第22話 ごめんなさい

「ほんでいきなり恐縮しだしたすけ慌てで家の中に引っ張って来たと。」


「そう。」


 呆れ顔のじいちゃんに事情を話しているわきで、青くなってそわそわ落ち着かない様子の護衛さん。すっかり顔の傷が消えて美しさに磨きがかかっている。こんな美女外に置いていけないってば。


「……あの、さっきの薬は伝説の神薬ではないの?」


「いいや、ちょっと回復効果のあるお茶だよ。他に痛いところとか変化したところある? あ、俺は陸ね。こっちはじいちゃんの葉枝ようじ、おねえさんのお名前は?」


「アタシは……デイジー。顔が治っただけで他にはなにも変わったところはないと思うわ。身体の調子はむしろいい方よ。

 お茶であってるの? だってローストティーとは別次元の回復力よ。10年前とはいえ相当な深手だったわ。

 顔に傷ができたからってアタシこの10年、日陰の仕事しか出来なかったんだもの。それが……。」


「デイジーさん。おら難しいごどはわがんねども。良いんでねぇが? 治ったんだ。これから好きな仕事ば探すのも遅ぐねぇさ。」


「そうそう。それでいいと思うよ。」


 ライルへの報告をして、デイジーさんは護衛以外の仕事とかも選択できるようにしてもらおう。やりたくないことを無理やりやるしかない状況だったんだろうしさ。


「貴女方はお人好しが過ぎるわよ。もうこの手には戦いの術が染み付いているの。普通に暮らすなんて出来っこないわ。」


 目を伏せて首を横に振るデイジーさんの口元に悲しそうな微笑みが浮かぶ。


「じゃあ、ほらロザリアに頼んで闘えるメイドにしてもらうとか。護衛の技を持ったナイスバディのメイドなんて最高じゃないか。」


「ロザリアの姐さんに……頼むの?」


 急に任侠の香りが漂うフレーズ

 この人ロザリアの妹分的な立ち位置かな。


「アタシに……つとまるかな辺境伯家のメイドなんて。」


 少し眼に期待の色が浮かぶ。あるんじゃないか、やりたいこと。そんなきらきらした喜びをもっと探していいと思う。



「それなら大丈夫だよ。俺たまに諸事情で辺境伯家のメイド見習いやってるけどロザリアにビシバシ鍛えられればバッチリだって。かなり巻き込んじゃってるから俺からも頼んでみるよ。」


「護衛対象にこんなにしてもらってアタシ、護衛失格だわ。」


「気にしないで、心配なら俺の部屋泊まって間近で護ってよ。デイジーさんにはこれからいっぱい良いことあるんだから落ち込んでちゃ時間がもったいないよ? それに綺麗なおねえさんとお話しできて俺嬉しいんだから。なぁ、じいちゃん。」


「目の保養だな。こんな別嬪さんに泊まってもらえだら幸せだ。いい冥土の土産になる。」


「じいちゃん、観音様じゃねぇんだから拝まないで。」


 これ以上銀髪美女を家の外に居させたくないもんだから説得して、俺の部屋にお泊まり決定。

 デイジーさん俺の予備ネグリジェ着てるけど膝丈だな。一部はち切れそう。シルエットが、けしからん感じ。俺は同じネグリジェ着てくるぶし丈、すとーんとしてるんだけど。

 うん、比べちゃいけない。じいちゃんにもこの姿は見せないようにしようね?


「俺、母ちゃん以外の人と一緒に寝るのはじめてだ。なんか懐かしい。」


 ベッドで布団かぶって横になるとちょっと楽しくなってきてそんな話をしたら、ため息つきながら一緒に横になるデイジーさん。


「リクさん、普通こんなすぐに初対面の人間受け入れないものよ? アタシが貴女に良からぬことを考えてたらどうするのよ。」


「まあね。でも、考えてないでしょう?」


 にひひと笑うと月明かりに銀髪がさらりと光る。穏やかな瞳は母ちゃんみたいだ。


「ふふ、貴女って変わった娘ね。畑に立っている時は神秘的な印象だったけど、今はただの可愛らしい女の子だわ。嫌になるくらい素直で、甘やかしたくなるの。」


 その顔はなんだか嬉しそうだ。そっと優しく髪を撫でられる。


「神秘的?」


「ええ、だってなんだか植物と話しているみたいだったから。……なにその顔、まさか本当に話せるとか──?」


「明日、朝一でライルに声送って相談しなくちゃいけないからもう寝ようか。おやすみ、デイジーさん。」


「ぉ、おやすみなさい。」


 さすが護衛やるだけあって鋭い。強引に話を切った不自然さにも気づいて居るだろうに、デイジーさんは俺の髪を撫でたり布団をかけ直してくれたりしている。くすぐったくて瞼を閉じた。

 子どもの時は気づかなかったけど人の温もりがあるところで眠るとこんなに気持ちいいんだなぁ。なんて、俺は暢気なことを考えながら深い眠りの底に沈んだ。



 *….:*….:※。.:*:※。.:*:・*…:.*…:.




『ごめんなさい……ごめんなさい。』


 何でか、デイジーさんがすごく悲しそうに泣く夢で目が覚めた。


 あったはずの温もりが消えていて、きれいに畳まれた予備のネグリジェが置いてあった。



「じいちゃん!! デイジーさんは!?」


「いや、おらが起ぎた時にはもう陸の部屋の扉は開いでだすけ居ねがったど思う。」


 じいちゃんが、俺の目を見ない。


 とてつもなく嫌な予感がしてネグリジェのまま畑に走り出した。


『いたい』『たすけて』『くるしいよ』



「……なんだ、よ、これ──。」


 明らかにむしり取られて半分以下にへし折られた茶樹。根ごと引き抜かれ倒されたもの。挿し木で増やした方に無事な株は一つもない。

 唯一被害がないのは、別の畝に植えられた元・茶の実のやつだけだ。


「何で、……なんでこんなっ!!」


『たすけて』『いたい』


「っ……わかった! まってろお前たちっ!」


 家に走って戻るとじいちゃんが目を閉じて、座っている。何かに耐えるように拳を握りしめて。


「じいちゃん、茶樹たちを助ける。手をかして。」


「おらのせいだ。おらが最初にあのひとに声掛けで中入れって呼んだがらだ。」


「そっだのは今、関係ねぇろ!! デイジーさんがやったって決まったわげでもねぇっ!」


 涌き出る疑念を切り捨てて、泣きながら謝るあの声をただの悪い夢だと思い込みたい。

 怒鳴った俺をようやく見たじいちゃんは後悔の滲んだ目をしている。


「………それより今すぐ、砕いた魔石と手揉み茶の一番煎じ用意してくれ。頼む。」



 じいちゃんが用意してくれてる間に作業のできる服に着替えて湧水を汲む。


「一番煎じはよっく冷ましといだぞ。こっちは魔石の粉だ。」


 布袋と竹水筒を渡してくれた目はもういつものじいちゃんにもどっていた。


「ありがとう。じいちゃん。」


 引き抜かれた株を元に戻し魔石の粉を溶いた湧水をやる。同じ水に布を浸し、折れた茶樹の枝に巻く。よしずにも使った中が空洞の植物をスポイト代わりにして一番煎じを数滴、巻いた布の上にたらす。


「どうだ、痛むか? 根っこ張り直せるかな。」


『いたくない』『くるしくない』


 布を巻いたところをほどいてみると、折れた枝が再生していた。


「よかったぁ……そうだ、これにも。」


 魔石粉入りの湧水を桶に入れて一番煎じを湯呑み一杯分入れて撒く。


「さぁ、元気になれ。もう心配ないからな。」


『なおった』『またふやせる』『いいおくすりありがとう』


 枝葉のざわめきに活力が見られる。


「たまげだ……おらに今言ったが?ありがとうって。」


 耳に手をやりながらじいちゃんが放心している。


『おくすりつくったきみだけ』『おとこではとくべつ』


「茶づくり一筋、50年………こんなに嬉しいごどは無ぇ。……っありがでぇ。守れなくて、すまねがった。」


 じいちゃんが手拭いで涙を拭き茶樹の前に膝をついた。

 ざわざわと返事がかえってくる。


『まもってくれたの』『ぎんいろのひと』

『もりにいった』『しにそう』


 ザァッと血の気が引いた。



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