第12話 いいはなしとわるいはなし
「急ぎすぎじゃないか?」
朝すっきりと目が覚めたから、素焼の鉢に植えた苗木の具合いを確かめに向かうと、思わずそう問いかけたくなるほどちょっと訳がわからない形になっていた。
根だし出来たどころか、鉢から根がはみ出している。
10株とも、それぞれ少しずつ形は違うがどうにかして鉢から根が逃げ出そうとしていると言った方がいい。すごいものは非常口のピクトグラムのようになっていた。
「じいちゃん……こんなん、俺初めて見たよ。」
「おぉ……まんずたまげだなぁ、早う畑ん中植えろって催促してるぁんだろうな。おらも初めてだ。」
こんなに早く成長するとは思わなかったから予定を前倒しして植え替え作業にかかる。
「さあ苗木たち、お待ちかねの引っ越しだぞ。」
土は耕してふかふかになっているが、堆肥は何がこの茶樹に適しているのかわからなかったので、4種類用意した。
竈の灰と、ライルの屋敷にあった池の泥、魔物の糞、小さな魔石、これを2株ずつそれぞれに掘った穴に入れ苗木を移し美味しい湧水をたっぷりとやる。
最後に残る2株は堆肥無しでどう育つか見ることに決めた。
ただでさえ元気な苗木なので間隔を広めに取る。
木札に堆肥の種類を書いて立てる。
俺たちが知りたいのは最も薬効が強くなる茶葉……じゃなかった薬草の栽培条件。そして最も良く育つ栽培条件だ。
元気な苗木だから水は追加で撒いてやろうか。
根のちかくに水をやると葉っぱがツヤツヤしている気がする。
「よしよし、ふかふかの土に入ったからたくさん栄養もらって、いっぱい葉っぱをつけらんよ?」
苗木につい話しかけてしまう。
「おお、久しぶりに聞いだなぁ、陸のおまじない。」
じいちゃんが嬉しそうに笑う。小さい頃良く茶畑に話しかけて笑われたなぁ。
茶畑にクラシック流す農園もあるんだから、こんなに自己主張出来る苗木にだったら話しかけてもいいじゃないかと思う! 気にせず続けた。
「逃げてもここよりいい土は無いよ、俺らがお世話するから元気に育ってくれ。良く育てば挿し木でずうっと命繋ぐからな。」
タイミング良くそよ風が吹いて、葉っぱがさわさわ揺れた。おお、うなづいて見える。
「あ、じいちゃん。前に植えた茶の実はどうなった?」
「………見で来い。」
じいちゃんが振り向かずに答えるからあまり良く無い状況なのかもしれない。
畝の高くなったところを見に行く。
「芽……、出てない。」
「日本のものでは駄目だったかもしんねのぅ……。」
じいちゃんはサラッと言うけど、ほんとは酷くがっかりしてるのが解る。
俺も残念だ。
茶の実もさ、じいちゃんに大事に守ってもらったんだからちょっと日本と違う土だからって、選り好みしてないで芽くらい見せてくれよと思う。
「じいちゃん、諦める前にもうちょっと試してもいいか?」
「水やりがぁ? まぁ……やってみれ。」
苗木用に確保していた小さい魔石がいくつか余っていたのでハンマーで細かい粒になるまで砕いて、魔力たっぷりの湧水に突っ込みかき混ぜて茶の実が植えられたところに両手で掬って優しくかけた。
俺はこの世界来るまで知らなかったけど、生き物には魔力があるんだってライルが言ってた。
魔石が魔力の結晶みたいなものならこれでも効果はあるかもしれない。
「周りから力分けてもらってさ。ちょっと顔出して見てみてくれよ。
土の上で魔石の粒と水が光に反射してきらきらしている。
普通の栽培ではありえなかった発想だけど、ライルに助けられたあとへとへとの俺が飲んだフルーティーな紫色の薬は魔力増強剤だと教えてもらった。
日本から来たものには魔力はほとんどないから底上げする必要があるのかもしれないと思ったのだ。
手を使ったのは思いが伝わると良いなと思ってやってみた。なるべく優しく水をかけていく。
芽が出ますように。
祈っていると、ビーに似た鳥型の魔道具が飛んで来て俺達の頭の上をくるりと周り、じいちゃんが立て掛けた鍬の柄の上に止まった。
薄紫の鳥が口を開くとライルの声が響く。
『リクとヨウジに紹介したいものがいるので昼過ぎに迎えに行く。転移で行くから驚かないように。』
「転移で迎えかぁ、あれ酔うんだよなぁ。」
「藤色のおめぇさん。返事届けでくれ。
『仕度しておぐ。家の方に
返事をもらった魔道具が飛び立つ。この子の羽の裏は濃いめの紫だ。羽ばたくと確かに藤の花っぽい。
生き物にしか見えないなぁと見惚れていると、じいちゃんが変な声をあげた。
「………でぁ?!」
上しかみていなかった俺の足元をみて、じいちゃんが目を剥いて口をあんぐりとあけている。
ゆっくり目線を下げると、小さな芽が土からちょこんと顔を出していた。
「───はぁ!?」
今ちょっと目を離しただけだぞ?
実は芽が出かかっていて、水をかけたから土が流れたという状態ならこんなにはっきりと二葉が開いている訳がない。
「………陸、さっき茶の実に顔出してみれって……おまじないしてだな。」
「いやいや、だからって………植物に言葉が通じたり──。」
……するのか──?異世界補正で?
「魔力だのの話だったらおらだぢには解らねぇすけ、ライルに相談するぁんが一番だろな。」
「………そうしよう。」
昼になり、じいちゃんと家で身支度を整えて待っているとふわっと空気が揺れて光と共にライルがやって来た。
「待たせた、いくぞ。」
さっき起きたことを質問したかったが紹介したい人とやらを待たせるのも悪いので黙って従う。
そのまま手を繋いで屋敷へと転移する。
内臓が混ざる感じは相変わらずだ。
「う゛ぅぁ、……あ?」
込みあげる胃の内容物をなんとか押し留め顔を上げると、目の前のおかしな光景に首をかしげてしまった。
ラッピングを施された袋を高く掲げたロザリアがいて、ちょっとぽっちゃりな金髪の男の人がその前に
どういう状況だよ。
「お願いいたしますぅぅっ、いま……今ひとくちぃぃぃ!!」
「許しません!!」
「ぁあ──……ロザリア。リクとヨウジに紹介したいのだが」
「「ぼっちゃま!!」」
ライルに声をかけられて流石に2人共姿勢を正す。小さくため息をついたライルが紹介してくれた。
「リク、ヨウジ、この者は仕事で長く留守にしていたが当家の執事だ。」
「お初にお目にかかります。ヨウジ様、リク様。ジョシュアと申します。宜しくお願い致します。」
さっき半泣きで跪いてたとは思えない優雅な所作だ。
「「あ、はい。よろしくお願いします。」」
状況に呆気にとられていたじいちゃんと一緒にお辞儀をする。
「さて、本題に入ろう。まずは掛けてくれ。これから話すことはリクとヨウジにとって良い話でもあり、ある意味悪い話でもある。重要なことなので信頼のおけるジョシュアとロザリアにだけは状況を知っていてもらう必要がある。」
いつになく真剣な様子のライルにソファに促され、腰掛けると話されたのはヴァンディさんから届いた情報だった。
じいちゃんが手解きした薬草の摘み方で作った回復薬はいままでよりかなり高い回復効果が得られたのだという。
横で聞いていたじいちゃんはしきりにうなづいていた。効果が高いのは何よりだ。これからの薬草採取も同じように行えば少ない分量で救える人が増える。ヴァンディさんの友達も助かったという。嬉しい話だ。
そして悪い話。
効果の高過ぎる回復薬の存在を目撃したものから噂が広まるとその製法を知るじいちゃんと俺の命を狙うものがきっと出てくるという。
そう簡単に効能の高い回復薬が出回ってしまうと都合の悪い輩がいるということだ。
「まあ、ちゃんと手をかけただけ薬効があるなら頑張り甲斐もある。逃げ足は……早いほうだし!」
怖いけど……せっかく回復薬農家として一歩踏み出せたところなのに、ここで諦めたりはしたくない。
笑ってライルに言うと横で黙ってたじいちゃんが口を開いた。
「……ライルよぉ。おら今のままでは陸を守りきれるかちっと心配だ。殺すつもりで来る人間は見だごどねぇがらな。採取に行く時みでぇに戦い方教えてくんねぇが?」
「もちろんだ。身体能力が高いヨウジはきちんと戦闘訓練をすればかなりの腕前になると思う。」
「よろしぐ頼む。」
じいちゃんは冷静に考えてくれている。
俺だって……守られるだけは嫌だ。
「リク様は護身術訓練をわたくしと行いましょう。」
顔に出ていたのか、ロザリアが声をかけてくれる。柔らかい微笑みを見るとちょっと泣きそうになる。ロザリアが続けた。
「農作業のない時やヨウジ様がぼっちゃまと訓練がある際にはメイド見習いとして辺境伯家に居ていただきます。お一人にならない方がようございましょう。」
「ありがとう……ロザリア。これからはロザリア先生だね。よろしくお願いします!」
立ち上がってお辞儀をしたら、フフと含み笑いが聞こえた。
「リクさん買い物の時よりびしびし参ります。よろしいですね?」
「お、お手柔らかに……。」
サポート体制が整っている。有難いことだ。俺もあの元気な苗木たちを立派に育てよう。
「あ」
「どうした、リク。」
「あのさ……ライルは植物に言葉って通じる?」
「無理だな。そんなことができるのは神話に出てくる神やエルフくらいなものだ。」
────……はい?
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