第15話 みがもたない

 ライルに屋敷に連れて来てもらうとロザリアが待っていた。


 今日からロザリアは俺の先生だ。


「おはようございます。よろしくお願いします。」


 お辞儀をすると、にっこり微笑みなぜか他のメイド陣と共に俺の周りを取り囲む。


「なに……っ────ぎゃぁぁぁ!!」


 既視感デジャブ!!

 浴室に連れて行かれて、磨きあげられた。


 理不尽に感じながらも用意されていたメイド用の制服に袖を通す。



 紺の詰襟、シンプルなワンピースタイプの制服。裾は膝下20㎝ほど。


 裾が長めで良かった。胸元も開いていない。


 この世界のメイドの風紀が乱れてなくて本当に良かった。


 安心していると追加で渡されたエプロン。


 他のメイド陣はエプロンも制服と同色だけれど見習いの俺だけ白いフリフリのエプロンとヘッドドレス着用。


 ロザリアは全力で俺の羞恥心を煽りに来ているんじゃないだろうかと思う。


「朝の畑仕事の後から、こちらに来る日は給仕にかかわる仕事となるわけですから、今日のように毎回湯浴みをしていただきます。今後は浴室に案内しますので、ご自分でどうぞ。」


 それなら言ってくれれば最初から自分で洗うから!!


「次にリクさんにはわたくしとの訓練の前に給仕の訓練をしていただきます。

 ローストティーの美味しい淹れ方は以前『トップスン』で学びましたね?

 焼き菓子の運び方にも優雅に見える所作があります。

 いざというときのおもてなしの方法は覚えておいて下さい。

 その後はぼっちゃまのお部屋の掃除をして護身術訓練に入ります。」


「掃除はライル……様のお部屋だけでいいのですか?」


 あぶない、言葉遣い気をつけないと。


「リクさん貴女は今日からこの屋敷内では、ぼっちゃまの専属メイド見習いです。以前にもお話ししましたが、必ず『御主人様』と呼ぶように。」


 ? 専属メイド?

 なんかいかがわしいワードがでてきたぞ?

と思っていると、ロザリアが俺の耳元で囁いた。


『いつもリク様が転移で屋敷ヘ来る際、必ずぼっちゃまと触れあっていなくてはならないでしょう?手をつないで居るところ見られても、ぼっちゃまの私室から朝出入りしても不思議のない立位置ですわ。』


 はぁ、……それはつまり

 ライルのメイドの肩書のような───。



 思わず至近距離で口説いてくる艶っぽいライルを想像してしまい、幻の浮かんだ気がする頭の上をアワアワと掻き消す。


 やめてくれっ!

 刺激が強過ぎて身がもたないっ!!


 ロザリアに小声で抗議する。


『ロザリア……先生っ! それはちよっとっ

 たしかに怪しまれないかもしれないけど、逆に変な眼で見られませんかねっ!? もんのすっごく恥ずかしいんですがっ!?』



「一度でローストティーを完璧に淹れることができ、わたくしの言う掃除手順の全てをこなすことが出来るなら貴女の心配なについても色々と相談に乗りましょう。」


 冷気は漂わなくともこの微笑みには確かな重力が存在すると思う。


「わかりました。全力を尽くします。宜しくお願いします。」



 恥ずかしい専属メイド設定雇用条件をなんとしても回避しなくては!!








 ※。.:*:・'°※。.:*:・'°※。.:*:・'°※。.:*:・





「いやぁ………しかし、便利だなぁ。」


 しみじみと呟くヨウジは今、私にはわからない何かを作成中だ。




 私が頼まれたのは素材の準備だけだ。

 森の中で、ヨウジが『竹』と呼ぶそれを風魔法で伐採し、言われた大きさに切り揃え、その水分を、水魔法を使って程よく吸い取った。



 火を手の上に出せるかと言われたので、草の上に座して手のひらに拳大の火を出すと


「おお、丁度いいぐれぇだ。」


 といって板状に切ってある竹を火の上にかざして器用に曲げている。



 そこでしみじみと呟いていたわけだが、


 私は火にかざして何故、木材が曲がるのかが理解できずにいた。


「ライルよぉ、ちっとこれも1本切ってくれるかぁ?」


 曲げて円に近づいた木をいくつか収納していると竹でない木を見つけたらしく同じように切って乾燥し火にかざして曲げ、収納する。



 草原に移動し、水分補給をする。竹でヨウジが作った水筒に魔法で水を満たし飲むと、竹がほのかに香りただの水のはずが美味く感じる。



「幸先いいなぁ。『ひのき』まで見っかった。長持ちする蒸籠になる。木あんだにあれば風呂もでぎそうだぁ。」


 ほくほくという様子のヨウジに、以前から気になっていたことを聞いてみた。


「ヨウジは、この国に突然やってきて不安に思うことはないのか?

 ここでは剣や魔法を使って、魔物の命を奪うのが普通だ。私が………怖くは、ないのか?」


 少し目を見開いて驚いた様子だ。


「どごにいだって、姿がどうだって、不思議な力ばもってだって『人』だろ?

 お国の事情やなんかはあるのが当だり前。生きてればいろいろあるのが当だり前。

 不安や怖さはそれぞれの心の持ち様でさ、良い方にも悪ぃ方にも転がるもんだ。

 ライルは、おらの事おっかねぇと思うのか?

 思わねろ? ──おんなじさ。」



 かっかっか、と笑った。



「ありがとう。貴方の強さの秘密が少しわかった気がするよ。」


 無意識に物事の本質をとらえるその感性はまるで賢者のようだ。


「さて、始めよう。」


「へば、よろしくお願いします。師匠。」


「ははは、こちらこそよろしく。」


 礼をする高齢の自称弟子に無限の可能性を感じている自分が可笑しくて、つい笑ってしまった。




 *…:.*…:.*…:.*



「っはぁ……っはァ……きっつ──…っ。」



「今日の護身術鍛練はここまでに致しましょう。

 リクさん。貴女は回避能力は素晴らしいものをお持ちですが、決定的に攻撃力が足りません。護身用に何か武器を持つことをお薦めします。

 ぼっちゃまが戻られたら相談するとよろしいですわ。」


「はい………ありがとうっ……ござい、ました……。」


 今日やったのは前後左右様々なところから飛んでくるロープを避ける訓練と、ロザリアが羽交い締めにしてくるので10秒以内にその拘束から抜け出す訓練だ。


 かなり真剣にやったつもりだけど、何回やっても勝てなかった。


 ローストティーは完璧に淹れることができたし所作も一発クリア。

 部屋の掃除もばっちりだ──────

 と思ったら、窓の側に花を飾るまでがゴールだったとは……っ!


 恥ずかし設定回避ならず……!

 うちひしがれていると、あれ? と思いついた。


「じいちゃんも手ぇつないで転移してるし。ライルの部屋から出てくるよな?」


 辺境伯が訳ありの家族を面倒みてるんだなって屋敷の人たちはわかってくれているかも!


「リクさん。百面相をしておいでですが、甘い考えはお捨てになった方がよろしいでしょう。

 なぜ家族まで面倒を見ることになったかを勘繰られないための設定です。貴女がライルぼっちゃまのお気に入り専属メイドであるなら全てに言い訳が立つのですよ。」


「その設定演じきるには無理があるとおもいますっ! だってこんな格好していなければ、男に間違えられるくらいだし……女らしくないでしょう?」


 びしり、とロザリアが固まった。

 たっぷり10秒後、底冷えするような含み笑いと共に起動する。


「フ、フフフ………なんということでしょう。探し求めた条件すべてに合致するというのに、しかもなんと評価の低いことか。

 本人に自覚が全く無いなんて──────やはりこの件はわたくしが手掛けなくてはなりませんね。」



「ロ、ロザリア……先生?」


 なにを言ってるかわからないけど恐ぇっ!


「リクさん。ぼっちゃまたちが戻っていらっしゃる頃ですので埃を落として出迎えの準備を致しましょう。少し髪が乱れすぎていますよ。直しますので、こちらにどうぞ。」


 ロザリアに案内されたのは以前通されたことのある客室で、その鏡台の前に座らされる。


 そこからは速すぎてほとんど見えなかった。


 詰襟をゆるめられると何処から出したのか温かい布で顔と首もとを丁寧に拭き取られた。


 何かとろっとしたものを顔や首に塗り込まれ、うぶ毛をかみそりで剃られ、櫛で髪を結い上げられる。


 耳が隠れる程度の長さの髪をどうやれば結えるのか、ロザリアの手元が見えないのでわからないが左右の耳の前に1束髪をのこしたアップスタイルができあがった。


 鏡で頭部を眺めてみると葉っぱの形をした銀色の髪飾りまでつけられている。



「凄い………ちゃんと女の子になった気がする。」


「リクさんは、とても可愛らしい女性ですわ。ご自分にお手入れをする暇がないだけです。

 そして、貴女のように可愛らしい女性に出迎えられることでどれほど男性が勇気をもらえることか、その目でご覧になるといいですわ。

 さあ、本日の締めくくりにお出迎えに参りましょう。」



 ロザリアとともにライルの部屋へと向かう。


 空気が震える音が響く。


 疲れているのかその場にどっかりと座ったじいちゃんと、ひと息『ふぅ』と、ため息をついたライル。


 ロザリアが冷たい布を銀のトレイにのせて用意し俺に頷きながら渡してくる。


 をやれと。


 ぐ…っ、こうなりゃ恥ずかしいけどもうやるしかないっ!


 1歩前に進み出てライルに差し出す。


「ぉ……おかえりなさい、……ませ……っ

『ご主人様』。」


 ライルが俺を見て停止している。口をぱくぱくさせて。


 何を言おうとしてるのか、もう少し近づくと俺の差し出した布を受け取るライル。見ると真っ赤な顔をしている。


 な、んで、ライルが……照れてるんだよ?



 ライルは顔を拭くふりして口元を隠しながら言った。


「ただいま……リク。」


 ──ぶわっ

 血が耳の側から頬まで一気に昇る音がした。


 赤くなってしまった俺の耳にライルが囁き追い打ちをかける。


『お手柔らかに頼む。リクが可愛らし過ぎて身が持たないから。』










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