第18話 しんこきゅう

 必要な準備を全て整えて迎えた試作の日の、早朝。


 湧水を汲んで体を清め、サラシをきつめに締めて、Tシャツと作務衣を着込む。

 ロザリアが入れてくれた手拭いサイズの紺色の布を頭にキリッと巻いて髪の毛が出ないようにした。


 清々しい空の青が濃く、高い。

 胸いっぱいに朝の澄んだ空気を深く、深く吸い込み、吐く。


 朝露は日の光で乾いたばかりだ。


「ふふ、茶摘み日和だな。」



 心地の良い緊張感に背筋が伸びる。

 ああ、久しぶりだ。この感じ。


 目の前の茶樹の葉は鮮やかな緑。

 ハリとツヤがありながらも柔らかそうな新芽がたくさんだ。


「ごめんな、摘ませてくれ。欠片も無駄にはしないから。」


 葉に触れて茶樹たちにまた誓いをたてると

『いいよ』 とのざわめき。


 ざるのうえに茶葉を摘んでのせる。


 一芯三葉、赤子の手をにぎるように優しく

 摘む。


 スピードも大切だ。優しくても手早く。すぐに山盛りに葉が集まる。


 じいちゃんに持っていったら笊を少し上げ下げして頷いた。


「よし、ピッタシ500gだ。」


 昔からの訓練で物の重さは誤差ほぼなく当てられるという。

 秘技『じいちゃんのはかり要らず』


 ちなみにこの笊じいちゃんが張り切り過ぎて5つも作った。

 蒸籠も結局2つ作ってたから半量ずつ入れて一度に蒸す予定だ。


 ライルの兄ちゃんたちの前で畑から摘むわけにはいかないから先に摘んで、水で洗って少し風に当てる。


 長時間放置はできないから、いつでも蒸しはじめられるように火は用意してある。


 出来上がった焙炉ほいろのそばには火の準備が出来た二口の竈にそれぞれ湯を沸かした鉄鍋、蒸籠を用意してある。


 馬のいななきが聞こえてきた。


 今日のゲストの到着。良いタイミングだ。

 木目の美しい馬車が到着し、御者台からロザリアが降りてきた。


「お二人ともお招きありがとうございます。早速リクさん、ちょっとよろしいですか。」


「え、なになに。」


 ロザリアの前に立つとパパパッと顔の前で何かしている。


「滲み出る可愛らしさが少し隠れるようにしました。

 お気をつけください。馬車の中のお二方は女性に対してかなりお手が早いので。」


 声を落としたロザリアが真剣な表情で言う。


「大丈夫だろ。今日の俺、かなり凛々しい仕上がりな自信がある。」


「ロザリアが今、眉かいてくれだすけ凛々しさ倍増だな。イケメンだ。」


 じいちゃんが太鼓判押す程か。ロザリアの手が早すぎて分からなかったけど、眉をややシャープな感じで描いてくれたらしい。


 ロザリアは頷き離れると、ゆっくりとした所作で馬車の扉の前に行き、御者台から降りてきたジョシュアが階段を引き出し、扉を開ける。


 中から出てきたのは、まばゆい男たち。


 ライルの血縁って美形しかいないのかな。


 ライルが美丈夫なら2人は美少年からちょっと大人になった感じの美青年。兄ちゃんなのにライルより若く見える。


 それぞれタイプは全然ちがう。金髪をオールバックにしている方の兄ちゃんは気の強そうな表情だ。


「貴殿らが、遠い国から遙々はるばる移住したという職人か。今日は回復薬草の新しい加工法を編み出したと聞いてやって来た。見せてもらいたい。」


 なんか一生懸命優しく喋ろうと頑張ってる感じがする。


「アヴィってば話し方が固いんだから。ホントごめんね。ちょっと見せてくれればいいんだ。邪魔はしないから。あ、普通に気軽に話してね。」


 同じ色の金髪だけど耳が隠れるくらいゆるふわの髪した兄ちゃんはニコニコ人懐っこい感じの表情を浮かべている。


 オールバックが長男のアヴァロ、ゆるふわが次男ベセルス。ちょっと眩しさが過ぎるなこの双子。


「おらは葉枝ようじ。こっちは孫のりくだ。よろしく頼む。おらは途中余分な話はしねえし解説も無しだ。薬草の作用を余さず使うための加工だど思ってくれ。鮮度が大事だから早速はじめさしてもらう。」


 じいちゃんの紹介にあわせ頭だけ下げて、俺もすぐ作業にかかる。


 湯の沸いた二つの鉄鍋の上に茶葉を入れた蒸籠をそれぞれ半量ずつのせて蒸す。


 作業の様子が気になるのか美男子2人がそわそわしている。


 ロザリアとジョシュアで椅子を用意してくれたがなかなか座る様子がない。



「椅子に座って見た方がいいよ。かなり時間かかるから。そのほうが俺たちの手元に影がかからないし、頼む。

 ここから先は無言での作業になるしさ。」


 俺が言うとやっと座ってくれた。


 じいちゃんに布で作ったマスクを渡し俺もつける


 マスク越しでも蒸している茶葉の香りがたつようになってきた。

 蓋を開け閉めして香りを確かめ、蒸籠から茶葉を笊に開けて冷ます。


 焙炉上のゴザに触って火加減をみる。


 今回俺ができるのは蒸すことと、焙炉の火加減管理だ。

 人肌くらいの温度、これをキープするのが俺の仕事。


 修行が足りないせいでもあるが焙炉の和紙の部分『助炭』がゴザなので加減が難しい分、じいちゃんに全て任せることになっている。


 蒸した茶葉を焙炉の上に広げ、じいちゃんの手の中で茶葉がきらきらと舞う。蒸し上がった葉の水分を舞い上がらせては落とすことで飛ばすのだ。これを繰り返す。


 日差しのせいだけでなくちょっと茶葉が光って見える気がする?


 茶葉が揉まれていくにつれ色濃くなるのに比例して工程が進むにつれ光がより濃くなる。


 今は細かな粒状となった光、茶葉の上を細かく踊っているように見える。じいちゃんには見えてないのか?


 

 下揉み工程が終わり一度笊に茶葉を移して茶渋のついたゴザを交換し焙炉の上で温める。


 茶渋にもわずかに光を感じるので大きめに作った檜の桶で水に浸しておく。洗った水も何かに使えそうだ。


 じいちゃんもこの間水分補給。


「はい、水。大丈夫か、じいちゃん。」


「驚いだ、茶葉揉んでて疲れねぇのは初めでだ。使っても使っても体に力ば戻されるようだ。」


 手を見つめていたじいちゃんが言う。

 それなら、蒸しただけで回復効果がすでにあるということ。飲んだらとんでもないことになったりして。


 見学の兄ちゃんたちは飽きてないかなと見るとロザリアが出してくれたローストティーに目もくれずかぶり付きで見ている。


 ほとんど睨んでるなそれ。

 立ち上がりそうな勢いの長男の腕をちょっと苦笑いでしっかり押さえているゆるふわ次男。

 凄い色々聞きたそうだ。後から質問タイム作るから待っててくれ。ごめんよ。


 助炭代わりのゴザが人肌に温まり、残りの工程に一気に進む。


 茶葉を針のようになるまでしっかりと揉み水気を飛ばすために必要な工程だ。


 手の中で縄を捩るように茶葉を動かすと上に浮いて見えた光の粒が茶葉の中に溶け込むように消えていく。


 疲れないと言っていただけあって匠の技に磨きがかかっている。


 火加減が強くなりすぎないように焙炉の下を何度ものぞく。こちらも順調だ。


 最終工程に入る。針のようになった茶葉は色がまたぐっと濃くなっていた。

 時間をかけてゆっくり乾燥させて日持ちできるようにする。


「よし」


 焙炉の下の炭をじいちゃんの合図で全て取り出し火鉢に移す。


 少し冷まして『荒茶あらちゃ』の出来上がりだ。


 少量竹の茶筒に入れてロザリアに渡す。


「これライルの分な。」


「いやぁ、長ぅ待せだ。静かに見ででくれで助かった。完成したの、手に取ってみれ。

 これで葉のまま日持ちするようになる。」


 立ち上がり恐る恐る焙炉の上の茶葉を摘まんだ長男。


「……こんな工程は初めて見た。最初の蒸気にあてたのは貴殿らの国の調理法か何かか?

時間は短かったが、香りが立つのがわかった。」


「ねぇ、もの凄く手間がかかるけど魔道具も魔法も使わないんだね? どうして?」


 焙炉の仕組みが気になっていた様子の次男も我慢しきれず聞いてきた。


「さっきのは『蒸す』という調理法だよ。葉の中の養分を逃がさずに柔らかくすることができるんだ。

 あと、俺たち魔力はほとんどないから魔法使えないし魔道具も魔石頼みだからね。」


 答えていると、ぶくぶくと小さな鉄鍋に湯の沸く音がした。


「湯、沸いだ。試飲してみれ。今淹れでやるすけ。」


 ロザリアから借りたティーカップ人数分と小さめのティーポット。


 一番茶をじいちゃんに淹れてもらう。


 ティーカップに注がれた液体は薄い金色になる。

 一番茶は色より香りと旨味が強い。


 深呼吸したくなる、恋しかった香り。

 一口で身体中駆け巡る懐かしさに自然と出る呟き。


「ああ、美味い。」


「いい出来だ。」


「……──ッ!!」


「ぅ………わっ!」


「いやいや、こりゃ……。」


「………な───っ!」


 俺とじいちゃんがうなづくと、長男、次男、ジョシュア、ロザリアまでもが狼狽え出した。


 何だ、みんなも取り乱しやすいたちか?







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