第19話 さかのぼる
手揉み茶……もとい、手揉み回復薬草の一番煎じを試飲していてなぜみんなが口々に驚いているのか。
理由が解ったのは数秒後のこと。
「あぢっ」
短く呻きじいちゃんが左腕を押さえた。
「どした、じいちゃん?」
「陸……火傷の痕が消えてしもだ。」
は?
見せてもらうと8年前の古傷が本当に消えてなくなっている。
抉れたようになっていた皮膚まで……。
他のみんなも同様に何かしらの古傷が消えて騒いでいたらしい。
どうしようという顔のジョシュアに、直ぐに冷静さを取り戻したロザリア。
そしてまだ取り乱し真っ最中の双子。
一人で取り乱すライルとは違って巻き込んでくる。
「……とんでもない効き目……、どうするのこれ。一口で疲労感全回復の、遡って古傷治す作用あるとか、ちょっと恐いよ? きいてるの? 少年!」
カップ持ったままグイグイ寄ってくる、ゆるふわ次男。癒し系キャラじゃなかったのか。
笑顔の裏に腹黒さと圧がある。
……しまった、これ以上下がると畑の目隠しに立てたよしずが倒れる。
見ると長男はじいちゃんに色々と質問しているがどんどん前のめりになっている。
効き目が衝撃的だったのはわかる……が、お前らちょっと近い!
「薬師をやっていて今まで幾度となく回復薬は作ってきたが、全くの別物のようだ。苦味もない……極少量でこの効力!
そして煎じて飲めるから保存がきくだと……?! その話に偽りないかヨウジ殿!」
そこの長男! じいちゃんに壁ドンすんな!
ダメだ、このキラキラツインズ。
周りに配慮がなってねぇ。
ちょっと頭にきた。
俺らの
「───詰め寄るんじゃねぇ、話しにくいだろうが。」
腕をつかんで下から睨みつけて凄んでみせると、少し下がったゆるふわ。
「そこのあんたもだ! 年寄り壁際に追いつめんな!
────話しをする気があるんなら席につけ、薬草全部しまわねえうちに埃立てるんじゃねぇ!」
ほんで、……じいちゃんは長男を投げ飛ばす準備やめて座れ。
大きめの竹茶筒に茶葉をみんなしまってから着席。
「悪かった。衝撃が強すぎて……その、申し訳ない。」
「ごめんなさい。ちょっと強引に聞きすぎたね?」
勢いつけて問い詰めようとしたことを反省している様子の双子。
俺も凄んじゃったし、おあいこってことにする。
「まあ、今後は気をつけてくれればいいよ。
俺らが知ってるやり方と普通の回復薬の作り方との違いを見て欲しくて招いたから、冷静な意見がほしかったんだ。
俺の方も口悪くて……ごめんな。
しかし、本当に兄弟だな。取り乱しやすいし、戻りにくいのもライルそっくりだ。」
「ははは、陸に止められねば、兄ちゃんの事も投げ飛ばすどごだったな。」
じいちゃんはすぐ投げる癖を治せ。
元々薬草加工の研究をしていたということになっているので話を合わせつつ、純粋に味の感想が欲しくて二番煎じの茶を飲んでもらった。
昼時なのでロザリアの持ってきたサンドイッチもいただく。
食事と一緒に飲む緑茶は格別だ。
「さっぱりして美味しい。僕ね、最近疲れて食が細くなってたんだけど今日はしっかり食べられるよ。」
「贅沢な使い方だが、口にしてみると
「食欲促進効果あるからな。ロザリア、サンドイッチたくさん作ってくれてありがとう。味に渋みは?」
「ございません。手足の冷えが消えて体が温まります。」
ちょっと嬉しそうなロザリア、冷え症だったのか。サンドイッチをもぐもぐしながらジョシュアは満面の笑みで目が埋まってる。
「私この香り好きですね~、きっとスイーツにも合いますよぉ。しかしこんなに美味しいなんて思いませんでした。」
ただ、全員回復済みの状態で飲んでいると何番煎じまで薬効が続いているのかはわかりにくい。
「ドリムの街にある治療院に協力してもらえば延々と怪我人やら病人集まりますよ?
『効果は高いんですがまだギルド認可前なので、格安で使える新薬お試しください。怪我や症状にどう効いたか知らせていただけるなら更にお安くできますよ。』とか言って頼めば。いくらでも記録とってくれます。」
「おお、いいんでねぇが? 怪我人助かるし治療院は薬代安くなって、おらだぢは薬効の記録もらえで。なぁ。」
「うん。いい考えだけど……大丈夫か? 普通に薬作ってる所から恨まれたりするだろ。」
薬効のデータは欲しいけど命狙われる情報増やしてどうするよって思う。
「あ、でもライルが守るでしょ?」
「は?」
いや、さらりと出てきたけど──?
アイツ確かに俺らの雇い主だけども国防大臣級の貴族だ。
真っ先に護衛役に挙げるのはどうなんだ?
「だって、ほら……ねぇアヴィ?」
「ああ、あいつが『私にとって大事な存在』というからには何を置いても守るだろうな。」
は───ぃ?
「アヴァロ様……いつ、ぼっちゃまからそのようなお話を?」
ロザリアの周りの空気が冷え込みはじめた。
「ああ、昨日晩餐の後にな。いつになく真剣な表情で。あんなライルは初めて見たぞ。」
「そうそう、『丘の上に住んでいる職人は私にとって大事な存在だ、よろしく頼む。』
なぁんて、ちょっと頬染めて言うから僕たち兄として複雑な心境だったんだよねぇ。」
ぁ、あ───のっ、………馬鹿っ!!
実の兄にカミングアウトしたみたいになってんじゃねぇか!
「確かに唯一無二の加工技術を持っているとはいえヨウジ殿相手に頬を染めるのはあり得ぬと思ったのだ。
まさか少年に現を抜かしているとはな。まぁリク殿ほど麗しい少年ならば、弟が血迷ったとしてもいたしかないかとも思った───が。」
オールバック長男がニヤリと悪い顔で口角を上げる。
「この様子ではリク殿も満更でもないようだし。なぁ?」
「は、……は? なにがっ!?」
ちょっと頬染めてそんなこと言うライルを思い浮かべたら恥ずかしかっただけだし!
いや、それより俺は男のフリしてるのにここで赤くなったらややこしいじゃないか!
「も~アヴィ、からかっちゃ駄目だよ。可哀想に真っ赤になっちゃって。」
ねー、と俺の手を取りコテンと首を横に傾げてあざと可愛さを醸し出すゆるふわ次男の目がわずかに艶を帯びる。先程とは逆に下から覗き込まれた。
「ホントにごめんね。さっき腕を掴まれるまで全然わかんなかったよ。リクちゃん」
あ────バレた。
*:.…*….:…*…:.…*…*
蒸し暑い日のじっとりと肌に張り付く熱気のような視線を感じる。
跪き頭を垂れた私の数段上の玉座から、浴びせられているものだ。
ほぅ、と愉快そうに喉を鳴らして皇帝陛下が口を開く。
「久しいな、ヴァルハロ卿。今日は何やら愉快な報告があるそうだが?」
「はっ! 此度はお忙しい最中に私めに貴重な時間を賜り誠に………。」
「前置きは要らん。聞かせろ。」
「はい。実は、回復薬草の採取方法に新しい手法を取り入れましたところ精製した回復薬に3倍近い効果が得られることが判明致しました。」
観念して口火を切ると玉座から陛下が立ち上がるのがわかった。
「ヴァルハロ卿もっと詳しく聞かせよ。」
陛下は私と同じ高さまで降り、椅子を運ばせてそれに座る。
陛下は私と同じ黒髪にみえるが実は黒に近い濃紫色である。ストレートの髪がさらりと日の光に当たるとそれがよくわかった。
一見虫も殺さぬ風貌であるがこの近距離で見ると、赤紫の瞳が見開かれ好奇心に爛々とぎらついている。口角の上がりきった半開きの唇は獲物に喰らいつく寸前の大蛇を思わせる。
「採取場所は何処だ? 何人でどのような採取方法をとったのだ? 効果を知ったのはどのような経緯だ?」
直ぐ様質問が浴びせかけられる。
全てに淀みなく答えなくてはならない。
「採取場所は冒険者が行くガルボの東にある森の薬草群生地でございます。私の他2名で採取に向かいました。薬草を手のひらに収まるように短く摘み取り、残った茎の柔らかい部分を別に採取します。この方法で採取した冒険者が精製した回復薬を使用したところ、効果の高さに驚き知らせてきた次第でございます。」
「ふぅむ、急に薬草採取の方法を変えたのはなぜだ? 効果が高いと申すが具体的にはどの程度のものだったのか詳細を話せ。」
「当家で薬草についての研究をしておりまして、採取で長い茎ごと採取した場合と最初から葉と茎を分けて採取した場合では不純物が少ない方が薬草そのものの品質が上がるのではという考察から実施致しました。薬の効果としては、額から左目にかけてを魔物の爪で切られた傷が一瓶で痕も残らず消えたとのことでございます。治療されているときの感覚は一瞬、切られた時に
「ほう? いつから薬草についての研究をはじめていたのだ? そのような面白き話を余は今まで卿から聞かずにおったぞ?」
「当家の者が、遠方の国の知識を元に試行錯誤致しました。実験的な採取に移ったのはまだ一月足らずでございます。結果が出るまでの仮説に過ぎぬ話をご多忙な陛下のお耳に入れる訳には参りませんので。」
ジョシュアやロザリアと対陛下用の質疑応答訓練を行っていて本当に良かった。
何とかここまで乗り切ることが出来ている。
「冒険者に限らず他国と事を構えるなどという事態になれば回復薬は正に命綱となろう。その効果を高めることの出来る有益な研究となれば国を挙げてかかるべきと言えような?
して、その研究の最終目標はどんなものだ?」
「研究では薬草の栽培を最終目標としております。」
「なんと!! 可能であるというのかっ!?」
陛下はあまりの驚きに、がばっと口を開いておいでだ。
丸呑みにされそうな勢いに気持ちがたじろぐが、出会った日のリクの言葉を思い出す。
「ぃ、いえ、現時点ではまだ………。
ただそれが可能になれば死の淵に在るものの、生きる為のあと一歩に手が届くのでございます。」
「───面白い。やってみよ。協力は惜しまぬぞ。効果の上がった回復薬についてももっと詳細な薬効が知りたいところであろう?
怪我人、病人が必要であれば国中の治療院どこでも卿に協力させる。
薬草が栽培可能となれば我が国の利益も図り知れぬからな。」
「はっ! 有り難き幸せに存じます。」
「よい、それよりも……少し見ぬうちに随分変わったものだな。
以前の卿であれば余の顔を見ても目を見ることは出来ずにいたが、今は物怖じせず真っ直ぐ目を見ておる。卿に一体何があったのであろうな?」
先程までのぎらつく光は消えて陛下の瞳に優しさが漂う。恐れ多くも陛下を苦手としていた私は、確かにこんな風に瞳をみることは出来ていなかった。
「命との向き合いかたを、考えるようになっただけでございます。」
両親との死別という辛さを背負っていても、他の誰かを救えるなら出来ることは何でもやりたいという真っ直ぐな瞳を目の当たりにしたから。
自分の有り様を情けなく思う私を励ます小さな手は、貴族であることを面倒に思うのではなく今の辺境伯という立場で出来ることはもっとあるはずだと……そう思わせてくれた。
「久方ぶりに楽しい一時であった。
最終目標が達成できた暁には卿をここまで変えた存在にも会うてみたいものだ。
大義であった───吉報を待っておるぞ。」
「はっ!」
私を変えたのは間違いなく、リクだ。
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