第21話 ききすぎ

 試作の3日後、こっちの世界に来てから初めて雨が降った。


 叩きつけるような豪雨では茶樹の柔らかい葉や新芽が傷つくかもしれないが、運良くそこまで雨は強くない。


 優しく、しとしと降って土に程よい湿り気を与えている。


 これは恵みの雨だ。一生懸命に株と葉を増やそうとしている茶樹たちにもちょうど良いくらいで安心した。


 ここ2日ほどは畑まわりのことをすすめていたが、今日は雨なので家の中のことをのんびりやる日。


 まずは小物づくりから。じいちゃんが作ったのは使い勝手の良さそうな大小の木箱。それらはみるみるうちに組み合わされて半日経つ頃には両腕に抱えるほどの小ぢんまりした茶箪笥ちゃだんすになった。


「すげぇ、じいちゃん。竹の茶筒がちょうど入る。これ檜だろ?」


「いいろ?こごにそのうぢ湯呑みやら急須も揃えて一式入れるぁんさ。」


 目指すものがめちゃくちゃレベル高い。

 こんな本格的なのを作っているということは、じいちゃんはやっぱり回復薬としてより茶としていくらか側に置いておきたいみたいだ。


 俺が作ったのは竹の背負い籠だ。炭にする薪を集めるのにはこれが一番だと思う。2つ作ったから交換しながら使えば効率もいいはず。毎回ライルにたのんでばかりいられないしね。

 俺の作った背負い籠を眺めたり背負ったりしてじいちゃんが頷く。


「こりゃぁいい。薪集めなら、おらが行がねでも持ってきてもらうよぅに頼んでみる。」


 雨の中、じいちゃんが背負い籠ひとつ持って家の裏手の小屋の方に出て行き、戻ってきた。


「頼んできた。雨だすけ晴れだ日に籠いっぱい拾ってとどけてくれるよぅだ。」


「ん?誰に頼んだん?」


「護衛の人だ。」


「え」


 じいちゃんの話ではこの丘の上の家に来た日から遠巻きに見守ってくれている人がいるのは知っていたらしい。

 ライルから俺らの命が狙われる心配があると聞かされて納得したんだとか。

 俺は全然気づかなかった。


「その護衛の人はこの雨の中、外にいらん?」


「中入ればって何回か今までも声掛けたんだども『仕事なんで。』って絶対入らねのさ。せめて小屋の下使ってもらえねぇど気掛かりだって言うだば『では使用させてもらうかわりに何か用事を言いつけて下さい。』って言わんさ。何かねぇがなと思ってだら陸が良い背負い籠作ってくれだすけ、薪集め頼んだんだ。今は小屋の下に居る。『これ以上はどうぞお構い無く』だどさ。」


 えぇ────?


 そんなもんなのかな護衛の仕事って。余計気になる。

 それではせめて何か食べるものでも差し入れたい。



 このハレノア皇国の良いところは交易が盛んで食品の種類が豊富なことだと思う。

 この国の主食はパンだけどやっぱり3日もすると米が食べたくて、特徴の似たものでもないかとロザリアに聞いたら意外なところで普通に売られていた。

 玄米が脚気かっけの薬として薬屋で取り扱われていた。スープに入れて良く煮て食すようにというもの。言われてみれば確かに脚気には効くだろう。


 米があるということにじいちゃんも俺も大喜びで、ライルに頼んで生活必需品としてまとめ買いしてもらった。

 毎日ではないが、やはり米を食べると力が出る気がする。

 臼でつけば白米は出来るが、玄米のままのほうが薬扱いされるほど栄養豊富なので、あえて糠を剥がさない。

 俺たちも昼に食べたくて少し多めに浸水させていた。そんな玄米を使っておむすびを作ろうと思う。

 雨の中で疲れも溜まっているだろう護衛の人用にも作る。


 おむすびにはやはり漬物が欲しい。

 キュウリより少し丸い瓜系の野菜が売られていたので塩漬けし常備してある。もう頭の中では完全にキュウリとして食べている感じだ。


 玄米が炊けたら米を良くほぐす。市場で海苔は見つけられなかったので塩漬けの茶葉を使う。

 手揉み茶は五番煎じまですると完全に茶葉が開き葉の状態に戻る。出涸らしというには完全体なそれをお浸しや天ぷらにして食べる所もある。

 俺も茶樹に欠片も無駄にしないと誓った茶葉だから甕に入れて塩漬けにしていた。

 かなりしょっぱいので軽く塩抜きして、しそ巻きおむすびのイメージでおむすびの下半分を覆う。これはもはや完全食と言えるんじゃないだろうか。


 味噌汁ないから試作で作った手揉み茶をちょっとだけ淹れよう。

 

「おお、美味そうにでぎたな。」


 じいちゃんがやってきたから誘って昼食にする。

 護衛さんに出す前にまず食べてみよう。


 しんなりした柔らかい茶葉がぷつりと歯で切れる音と程よい塩加減に玄米の香り。噛みしめると米の甘味が広がり鼻から茶葉の風味が抜ける。そして緑茶を一口。


「は~っ、うまっ。」


「ああ……間違いねぇ味だ。塩漬け茶葉良いな。キュウリもうんめぇ。」


 自分の分を食べ終えておむすびを2つと漬物3切れを竹の皮でくるむ。竹の水筒に暖かい茶を入れて竹の湯呑みも持つ。



「じいちゃん俺、外の護衛さんに差し入れしてくる。小屋の方だよね?」


「ああ、軒づたいに行げば濡れねすけ、茶こぼさねようにしてやれ。」



 家の後ろの小屋の下。よしずが立て掛けられたところの側に全身黒っぽい服装のその人はいた。


 腰までありそうな銀髪を束ねた、秋空のように深く蒼い瞳の女性だ。口元は布で隠れて見えないが切れ長の眼は俺を見てあらんかぎり見開かれている。右頰骨からこめかみにかけて赤黒く深い切り傷がある。


「あ、あの護衛の人ですよね?いつもありがとうございます。雨の中寒いでしょう?これ良かったら食べて下さい。」


「いいえ。本当にお気遣いなく。」


 おお、ハスキーボイス。

 良く見たらこの人の服装、着物だ。手甲と脚絆まで黒。完璧に忍の黒装束。そして装束で隠しきれない身体のラインがっ!


 いや、駄目でしょう。こんなとこに銀髪のセクシー美女置いとけねぇって。じいちゃんが中入れって何回か誘う理由がわかる。


「この人のほうが狙われそうだ。」


「は?」


「あ、ごめんなさい。仕事中だからっていうのもあるんだろうけど俺らのこと護ってくれてるって聞いたらやっぱり感謝したいし、雨の中濡れるところにいて欲しくないんで。

 これは薪集めの依頼の前払い報酬だと思って下さい。」


「報酬……ですか。」


 竹の皮の包みを開いて見せる。着物がある生活圏の人なら見たことないかな?


「むすび」


 美女がポツリと言った。おおやっぱり知ってる。


「そう。お茶もあるからどうぞ。今ならまだ温かいし。護衛対象者からのお願いだからサボりにはならないよ。ね?ほらここ座って」


「はぁ……では、いただきます。」


 口元を覆っていた布を下げると頬骨の下にも傷が続いていて、小鼻は失く鼻下から左顎まである重症だ。

 こんなきれいな人の正面から顔を切ったやつがいたんだな。人か、魔物か。


 遠慮がちにおむすびを手に取ったくのいち風の銀髪美女。

 一口食べると止まらなかったのだろう。2つ持ってすごい勢いで食べすすめた。


「喉につかえるから慌てないで。さ、お茶飲んで。」


 竹の湯呑みを渡すとごくごくと飲み干したので、すぐにおかわりを注ぐ。不思議そうに麗人は頸を傾げる。


「二杯目はゆっくり飲むといいよ。落ち着いて味わって。」


「はぁ、美味しい。玄米むすびに漬物なんて懐かしいものこの国来てはじめて食べました。」


「喜んでもらえてよかった。俺、じいちゃんに聞くまで護られてるのに気づきもしないで、すみません。いつもありがとう。仲良くして下さいね。」



「あのご老人。只者じゃないわ。初日からアタシの存在に気づいて水汲んで持ってきたりするし! 貴女も貴女で護衛対象なんだから本当は大人しく護られてくれたらいいのにこんな差し入れ持って来ちゃうしっ。アタシのプライドはズタズタよ。この顔みたいにね……。───ッ!!」




 指で顔の傷に触れようとして呻いたおねえさんが顔を手で覆う。


「おねえさん?どうした?」


「は……はは、傷が。」


「……消えてる、ね。」


 うん。考えて見たら回復特化飯だもんな。

 手揉みの一番煎じ混ざりのお茶に茶葉の塩漬けと玄米。


「10年前の傷なのに……小鼻なんか切れて失くなってたのに、戻ってる。

 この美味しいお茶……神薬?!」


 あーあーあー

 やっべ、効きすぎた。

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