第14話 こわいのは

 ライルへのを何とか済ませたその日は夕方になる前に転移で家に送ってもらった。


 畑みてくか?って聞いたら今日の気力では難しいとか言ってそそくさと帰って行った。


 俺たちはやはり気になるので畑の様子を確かめる。追加で撒く水を用意して苗木たちのもとへ向かった。


「うぁ、伸びてる。」


 茶の実から出た二葉は、なんと新たな二葉の間に芯芽が伸びている。太さはないが10cmほどの長さになった。


「うへぇ、陸。見でみろこれ。」


「わ」


 わさわさと風で揺れる音がするほど、葉の数が倍になってる。どの苗木も発育は良いが、池の泥と魔石を与えたものが同じくらいに増えていた。


「大変だ、水撒かないと土の水分無くなる。」


 慌てて水やりをする。茶の実だったやつにもたっぷりと。ものすげえ育ち盛りだから土の養分も水分も減り放題だろう。


「じいちゃん、普通の茶樹ならやんないとこだけど成長すげえから堆肥追加する?」


「いや、慌てて余分にくれすぎて根腐れ起こしたら大変だすけ、このままでいぐ。

 まぁだ植え替え1日目だ。おらだぢも腰を据えてかからねばねぇな。朝夕の水やりだげはしっかりとするようにする。無理に新しくすることはねぇ。正当のやり方をこの樹に合わしてやるぁんさ。」


「うん、わかった。竹モドキの確保を急いでやんないと。乾かして加工して……間に合うかな。」


「明日からの訓練のときライルに一緒に行ってもらって、竹モドキ取って風の魔法だか火の魔法だかで乾かしてもらうようにするさ。なぁに、そこまで終われば蒸籠は3日とかがらね。焙炉用の細けぇ籠を編むのも最初は小っせえの作れば一週間でなんとかなるさ。」


「一週間……かぁ。うん。そのくらいで収穫時期になってもおかしくないよな。」


 腰の高さまで普通はそんなに早くは育たない。でもこの苗木達なら十分考えられる速度だ。


 そっと葉に手を振れてみる。頑張って大きくなったせいか朝よりツヤがないような気がした。


「ホントあんまり急ぎすぎないでくれよ。お前たちは大事な苗木なんだ。枝や葉が成長に追いつかなくて病気になったら、心配だからさ…………。

 元・茶の実のお前もだぞ。土の外が良いところだって解ってくれたのはいいけど急ぎすぎると茎から折れ易くなるからな。

 朝夕しっかり水飲んでゆっくりお日様浴びるんだぞ。」


「あ~あ、そんなに喋りかけだらまだ伸びるんでねぇが?」


「今あんまり急がないようにって言ってだとこ! ほら、じいちゃんっ明日の準備あるから家入ろ?」


 夕陽が差して畑の土が金色に染まる中、じいちゃんの背中を押して家に向かった。


 頬を撫でるそよ風を感じながら、後ろの苗木たちを思うと笑みがこぼれる。


 きっとまたこのそよ風で、葉を揺らしてうなづいたように見せているんだろうな。







 。.:*:・'°☆。.:*:・'°※。.:*:・※。.:*:・'°☆






『ああ、わかった。細々しいことはヨウジと相談して行おう。リクも明日は慣れない訓練だから今日も早めに休むといい。』


 リクが『ビー』と名付けた魔道具で明日ヨウジとの訓練がてら薬草の精製器具につかう素材を集めて欲しいと知らせてきたので返事をした。


 窓から羽ばたいて遠ざかる白色が夕陽で朱に染まるのを見送る。


 リクの声を聞いて少し払拭されたはずの精神的疲労感がまた湧いてきて、数分前と同じくふたたび執務机に突っ伏した。


「はぁ…………。」



「ぼっちゃま、辛気くさくなるからもうため息つかないでください!」


 リクたちを送って来てから今まで幾度となくため息をついていたためか横で書類を纏めていたジョシュアが堪りかねた様子で言ってきた。


「わかりますよ? なにから突っ込めばいいかわかんない感じですから。

 ただね、必要な策は講じて、やるべきことももう決まってるんですから諦めてあのお二人の支援に徹してくださいよ。

 いつまでもそのざまではこっちのやる気も削がれるんですっ!」



「ジョシュア、ぼっちゃまはリク様たちとのことでため息をついているわけではありませんよ。

 諦めるべきはやんごとなき方への報告を何とか無かったことにしてやり過ごせないかという甘い考えです。

 ───良い加減腹をお決めなさいませ。」



「ああ……わかっている。だからこそ陛下に謁見の申請は先程出した。……出したのだ。」


 我ながら煮え切らない態度でいるのはわかっているが、何より苦手なのだ。あの方が。



 エィドゥム=デメトゥール=ジオ=ハレノア


 まだ皇太子であらせられたころからハレノア皇国の外交に携わり経済、物流についても明るく特に魔法や薬についての知識は学者も舌を巻くという多才ぶり。


 即位されたあとも名君の誉れ高き皇帝陛下は私より歳が上だが、まだ28歳と若い。


 辺境伯になってから謁見の機会は度々あるがなんというか研究対象を観察するような纏わりつく視線を毎回向けられる。


 そして息つく間もない程の問いかけに曝されるのだ。


 薬や魔法に並々ならぬ興味がおありの陛下に今回の回復薬についての報告をすると言うことは強力な魔力攻撃の集中砲火を浴びに行くことに等しい。


 


 皇帝陛下は皇国にとってためにならないと判断した場合、虫も殺さぬような優しい顔で一切の躊躇なく処分を下すことのできる御方だ。


 リクとヨウジには火の粉がかからないように万全の対策をとるつもりだ。


 高速の問の中でリクたち2人の情報を辿られないように注意しつつ、回復薬についての効果上昇条件の発見という最低限必要な報告を済ませること。


 その困難さを思うとため息が止まらない。


 皇帝陛下との謁見がかなったとして早くても5日後。


 外交関係の日程がお忙しい上、皇帝陛下がおわす宮殿周辺には直接『転移』が使えないように結界が張られているため必ず馬車での移動となるからだ。


「しかたがないですよ。報告しなかったら大変ですから。嘘のない程度にふわっとお話しすればいいんですよ。ね?」


「ジョシュアのように軽く話せるほど饒舌なら良かったのだがな……。」


「ぼっちゃま。このように軽々しく回る舌は無くとも良うございます。

 ───ぼっちゃまも、今日は早めに休まれてはいかがですか。」


「ああ……、そうしよう。」


 暫し棚上げして明日は肉体労働に切り替えたほうが精神的に良さそうだ。



 *:.…*:.…*:.…*:.…



 翌朝、転移で丘の上の家に向かう。


「やぁ、おはようリク、ヨウジ」



「おぅ、おはようライル。」

「おはよう、ライル。」



 2人はすでに朝の畑仕事も朝食もすませたという。

 リクはワンピース姿で、ヨウジは以前の採取に向かった時と同じ服装で待っていた。


「さて早速これから屋敷に転移する。リクはロザリアの指示で動いてくれ。

 ヨウジは私と武器を整えて森へ行こう。必要な素材を集めたら森を抜けたところに草原があるからそこで鍛練しよう。」


「うん、わかった。」


「ライル、マジックバッグ持っていぐか?」


「いや、前回は採取のついでだったから使うことができていたが今回は私が魔法で『収納』しよう。しまったものも緩やかに時間は経過するが大量に入る。かまわないか?」


「んだば、ばっちしだ!」


 答えるヨウジは満面の笑みだ。量を多く確保できるのが嬉しいらしい。


 近づいてきて私の袖口の布をつかんだリクは、戸惑いがちに言ってきた。


「ライル俺さ……、転移したらもうメイド見習いだから、言葉遣いも変えないといけないんだ。こうして気兼ねなく話すのは今だけだよな。

 めっちゃ恥ずかしいけど、ライルのこと屋敷では『御主人様』って呼べってロザリアが言ってたから……さ。」


 余程恥ずかしいらしく頬を仄かに赤くして、上目遣いのリクが眼を潤ませて言う。


「俺がそう呼んでも……笑うなよ?」



 睨んでいるつもりなのかもしれないが、毎回こんな可愛らしさしかない表情で呼ばれるとしたら破壊力が強すぎてある意味恐い。



「あ、ああ。………もちろんだ。」


 口許が緩みかけたので咄嗟に手で隠し、顔を背ける。


「あぁ! いまもう笑ってるだろ! もうっ

 俺だって頑張るんだから可笑しくても耐えろよなっ!」


「すまない。……もう、大丈夫だ。」


 今度は私がしっかりリクの手を握る。


「───ォオイおめら、いちゃついでんでねぇ。そろそろ行がねばねぇ筈だろ? 」


 ヨウジの声がやや不機嫌になってきた。早く連れて行かねばなるまい。


『転移』


 転移魔法で心まで軽く浮き立つのは初めてだ。



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