第17話 ひとりじめ
私は今、頭を抱えていた。
リクとヨウジから試作品の加工が明後日には可能だと知らせが届いたこと。
その知らせの中で試作に信用できる薬師を呼んで欲しいと言われたこと。
試作の日に皇帝陛下の謁見があり行けないこと。
思いの外、薬草の成長が早いらしい。
例の秘術である疑惑が色濃くなってきた。
まさか謁見の日に被るほどとは……
そして陛下もお忙しいだろうに最短で許可が下りるとは、いよいよ心してかからなくてはならない。
「謁見には明日、出発なさいませんと間に合いません。試作にはわたくしがジョシュアと出向き試作品の回復薬はマジックバッグに預かって参ります。」
「ああ……立ち会えなくてつらいが皇帝陛下を後回しにはできぬしな。
薬師はあてがあるから今夜屋敷に招いておこう。魔道具で先触れを出しておく。先方が了承すれば転移で迎えにいくさ。試作の日に馬車で一緒に連れていってくれ。」
「お一人ではいらっしゃらないと思います。お二人揃ってお招きなさいませ。」
「やはりわかったか。そうだな、2人分の晩餐と部屋の用意を頼む。」
「ぼっちゃま、ところで秘匿すべき情報はどうなさるおつもりですか。
畑や薬草の加工について担い手のお二人は何も隠すおつもりはないようですが……。」
「その事は私から兄たちに話しておく。」
「ええっ? やっぱり薬師ってアヴァロ様呼ぶつもりだったんですか? ベセルス様もご一緒にお招き……っと、支度が大急ぎですねぇ。
ああ、ぼっちゃま突っぱねられたらどうします?」
「忙しい時は仕方ないさ。信用のできる薬師の都合がつかないとヨウジに知らせよう。」
「……よろしいのですね?」
ロザリアの言葉に含みがある。
「何が言いたい。」
「リクさんと兄上様方を会わせても、本当によろしいのですね?」
「───ッ……!」
見目麗しい2人だからリクが目を奪われるのは仕方がないと思うし、熱を上げでもしたらと思うと……複雑だ。
ただ、逆にリクの姿をアヴ兄とベセ兄が目の当たりにしたら───と思い浮かべると、複雑どころかその場に私が居られないことが不安でしかなくなった。
兄たちはその麗しい顔にものをいわせてそれなりに女遊びもする。
仕事について誠実であるなら、女性との付き合い方まで真面目で居なければならないなど固いことは私も言わない────が。
私自身はどうも昔から母の影響か、女性とは何を考えているのかわからないという先入観があり、気心の知れたロザリアやメイドたちとしか気軽に話せずに居た。
貴族となってからは、年に2回ほどある皇帝陛下主催の晩餐会に参加する義務があるため集まってくるどこかの伯爵令嬢などと仕方なしに対面することがある。
御座なりの挨拶を交わす程度で、正直何を話せば良いやら分からなかった。
また、冒険者仲間の女性とは戦友という思いが強く冗談めかして言い寄られても手を出そうとは思わなかった。
だがリクは違う。
あのくるくると変わる表情や真っ直ぐな目を見ると安心して話すことができる。
可愛らしいと思いながらもまともに話が出来る女性は初めてだった。
抱きしめたい衝動に駆られたのも、リクだけだ。
あの可憐な姿で兄たちの前に立てば恐らく本気で口説き落としにかかる可能性が高い。
彼女にだけは手を出してほしくない。
これは、独占欲か……まったく
リクはものではないというのに。
返答に詰まる私にロザリアが微笑む。
「ぼっちゃま、このロザリア総て承知しております。
ありとあらゆる意味でリクさんをお守りしましょう。
兄上様方には少し錯覚していただける細工を、用意してございます。」
*…:.*.:*:・…:.*.:*:・…:.*…:.*
戻ってきたビーが何も返事を貰って来ないなと思ったら、初めて見る鷲みたいなフォルムの鳥形魔道具が声と荷物を届けに後から付いてきていた。
それによると残念ながら試作の日は宮殿に出向くためライルは来られないらしい。
代わりにロザリアとジョシュアが、信用できる薬師と付与術士を連れて来てくれるという。
なんで付与術士? と思ったら薬師と付与術士はライルの兄ちゃんで二人は双子なのだそうだ。
薬師の兄ちゃんが作った薬を付与術士の兄ちゃんが特殊な術のかかった瓶に詰めて売ることを仕事にしているらしい。
兄ちゃんたちには流石に全て事情を話すわけにはいかないから、畑の方には案内しないようにする事。
出来る限り薬草加工に特化した職人らしくみえるよう振る舞うため言葉遣いもいくら砕けていても良しだそうだ。
これはありがたい。
そして動き易くゆるみのある作業着を送るから当日はそれを着てほしいと。鷲の運んできた荷物はこれだった。
「おお、ありがてぇ。
「そういえば……動き易い作業着ってどんなものかって、助けられた日にロザリアに聞かれたんだ。ペンでなんか高そうな紙にこういうのって描いたけどアレだけでここまでできるもんなんかな。中に着るTシャツまで忠実に再現されてある……あれ?」
2着の作務衣とTシャツと一緒にサラシが入っている。
首を傾げているとライルのメッセージを話し切ったと思っていた鷲が今度はロザリアの声で話し出した。
『リクさんは衣服の下に身に付けるビスチェなどの肌着をお持ちでない様子ですので、今回は一緒に入っている長い布を胸部にきつめに巻いた方がよろしいと思います。職人らしく見せるためにも。
頭につける布もご用意しましたからより職人らしく、を心がけて下さいませ。』
ははは、ノーブラだったのバレてらぁ。
寝てるとこから着のみ着のままで飛ばされて来ているから今まで布挟んで誤魔化してたんだけど、もう流石にちゃんと隠せってことだよね。
しかも『きつめに』とわざわざ言うという
ことは、男に見えるくらいでちょうどいいんだろう。
色々と特殊な素性の俺たちだから、双子の兄ちゃんたちには遠方から移り住んだ職人で通すつもりらしい。
『了解、とても俺たち向きな仕事だ。試作楽しみにしててくれよ。マジックバッグ忘れずに持って来てくれ。出来た茶葉の一部は持ち帰って貰って、ライル帰ってから俺が淹れてやるからさ。』
声を受け取った鷲の力強い羽ばたきを見送りすぐ仕事に戻った。
今日と明日は焙炉と蒸籠の完成と、火入れ準備だ。
じいちゃんの蒸籠はほとんど出来ていて、あとは蓋さえ出来れば完成の状態だ。
俺の方は竹のゴザの一枚目が間もなく仕上がる。半日あれば二枚目もできるはずだ。
正直とても楽しみな気分だ。
必要な茶葉は当日早朝摘んで用意することにしている。
今回は一番発育のいい樹の1本に絞り少量を試作する事になった。
摘む茶葉は500gでも、手揉みで1/5の量になる。できるのはほんの100gだ。
それでも恐らく3時間はかかるはず。
普通1.5kgの茶葉を手揉みするのに6時間かけるからだ。
その間、客人である兄ちゃんズの面倒はロザリアが見てくれるそうだから安心だ。
「陸、休め。もう二枚目入ってんでねぇが。根詰め過ぎると本番に倒れるぞ。」
「そういうじいちゃんだって、蒸籠仕上げて蒸し上げ用の
「せめて水飲め。ほら。」
竹の水筒を受け取り、喉を鳴らして飲む。
「はぁっ、うんめ~!」
「あんまし張り切り過ぎるなよ。」
「それはじいちゃんもだろ。茶摘みもできるし、じいちゃんの手揉み茶飲めるなんてひさしぶりだからさ。テンション上がりもするよ。」
「まぁな。さぁ、畑に水やらねばねぇぞ?枯らしたら元も子もねぇからな。」
「うん、今行ぐ。」
水やりして茶樹たちに業務連絡もしないとな。
「さあ、お前たち。たっぷり飲め。また葉が増えたな? 明後日の朝になったら新しい葉の先を分けて貰うからな。力貸してくれよ?」
さわさわ揺れる茶樹たち。
『いいよ』『おみずをくれる』『きみときみになら』『わけてあげる』
夢うつつの状態じゃなく、しっかりと聞こえた。葉擦れの奥の小さな声。
「じいちゃん、今の聞こえた?」
「葉っぱざわざわしてんのは見えたが、何かしゃべってだか?」
「いいよ、だって。水くれる俺とじいちゃんにならわけてあげるって……言われた。」
「──いよいよしっかと会話ばでぎるよになってきたな。おらには聞こえね。残念だ。」
「でも……なんで俺だけ?」
「聞いでみれば答えでくれるんでねぇが?」
言われてみれば。
「教えてくれ。なんで俺だけ声が聞こえるんだ?」
ざわざわ、さわさわ葉擦れと共に聞こえる声がいう。
『やさしいみこ』『けがれなきおとめ』
『きみにだけ』『このこえ』
『ひとりじめ』
「『みこ』って巫女?……『けがれなきおとめ』だとさ。」
女子限定なのか。けがれなきってどういうことだ?
「おお、既婚のじじいは無理か。陸も嫁入り前の今だげだな。聞こえんの。」
けがれなき
か!!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます