第13話 ほうれんそう

 ライルの話によると、この国で信仰されているのは大地の神であるという。

 その神話に


『神は一粒の種に囁きかけて土に植えると大樹が育ち、その果実は飢える動物たちを救った。』


『神は果実のなる大樹の周りに豊かな緑を繁らせその番人としてエルフを生みだされた。エルフは植物の成長を司る力を与えられた。』


 というものがあるらしい。



 植物に関する魔法は魔物化した植物の召還くらいなもので、成長を促進するようなものは聞いたことがないのだそうだ。



「ああ、そういえば採取の時にヨウジは薬草の枝に向かって何やら誓いを立てていたな。『この腕にかけてきっと繋いでみせる』と……その後の状況はどうだ?」


 相談すべきか悩んでいたところにライルが笑顔でサラリと暴露した。


 じいちゃんも話しかけてたんじゃないか!


 と、すると苗木の根っこ逃げ出し事件の原因はじいちゃんが呼びかけたからということかもしれない。


 茶の実は、まぁ俺かもしれないけど!


「あ、──……そだな。苗木はまぁ、順調だ。」


「……じいちゃん、」


 思いあたったようで、適当に返事をしているじいちゃんにこそっと耳打ちする。


『まだ不確定要素が多いところでこの話して大丈夫かな。』


『雇い主との報告・連絡・相談ほうれんそうは基本でねえか、おらだぢではどうにもならねさ。』


 確かに。雇い主に黙っていて対処しきれないでは目もあてられない。


「あの………ライル、実は薬草の苗木な。順調過ぎてもう畑に植え替えしたんだ。根の成長が凄くてさ。

 どうも薬草にじいちゃんが話しかけて採取してきたのも急成長の原因かもしれないんだ。」


「な…………っ、は?」


 目の前のライルが美丈夫にあるまじき表情を晒して固まった。




「あと……あとな、俺……日本からじいちゃんが持って来た薬草によく似た植物の種に魔石の粉を溶いた水をくれてから『顔出してみてくれ』って話しかけたら、ライルの魔道具で声聞いている間に芽が出て二葉が開くっていうことが今日あってさ。

 これってどんな魔法だろうって聞こうと思ってたんだけど………どう思う?」



「ど、ど、どっ……どどどう!?」


 ライルが狼狽えすぎて耕運機みたいになってしまった。


「ぼっちゃま、この部屋には事前に遮音の結界を張っております。取り乱しても問題ございません。」


 ロザリアに言われて我慢するのを諦めたライルが遠慮なく取り乱す。


 立ち上がり、座っては頭を抱えて、また立ち上がりうろつき、そして叫ぶ。


「どうしたらいいんだ!?!」


 この様を見せられてる俺たちも言いたい台詞だ。


「あ~……ぼっちゃま。ちょっと良いですか?」


「なんだ! ジョシュアっ」


「訳がわからない上に情報量が多く混乱されているのは良くわかりますが……。

 リク様方の戸惑いにも配慮して差し上げなくっちゃぁいけませんよ。わたしどもは慣れっこですがね?」


 ジョシュアに指摘されてライルが席に戻った。深呼吸をしてなんとか落ち着かせようとしているのがわかる。



「リク様もヨウジ様も魔力についての知識はほとんどお持ちでないのでしょう?

 ぼっちゃましか聞く人がいないから聞いているのに……ねぇ?

 すみませんね。わりと取り乱しやすい人なんでもう10秒ほどお待ちくださいね。」


「……お前ぇさんたぢもなかなか大変だなぁ。」


 やれやれとライルの再起動を待っていると、いつの間に淹れたのかロザリアがローストティーを運んで来てくれた。




「すまなかった。神話の話に似た現象が起きたと聞いて狼狽えてしまった。改めていうがそれは魔法ではない。

 当てはまるのは神やエルフの秘術だ。使い続けられるのかどうかもまだ解らないが、ますます2人の戦闘訓練に力をいれねばならんな。狙われないはずがない。こちらで出来ることは何でも言ってくれ。」


 ローストティーを飲んで落ち着いて答えてくれたライルに、じいちゃんが切り出す。


「やるごどは変わんねぇ。ライルに戦い方教わるのも陸がメイド見習いになって護身術習うのも、おらだぢが栽培つづけるのもな。

 別に追加でやってもらうことも大してねぇぞ?」


「そ、そうか………いや、しかし……。」


「そうなんだよライル。俺たちではわからない何か不思議な力が作用しているけど順調なんだ。恐いぐらいにね。これはまず報告だと思ってくれ。」


 混乱の沼からやっと這い上がった雇い主を突き落とさないようにゆっくりと話しかける。


「次に連絡だ。早い段階で俺たちの考える製法で回復薬を作る段階まで行けるかもしれない。ここまではいい?」


「わかった。続けてくれ。」


「俺たちの目指しているのは育てやすく、高い効能があり、お手頃価格で、美味い回復薬だ。特に最後は外せない。」


「味にそこまで……。」


「俺たちの目的は始めっから変わってない。まずは俺たちでライルに利益をもたらして借金を返済する事。次いでハレノア皇国の死亡率を減らし、国民全体の寿命を伸ばすこと。それなら毎日水の代わりに飲みたいと思えるくらい美味くなくちゃいけないだろう?」


 うんうんとじいちゃんが横で繰り返し頷いている。


「……回復薬を………。」

「「水の代わりに………。」」


 ライルの呟きにロザリアとジョシュアが続けた。冷静な2人にもカルチャーショックだったか。


「植え替えが早く済んだし葉の状態も良いからこれからどんどん育つよ。葉が一定量収穫できるようになったら試作品を作るつもりだ。」


 堆肥の条件を変えたもの四種類と堆肥無しのもので計五種類の試作だ。


 あの苗木の様子では成長速度が早まる恐れもあるから竹を使って蒸籠と焙炉モドキを作っておかなくてはならない。


「そこで相談だ。まだ試作準備にも掛かれてないし俺たちに費やす金も時間もかかる状態だ。

 それでも、今が大事な一歩目だからどうか最後まで見届けて欲しいんだ。

 俺も苗木には誓いを立ててるよ。『ずっと命を繋ぐから』って。飲む人みんなの元気が出るものを作り続けたいんだ。」


 たぶん今後も想定外の事が起きるかもしれないけど。そこは守りたいと思ってる。


「……わかった。なんというかリクに言われると上手くいきそうな気がするから不思議だな。」


「俺には魔力もほとんどないし、あるのはじいちゃんと培った栽培・加工についての知識だけだ。非力な分、めいっぱい足掻くしかないと思う。

 それに、考えてみたら不思議なできごとならこの国に来たときからずっと起きっぱなしだからさ。今さら不安になることもないかなって思ってるんだ。」


 ニッと笑ってみせるとライルはブッと吹き出し腹を抱えて笑い出した。


「ハッハッハッ……ッ──まったく、能天気というか、怖いもの知らずというか……ッ!」


「笑いすぎだし、いろいろ余計だな。

 ……まぁとにかくこれからもよろしく頼むよ。」


「ジョシュアにロザリア、お前ぇさんだぢには今後も世話になる。市場に出回るようにする時の販売のあれこれはおそらく丸投げだぁ。悪ぃけど頼むしかねぇ。

 陸に使った回復薬分の借金返しがてら、国の死亡率減らすってぇ話だからお前ぇさんだぢからしたら高望みし過ぎだど思うろ?

 ただ、おらはヴァンディさんの話ば聞いて『いける』と確信したんだ。損はさせねぇだけの利益とそんだけの期待がもてるってな。薬草の効能がまだまだ上がるからだ。」


「……まだまだ上がるとおっしゃいますのはなにか根拠がおありですのね?」


「はは……にわかには信じがたいお話のオンパレードで、ぼっちゃまでなくとも取り乱したくなってしまいますよねぇ。」


 2人ともしっかり聞いてくれているけどさっきからちょっと顔色が悪い。


「あの薬草は素直だよ。俺たちの思いに真っ直ぐ答えてくれる気がする。

 じいちゃんが摘み方変えただけで効能が上がったのもそのせいだと思う。

 優しくすればそのぶん優しくかえしてくれるんだよ。

 精魂込めて苗木から世話したら効能は間違いなくもっと上がると思う。もしかしたら瀕死の人を1瓶で完治できるくらいになるかもね。」


「あ~リク様……? ぼっちゃまがまた意識飛ばしそうなのでそのへんにしておいてくださいねぇ。」


 言われてよく見てみると2人以上に顔色の悪い辺境伯が執務机に突っ伏していた。


 作った回復薬にライルの肝っ玉強くする効果もつくといいなぁ。

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