第20話 おあずけ
───速攻バレた。
息を飲んだ瞬間に次男が距離を詰めてきた。
あ? こいつ───!
ヒヤリとした空気と共に人影が間に割り込み次男の後ろに回る。
「……って、痛、いたいいたい!! ごめん、ごめんってば!!」
人影はロザリアだった。どさくさ紛れに俺に抱きつこうとしていた次男の右手首を捻りあげて背中にまわしている。
流石は有能メイド長! 助かった!
「リクさん。────申し訳ありませんでした。」
「ん? 何でロザリアが謝るんだよ。」
ロザリアの瞳が暗く絶対零度の空気を纏っている。
「ぼっちゃまの不用意な話を把握できていなかったのはわたくしの不手際です。」
「確かにややこしくしたのはライルだ。ロザリアは悪くない。試飲しばらくおあずけな!みっちり指導してやって。」
「もちろんですわ。明日の午前中にはお戻りですので良く、お話ししておきます。」
「ロザリア。べーさんが悪ぃのはわがるがな。その辺にしといでやれ。喚きが煩ぅで話が聞こえねぁんだ。」
ロザリアがヒーヒー言ってる次男の手をようやく離すと長男は納得して頷いている。
「少年にしては顔立ちが整い過ぎていると思ったのだ。やはり女だったか。」
「ヴーさんも兄ちゃんなら感心してねで双子の弟ば止めらんが普通だぞ? おめぇさんらの顔の良さで全て方か付くど思だら
「そうだ! 顔が良ければ皆に触っていいと思うなよ?! 気持ち悪ぃぞ実際!!」
「き、……気持ち悪い……って」
「そ、そう……なのか?」
はぁぁっ?!
さてはこいつら今まで触っていいもんだと思って見境なくとっかえひっかえ女の子弄んでいやがったな!!
「お前ら、座れ。」
「座っているが?」
「違う、椅子から降りろ。草の上に座れ。俺と同じように座ってみろ。」
ぎこちない様子だがじいちゃんとロザリア、ついでにジョシュアに睨まれて俺の前に正座した2人。向かい合わせに座る。
「やっていいことと悪いことがあるだろう。きちんと言葉で問い、了承を得てのことならいい。
自分以外のひとの意思を軽く見るな。
初対面の人間に対話もそこそこに距離詰めるとか、無言を肯定と見なすなんて不適当なことをやってたら嫌われるに決まってんだろうが。
男とか女とか関係ないぞ? それでは人間関係がつくれない。『信頼』が成り立たないからだ。
そんなんじゃ長く一緒にいられてるの兄弟だけじゃねえのか?」
顔を見合せる双子。
身に覚えがあるらしい。
「「………」」
「『信頼』されたいなら、商売でも恋愛でも自分の話より相手の話を先に聞いてやれよ。それから相手のことを良く考えて話をするんだ。
周りへの思いやりがなくちゃ、誰も優しさや真心なんて見せてくれないぞ?
双子で意思が通じるからって2人だけで生きていくのはしんどいだろうが。
俺のいうこと解ったか?」
「……うん、はい。」
「あ……ああ、わかった。」
戸惑い気味の2人。さてはあんまり説教されたことないな?
「よし、もう立っていいぞ。」
椅子に掴まりながら産まれたての子鹿みたいになってようやく立ち上がっている2人を尻目に、スッと立って草を膝から払うと拍手で俺を迎えるじいちゃん。
「お~、いがったいがった。名演説だな。
ヴーさんもべーさんもこれに懲りだら迂闊におなごに手ぇ出さねえ方がいいぞ。
昔から男は結局、女に勝でねぇもんなんだ。」
「お爺さん、さっきから言ってるそのヴーさんとかべーさんって僕らのこと?」
「そうだ。呼びやすくていいろ?
陸に嫌がられるようなことしでかしたおめぇさんらにはピッタシだ~。」
冗談めかしてあっかんべーしてみせるじいちゃん。俺はもうお前らに『さん』付けもしないと決めたからな!!
帰り支度を始めたロザリアたちの横で、そこいらの雑草を食んでいた馬たちが目に入りふと思い付いた。
「じいちゃんところで、ゴザすすいだ水。馬にやってもいいかな? ちょっとは回復効果あるかもしれないんだ。帰りヴーとべー乗せるわけだし。」
「いいでねぇが、馬も喜ぶぞ。」
桶ごと運ぶと2頭とも勢いつけて飲み始めた。
「よぉし、よく飲め。疲れたろ? 待ってるのも辛いよな。」
馬の耳がぴくぴく動いてザバッと顔を上げると首を横に振る。
そんなことないと言いたげだ。
いい子だな。そっと顔を撫でてやる。
「馬には優しいのだな。」
長男改めヴーが声をかけてくる。
「俺は自分に優しくしてくれる奴には基本優しいぞ?ただ間違ってる奴にははっきり違うって言うだけだ。」
「そうか……すまなかったな、からかったりして。知識では何が正しいか判断できても、相手の気持ちを考えたかと言われたら確かに配慮に欠けていたと思う。」
ちょっとしょぼんとしているヴー。
素直じゃないか。
「きっと今まで色々あったんだろう?
さっきのことだって普通大人から教わるもんだ。
こんな小娘の説教でも怒らず聞いてくれて良かったよ。
ヴーは薬師だからこれからも意見を聞かせてもらったりすると思うからよろしくな。」
俺がそう言うと驚いている。
「また……訪れてもいいのか?」
「なんだよ、出入り禁止食らったと思ったのか? そこまで怒ってないよ。
───後ろで隠れて盗み聞きしてるべーもだぞ? 出てこい。」
「わ、あっあの……さっきは、本当にごめんね?」
「俺の話をちゃんとわかってくれたならいいよ。
今後も薬草についての意見や情報くれるなら歓迎する。
但し、おさわり厳禁だからな! わかったか?」
「ぅ、──うんッ! ありがとうリクちゃん!」
「はははっ、よし! じゃあ許す!」
年上なのに、どこか幼い印象の2人が出来の悪い弟みたいに見えてしまってつい笑ってしまった。
試作は大成功。
二番煎じ以降の効果を試す方法はライルが帰って来てからの相談にしよう。
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「………と、いうこで収まりましたが。
リクさんから伝言でございます。『話をややこしくしたのはライルだから試飲はおあずけな!』と。
リクさんはアヴァロ様ベセルス様に対して、不用意に他人との距離を詰めることを厳しくも温かく注意されました。
反省をうながした上で、他者への配慮をすることができるならば今後もよろしくと笑顔で話されておいでです。
帰りの馬車中、お二方が夢見心地な表情でいらしたのが気がかりでなりません。」
ロザリアからの報告を受けて愕然とする。
「なんということだ………。」
栽培が概ね順調であることはきいていたが、試飲の結果、最古のもので8年前の古傷が治る効果が表れたという。
保存がきくように加工された薬草は苦味がなく飲みやすいものであり複数回煎じることができて手足の冷えや食欲不振にも効果があるらしい。
煎じる回数による薬効を調べるのに治療院の協力を得たいという話もあがったという。
「試作自体はこれ以上ないほどの成功と言えます。悲観される要素はございません。
あるとすれば……ぼっちゃまの発言でございます。」
「ぅ、──ああ……。」
まさに私が愕然とした理由はそれだった。
「晩餐後、酒の勢いに任せて兄上様方を牽制なさりたかったのはわかっております。」
ロザリアにはすべて見透かされているのだ。
ならばこのやり場のない感情にも気づいているのではないか。
「……兄たちの手が、リクに伸びるのが恐ろしかった。私は何と臆病者なのだろうな……。」
結果的にリクの内面の強さや美しさに兄たちが強く興味を持つことになった。
胸の内から重く暗い何かが溢れ出る。止めようにもどうしようもない焦燥感がある。
「リクの言葉を思い出している時は、皇帝陛下と目を合わせて話すことも怖くはなかった。
力が湧き出るような心地がしたのだ……。
それなのに、リクを誰にも触れられぬようにこの腕の中に閉じ込めて離したくないなど……何と醜い独占欲だろうか。」
「あぁ、ぼっちゃま。
今、噛みしめておいでのせつなさを少し和らげるお話がございます。」
「……なんだ?」
「『丘の上に住む職人は私にとって大切な存在だ』と頰を染めておっしゃったそうで。」
「ぅ、それは……。」
「それを聞いたリクさんもまた真っ赤に頰を染めていらしたのです。ベセルス様に詰め寄られてもお顔の色はお変わりなかったにもかかわらず、です。」
「………ほ、本当か?」
リクが、私の発言を知ってあの可愛らしい顔で頰を染めていた───?
思い浮かべると心の内の闇が引いていくと同時にどうしようもなくリクの顔が見たくなった。
「ぼっちゃま、お気持ちの回復が早くて何よりです。
ただお忘れなく、リクさんが回復薬草の試作品を淹れてくださる極上のひとときは、しばらくおあずけでございます。」
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