第23話 つなぐ・たちきる

 デイジーさんは何かから茶樹を守って森に行き、死にかけている。


 俺は、なにを考えていた。


 打ち消したといっても何度も涌いてくる疑念は、茶樹が荒らされているのは彼女のしたことで、よく知りもしない者を信用するからこうなるのだと囁いていなかったか。


 駆けだそうとする俺の手をじいちゃんが掴んで引き留める。



「陸、おらも行ぐ。だすけ、ちっと落ち着け。」


 目を閉じ息を吐き切って、深く吸い込む。


 死にそうなら確実に助けられる方法を携えていかなきゃ意味がない。

 すぐライルに知らせて、森に来てくれるように応援も頼もう。

 もし、うんと酷い怪我なら手揉み茶の一番煎じだけで治せるかどうかわからない。骨が折れているかもしれない。布や添え木も持って行こう。

 目を開けるとじいちゃんが頷いた。


「よし、大丈夫だな。ライルにはおらが知らせる。陸は必要な物ば支度せぇ。焦って茶ぁ、溢すなよ。」


「わかった!」


 ライルの到着は待てないからじいちゃんと先に行くことになる。魔物のいる森だ。武器も持たなくちゃならない。

 ロザリアに攻撃力が足りないと言われていたのを思い出す。

 ナイフ2本。今の俺がギリギリ扱えそうな武器だ。革の鞘に入れたものを腰の左右にさげる。防具は革の盾を胸当て代わりに縛り付けた。


 肝心の回復薬として、手揉み茶の一番煎じと二番煎じの茶をそれぞれ竹水筒に用意した。湧水も水筒に詰めて行く。丈夫な革袋にすべて入れて背負う。


「連絡したぞ。準備はいいが?」


 じいちゃんも革鎧や短剣などの装備を整えていた。自分で見つけて手入れしていた木の棒も持っていくようだ。


「よし、行こう。」


 デイジーさんを、助けるために。



 ※。.:*:・°※。.:*:・※。.:*:・※。.:*:



 朝日がドリムの街を照らしはじめた頃、早朝の鍛錬を終え汗を流していると、当然のようにロザリアが現れて汗を拭くための布を差し出してくる。

 壁からぬるりと出現するロザリアに驚かなくなったのはここ数年だ。姿を隠すことにかけては何年かかってもロザリアの域に達することはできないと言い切れる。


「ぼっちゃま。謁見の日から一部の伯爵家で不穏な動きがございます。」


「まぁ、予測はしていた。陛下からあのように協力的なお言葉を賜ると面白く無いところもあるはずだからな。

 特に回復薬販売を担う薬屋を財源としていた貴族などだろう? 新薬開発より、『多くの回復薬を国民に届けることが先決』などと謳っていたが実際は既存の回復薬をいかに高く流通させるかに重きを置いているようだったしな。」


「冒険者上がり風情と内心小馬鹿にして、回復薬について競争相手にも数えていなかった辺境伯家が先んじて新薬の研究をしていて目を瞪るほどの成果があったと聞けばその出所を挫いてやりたい……薬頼みでの贅沢暮しをしていたあちらの伯爵であれば当然行き着く発想かと。護衛はつけておりますが諜報のプロを雇えば丘の上のお二人を特定するのは時間の問題でございます。」


「たしか、ついている護衛は一人だったな。」


「ええ、若く優秀な護衛です。気配を消すのはまだ苦手ですので早々にヨウジ様には気づかれてしまったと定期連絡で知らせてまいりました。

 昨日の報告では不思議な薬で顔の古傷が完治したそうです。また、リクさんに是非にと誘われて家に泊まることになってしまったとのことでした。」


 ロザリアが流れるように話した内容を耳にして、視界いっぱいに陽炎が立つ。


「リクの家に………護衛が泊まる?」


 家族以外の若い男が一つ屋根の下に……?

 リクが是非にと望んで?


 顔の見えない男の腕を恥じらいながら掴むリクが、男の頷きに花咲くような笑顔を浮かべる様を幻視した。

 喉の奥から染み出るような黒い感情を奥歯でギリッと噛み、堪える。


「ぼっちゃま。たとえようのないお顔になっておいでですが、護衛は女でございますよ。年の頃は25の。」


「そ、そうか……いや、しかし……。」


 幻の男が消えた代わりに今度は妖艶な女がリクの後ろから腕を回して抱きつき、白い腕を指先でなぞったり何事か囁いたのに対してリクが頬を染めている様を思い浮かべる。


「や……やはり駄目なのでは……ないか?」


 思わず口をついて出てくる言葉にロザリアがため息をつく。


「厄介な病でございますね、ぼっちゃま。しかもそれは効果の高い回復薬や名医の腕をもってしても治ることの無いものです。」


 話していると上から白いものが舞い降りる。


「ビーか。ずいぶん朝早くから何用だ?」


 リクの声を期待していたが、話し始めたのはわずかに焦りの滲んだヨウジの声だった。


『夜明け前に薬草畑が襲撃されだんだ。護衛のデイジーさんの姿がねぇ。薬草たちが森に向かっていって死にかけてるって言うすけリクと一緒に助けに行ぐ。襲撃者がいるかもしんねぇからライルも森に来てくれ。先に行ってる。』


「リクと一緒に行くだと?! 無茶が過ぎるぞヨウジ!!」


「デイジー! なんてことっ……ぼっちゃま、お早く!」


 ロザリアが私に剣を渡してくる。受け取りすぐに『転移』で丘の上の家から一番近い森の入り口に移動する。

 ここはヨウジと薬草採取に向かったことのある森だ。採取地点はもっと奥だが。


「どこだヨウジ、リク!」


 目を閉じ意識を集中させて、かすかな魔力を探る。鍛錬で僅かに増加したヨウジの魔力であれば見つかるはずだ。


 やや強い魔力の横にヨウジらしき魔力と微弱な魔力反応が2つ────死にかけている護衛と、リクか!


 転移で急いで向かう。



 *….:*….:※。.:*:※。.:*:・*…:.*…:.



 ラグビーボールくらいあるでっかいイナゴがじいちゃんに叩き落とされ転がっていくのを横目に走る。これも魔物なのか。


『まっすぐいくといい』『ぎりぎり』

『まだいきてる』


 出発前に茶樹たちに聞いたらそう答えてくれたから、とにかくまっすぐ走ってるけど大丈夫なのか不安になる。


「じいちゃん、茶樹の言う通り来たけどこっちで合ってるのかな。」


「昨日の雨で足跡残ってるすけ、それ見ながら進んでるぁんだども……これは、かなり足引きずって動いでるよぅだな。」


 冷静に足跡を分析してイナゴ弾きながら早足で進むじいちゃん。速いからすぐ追い抜かれてしまった。俺は走ってるのに、追いつくのがやっとだ。


「デイジーさん足怪我してるのか。」


 魔物に寄って来られたら辛いじゃないか、イナゴ何でも食いそうだし。


「足引きずってんのはデイジーさんじゃねぇ。足のサイズがでっけぇからな。多分襲撃者の方。まだ新しいから通ったばっかしだ。」


「じゃあ近くに?!」


「シッ!」


 じいちゃんが立ち止まり後ろの俺にも止まるよう手で制して辺りを見渡す。じいちゃんの5m程先にあるものが、俺の視線を釘付けにした。


「じいちゃん、あれ……見えるか?」


 握りこぶし大の黒いものが浮いている。


「何か見えらんが? おらには見えねぇ。」


 気配は感じるらしく警戒するじいちゃんに見えているものを説明する。


「手揉み茶作るときにも、小さな光る粒が見えたんだ。今は真逆の黒い玉が見える。俺のこぶしくらいのサイズで、浮かんでる。」


 嫌な感じのする黒い玉は周囲の光を吸い込んでいるようだ。此方に向かっては来ないけどゆっくりと俺たちの進む道の方に行こうとしている。


 背筋がざわついた。手揉み茶の光の粒が命を繋ぐものなら、真逆のアレは命を断ち切るものではないか。


「じいちゃん、あっちだ!」


 黒い玉の進行方向に走ると、木が薙ぎ倒されてできた明るい場所があり、日の射したところに倒れた黒い人影がある。血に染まった銀髪が見えて叫ぶ。


「デイジーさん!!」


 駆け寄ると薄く瞼が開く。

 治ったはずの古傷と同じように顔が切られている。早く治療をと身体を仰向けにしようとすると手にヌルリと大量の血がついた。体からも出血している。


「──、な、ぜっ」


 ゴボッと口から血の泡が流れる。見ると腹に短剣が突き立てられていた。回復しても異物があっては治り切らない。


「デイジーさんっ、ごめん……痛いだろうけど引き抜くよ。すぐ治す、絶対死なせないから!」


 腹から短剣を一気に引き抜いて水筒の湧水で傷口を洗い、二番煎じを傷口にかけて一番煎じをデイジーさんに飲ませる。

 見る見る傷口は塞がるけどデイジーさんの青白い顔色は戻らない。血を、流しすぎているんだ。

 話せるようになったデイジーさんが力の入らない声で叫ぶ。


「はッ……ぐ、……、どうして追ってきたの?すぐ引き返して!! ──ここには、くっ!」


 庇われて地面を転がる。次の瞬間、デイジーさんの腕を掠めてナイフが俺たちがいた場所の地面に鈍い音を鳴らして突き刺さった。


「デイジーさん、血が!」


 慌てて二番煎じを腕にかける。ただでさえ足りない血をこれ以上失うのは駄目だ。


「餓鬼が、余計な真似をしてくれたものだな。オレの計画の邪魔をするなら消すぞ?」


 歪んだ笑みを浮かべて、鉛色の髪の男がゆっくりと近づいてくる。その左足を重い荷物のようにひきずっていた。足跡の主はこいつか。


「誰だおめぇ!!」


 じいちゃんが俺達の前に立ち短剣を抜き構える。


「粋がるなジジイ。……オレは貴様らの雇い主の昔馴染みさ。そして、───そこに転がっている女の兄だ。」



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