第24話 みないでくれ
猟奇的な笑みを浮かべている鉛色の髪の男は俺たちの反応を楽しむように言う。
「……デイジーさん、の?」
「なんだ、嘘だと言いたげな顔だな? だがそこの女と俺の血が繋がっているのは事実だ。」
デイジーさんが震えているのに気づいて体を庇う。黒装束が腹から流した血で濡れ、冷えていた。ただ、デイジーさんが震えているのはそれだけでは無いと絞り出した叫びによってわかった。
「ふ……ざけないで! 父さんを刺し殺しておいて、今更兄を名乗るな!!」
「あぁ……、アレは奴が悪い。毎日オレに偉そうに説教していたからな。ただ、その身をもってオレに人の肉を切り裂く快感を教えてくれたことには感謝している。
お前も、オレが切り裂いた顔の傷が残っているほうが美しかったのに。消えてしまうとは残念だ。」
なにを、言っているんだこいつは。
父親を殺して、妹にもあんな重症を……?
「さっきは血抜きの途中で治されてしまったからな。治すことができないように今度は確実にとどめを刺してやる。デイジー、死体になったお前はきっとこの上なく美しいだろう。
硬く冷たくなったあとで、綺麗に保存して
背筋がざわついて寒気が収まらない。この男、命を断ち切ることで快楽を得ている。
妹の腹に短剣を突き立てたのもまるで解体作業のように言う。死体が完成された美術品であるかのような口振り。嫌悪感とともに呟きが口をついて出る。
「……狂ってる。」
「その狂ったやつに喜んで金を払う貴族が沢山いるのさ。あんな草を荒らすだけで金が入るのだからな。しかもあのライルの息のかかった薬草開発の妨害……ククッオレには得しかない依頼だ。」
何故かライルに強い敵対心を持っている。男の狂える瞳は見開かれ血走っていた。
「……ぐっ!」
気づくと男の周りに森で追い抜いてきたはずの光を吸い込む黒い玉が、幾つも浮かんで見える。───アレに近づいてはいけない。
「死に損ないのジジイは邪魔だな。」
手から生み出すように次々投げつけられるナイフをじいちゃんが残さず弾く。俺はデイジーさんを後ろに庇って腰のナイフを抜き、構えた。
これ以上デイジーさんに傷を負わせられない。
刃物を人に向けるのは初めてだけど、足の悪いこいつから何とかデイジーさんを守らないと。
人を傷つける覚悟をした瞬間、すっかり冷えた背中にふわりと温かい空気が動くのを感じた。
「待たせた。怪我はないか?」
俺の横に降り立ち柔らかく揺れる黒髪。金色の瞳は真っ先に俺たちを気遣ってくれる。
「ライル!」
「リク、ヨウジ。よく持ちこたえてくれた。あとは任せてくれ。後ろの護衛は魔力が枯渇しているようだからこれを飲ませるんだ。」
「わがった。気ぃつけれよ。」
じいちゃんがライルに任せて下がり受け取った小瓶の薬らしいものをデイジーさんに飲ませる。紅茶の香り、魔力回復薬だ。
血は増えなくても命の危険は少なくなる。
「ジェフリー……!!」
「良い
「お前……狙いは私か。」
「そうだ! オレはお前を引き摺り降ろすためにこの依頼を受けたのだ! 皇帝陛下に許可を得た薬草開発だそうだなぁ!? そんなものはオレの生み出した武器でへし折ってやった!!
ふん、と鼻で嘲るジェフリーはデイジーさんと俺たちの方を見ると続けた。
「ククッ正直驚いたよ。餓鬼とジジイと死にかけの手駒のためにお前がのこのこ出てきてくれるとはな。伯爵家の
「──やはり、ビィスロー伯爵なのだな。」
「フン……金になる復讐ほど甘い誘いはないものだ。最初に奴の手の者がオレに囁いたのさ。『武器商人の適正職を持つ貴方があの日生み出す武器が大剣であったなら、ドラゴンにとどめを刺して今頃貴族になっていたのは貴方でしたね』と……。
不思議なものだ。一度その考えに至ったら、それ以外のことは浮かんで来ないのだからな。お前のことが妬ましくて憎らしくて、惨めな我が身の悪運を呪った。そこへ再び伯爵から割の良い仕事の依頼さ。飛び付くに決まっているだろう?」
「ジェフリー、ならば踊らされていることに気づいているのだろう?!」
「気づいたところでオレにその甘美な誘惑に抗うことはできない。いや、しなかったと言う方が正しい。
何故ならオレの精神は最初からこうだからだ!
この世の健全な生き方総てがオレのやりたい事と反するものだと気づいてから、何をしていても辛いのさ。最早、死の馨りでしか自分を癒せないほどにな。
さあ、オレを殺すか殺されるかのどちらかだぞ! ライルぅぅ!!」
ジェフリーの腕から無数の大剣やナイフ、槍や斧などあらゆる武器が生み出される。
しかしどれを取ってもライルの手で阻まれ、決定的な一撃とはならない。引き摺っている左足の腿からあの黒い玉が離れずに在る。
死に魅入られているためなのか、次々投げつける武器の速度は増していても、ぎらつく目に生気を感じない。
「弾くだけでは俺は倒れないぞ!! それとも餓鬼やジジイを守る大義名分がなくては人を斬れないとでも言うのか?!
黒髪が真っ赤に染まるほど人を殺めた『赤獅子ライル』の二つ名を持つお前が!!」
「いい加減にせぇよ!!」
じいちゃんが恫喝した。生み出され弾かれそこいら中に転がって地面に突き立っている武器の中から、槍を手にして立ち上がっている。
「おめぇさっきから聞いでれば駄々捏ねる子どもが?! 昔一緒に戦った時ああすれば自分の手柄だったとか誰かの入れ知恵あったにしても、今のライルが辺境伯になってんのは頑張った結果だろ?! おめぇが口挟むどごでねぇ!!
ほんで大暴れして妹ば、こっだに弱らして! 死にてえなら一人で死ね! 周りのもんまで捲き込むでねぇ!!」
それを聞いたジェフリーが薄く嗤い、次に表情に僅かに怯えが混ざる。その身体の周りに浮かぶ黒い玉が一つ、また一つと吸収されていくのが見える。腿に在った黒い玉も身体の中に消えていった。
もしかしてこの男───!?
「あんた、自分の身体に何をしたんだ!!」
「リク!?」
俺が叫んだ意味がわからずライルが振り返るとジェフリーが膝から崩れ落ちる。膝立ちで武器を支えにしながら肩で息をしている。
「餓鬼……。貴様、何が見えている?」
「あんた、何度も死のうとしてるんじゃないか? だって、その足も身体の中もぼろぼろで動いてるのが不思議なくらいだ。あんたからは生きる力を感じない!」
「ハ……ハ、餓鬼やジジイに言われるほど弱ったか……。だが、魔力のほとんどない貴様らを────始末するぐらいの力は残っているぞ!!」
ジェフリーは一抱えの大砲をその手に生み出し点火した。
「吹き飛べ」
咄嗟に目を閉じると、爆風とともに砲弾が打ち出された─────かに思えた。
爆発音も、衝撃波も感じない。俺の体は消し飛んだのか。
瞼を開こうとするのを、ひやりとした大きな手の感触に阻まれる。耳元にライルの声が響く。
「リク、大丈夫だ。ヨウジもデイジーも無事だ。大砲も、魔法で凍結させたから……だから、今だけそのまま瞼を閉じていてくれないか。」
次第に声は小さく、囁く程の弱さとなり、震えた声は懇願する。
「命を尊ぶ君には見せたくない。だから、お願いだ。」
『どうか、見ないでくれ。』
ぶつり、と刃物を突き立てた音がする。
再び爆風が起こるとようやく瞼の上からライルの手が離れた。
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