃ。

 完全に回復するまではうちに泊まって行って!」


「まあ、嬉しい。でも、夜は畑を見張らせてくれる? 気を抜き過ぎて、後悔したくないの。」


「そうか、ありがとう。茶樹あいつらも喜ぶよきっと。デイジーさんが守ってくれたの知ってるからさ。」


「リクさん貴女やっぱり……。まあ、いいわ。恩人の秘密くらい守らなくちゃね。」


 ちょっと複雑な面持ちで笑うデイジーさん。少し顔色が良くなっているのを見てほっとする。


 帰ったらまた米を炊こう。沢山食べてお茶を飲んで元気いっぱいにしてからライルに声を送ろう。

 あの声を聞いたせいかあいつ一人で泣いている気がして仕方がない。


 助けてくれたお礼は顔を見て言いたい。おあずけにしてた試飲をそろそろ実行しようと話すのはどうだろう────。

 なんて考えながら、黒い玉が何処にもなくなって元の明るさを取り戻した森の中を丘の家目指してゆっくり戻った。



 *…:.*…:.*…:.*…:.*…:.*





 数年前、冒険者ギルドに村を盗賊に占拠されたので奪還してほしいと依頼があった。


 『村の女は慰みものにされ男や年寄り、子どもは自分以外皆殺しにされた。できるなら盗賊は根絶やしにしてほしい。』と、死にかけの村長からの依頼だった。


 私はその依頼を受けた。

 村に向かうと女たちは嬲り殺しにされていて生き残ったものはいなかった。

 その凄惨さを目にし、一人でも生かしておいてはまた何処かで村を襲うだろうと確信した私は、その場にいた盗賊をすべて斬り殺した。30人も斬ればさすがに血みどろになる。

 依頼達成の報告をしに行ってから、ついたのが『赤獅子』という可笑しな二つ名だった。しばらく盗賊の討伐依頼が続いたのはそのせいだったのかもしれない。


 悪であれば殺すことも仕方がないのだと割りきったつもりでも、心のどこかによどみがたまっていくのを感じた。


 依頼を受ける時ギルドの受付でよく顔を見るようになったのがジェフリーだった。

 ジェフリーは長くソロで活動している冒険者だった。鉛色の髪とぎらつく眼が特徴で、盗賊の死体を見ると恍惚の笑みを浮かべる変わった男だ。


 普段誰とも組まない奴だが特異な適正職だということで声が掛かって、私も参加したドラゴン討伐のメンバーにも入っていた。


「好きに使うがいい。使い潰すための武器だ強度はあまりない。所詮は量産品だ。」


 武器を自在に生み出すことの出来る力を持っていたジェフリーは沢山の武器をメンバーの前に出しドラゴンの体力を削るために使うように言った。


「ジェフリー、お前の得意な武器はどれなのだ?」


「オレに得意な武器はない。『武器商人』は生み出すことと、ある程度扱うことはできても極めることが出来ないのだよ。」


 そういうがジェフリーの投擲技術は素晴らしかった。ナイフや槍など狙ったところに必ず当たる。手練れの冒険者だった。

 ただ、死体を前にすると急に異常性が増す。ぎらつく眼のままでうっとりと笑うので周りのメンバーも引いていた。


「ジェフリーよぉ、お前死体好きなのかぁ?」


 無遠慮に聞いたのはヴァンディだった。あまりに真っ直ぐ聞かれたことに彼は驚いたようだったが、素直に答えていた。


「オレが幼い頃、やはり盗賊たちに村を襲われてな。母親はオレを庇って斬られて死んだ。オレを腕に抱いたまま冷たくなって、硬くなって。母の亡骸にオレはこの上ない愛と美しさを感じた。無惨な傷を背中に刻まれても俺に微笑みかけた母を、冷たくなった死体を見ると思い出すのだよ。」


 うっとりと話す様子を見てヴァンディと思わず顔を見合せたものだ。


 あの日闘いの最中、先にジェフリーのナイフがドラゴンの弱点である核に当たり、私はその上から剣で押し込むことでとどめを刺すことができた。

 

 ジェフリーを唆した伯爵の手の者が言ったのはその時のことに違いなかった。

 ドラゴンを倒した直後ジェフリーは姿をくらましていたために、私の功績として処理されてしまった。

 あの日投擲したものがナイフでなく魔法で強化された大剣であったなら……。きっと本人も幾度となく悔やんでいたことだったのだろう。

しかし、何度も自分で死のうとしているとリクに言われていたジェフリーだ。私の予想とはもっと違う深い闇があったのかもしれない。


 ジェフリーは穏やかに、ただ立ち尽くしていた。私が大砲を凍結させると口元に薄く笑みが浮かんだのが見えた。

 死を、どうしようもなく望んでいるのだとわかった。

 リクの瞼を抑えながら爆裂魔法を付与した短剣を彼の心臓に突き立てた。


 苦しませたくなかった。そして私の手によって死んだジェフリーの亡骸を見ることも、誰かに見せることも嫌だった。


 共に闘ったことのある人間を手にかけたのは、はじめてだった。


 私は人の命を奪うことに慣れてしまっているのではないだろうか。

 あまりに容易く人は死ぬ。魔法でも剣でも魔物相手にしている時とは比べ物にならないほどあっさりと。

 自分が酷く血生臭い気がして、リクのそばから逃げるように転移して屋敷に戻った。


 浴室で身体を洗って戻っても心は晴れない。暗く溜まった何かが胸の中に沈んでいる。

 こんな私では、リクの真っ直ぐな瞳の前にはとても居られない。


 自室の出窓に腰をおろしぼんやりと目を開けているだけで、見える景色は頭に入って来なかった。


 ゴン、ゴン


 音によって覚醒した思考で、窓の外を見るとビーが窓に体当たりをしている。

 招き入れると、リクの元気の良い声が響いた。


『ライル! 急だけど明日、延ばしてた試飲やろう!

 俺の経験だとひとりで考えると悪いことばっかり浮かぶんだよ。悩みも愚痴も聞いてやる。泣いてもいいけど俺が行くまで我慢な!』


 私が思い悩んでいるのを、まるで見ていたように話すリク。


 しかし、人を殺したこの手でリクに触れるのは……。

 考えていると、リクの声が続いた。


『あとな……怖がらせないようにしてくれてたんだろうけど俺、よく知らない奴が死ぬところを見るより、目を開けた時にライルが居ないことの方が怖かった。

 だから……ちゃんと明日迎えにきてくれよ?ご主人様。』



「───ああ……っ、……わかった。」



 胸の中の暗い澱みをも赦してくれるような明るい声で、私に否と言わせないように畳み掛けられてしまった。


 明日、君を抱きしめてしまっても怒らないでくれるだろうか?



 





















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