第11話 ほしかったもの 3
心の隙間が埋まった後とはこれほど能力に影響するものなのかと、驚いたのは家を出て間もなくのことだった。
数年間、鍛練していても一度も発動できなかった空間属性の魔法が発動したのだ。
これによって新たに『収納』と『転移』を覚えることができた。
使える魔法が増えると魔力量も増えるようで体が軽くなった。
受けられる依頼の幅が格段に広がり、冒険者ギルドでも声をかけられることが増えた。
同じ冒険者からパーティーを組もうと誘われもした。良く組むのはヴァンディ=クロードだった。
一緒に郊外の魔物を間引く依頼や荷物運び、ワイバーン討伐等様々な依頼をこなした。
パーティー名はリーダーのヴァンディにちなんで『赤髭』。冒険者のランクも次第に上がった。2年もすると高位ランクの仲間入りを果たした。
ひょんなことからドラゴン討伐に参加し、私が止めを刺したことから叙爵の話が舞い込んできた。
しかも男爵、永代貴族だという。
使者の話では王家の命は絶対だが、相応しくないとなれば爵位を剥奪することもあると聞いた。
いかにも平民上がりらしく、不良貴族になればいいわけか。家にほとんど居なかったあの頃の父の気持ちが良くわかる。
とはいえ、
「謹んでお受け致します。」
と、言わないわけにはいかなかった。
屋敷を構えることになりロザリアとジョシュアを改めて雇い入れることにした。
「ライルぼっちゃまぁぁぁっ!!」
胴回りの肉を揺らしながらジョシュアが駆けよってきた。
「お止めなさい、暑苦しい。」
ピシリとその横からロザリアが窘める。
「久しぶりだな2人とも、出来ることなら断りたかったのだが、ライル=ヴァルハロ男爵となってしまった。貴族らしくあるつもりは全くないが家のことを任せたい。よろしく頼む。」
「ぼっちゃま。このロザリア、今日という日を一日千秋の思いでお待ち申し上げておりました。どうか私が骨になるまでお仕えさせて下さいませ。」
「はは、私は相変わらず冒険者業との兼務だ。頼りきりになるが構わないか?」
「もちろんでございます。ただ最低限必要なことは兼務といえどもやっていただきますのでお心に留めおいて下さいませ。」
ひやりとした圧力を漂わせるロザリアを見ると一瞬体温が下がるが、こんなやり取りも久しぶりで頬が自然と弛んだ。
2人の能力は流石という他なく、周囲の貴族家からも新参ながら男爵家としていつの間にか受け入れられている状況が出来上がっていた。
そんな折、
『ライル、叙爵の祝いをしたいが顔を出しに来れるか?』
とアヴァロから声が届いた。
先日採取依頼があり、薬草の手持ちと魔石が大量にあったので手土産に持って行くことにした。
転移すると椅子から転げて口を尖らせたアヴァロがいた。
「全く、相変わらず心臓に悪い登場だな。」
「ご無沙汰していますアヴ兄。手土産に薬草はいかがです?」
「良いのか?! 助かるっ! ここに出してくれ!」
兄達とは定期的に会うようになっていた。
アヴァロは薬師の仕事を始めるために薬師ギルドに登録し、今は見習いランクなのだが材料が集められずに困っていたらしい。
「ライル、ひさしぶりだね。」
「ベセ兄、目元が随分とお疲れですね。睡眠はしっかりとるべきですよ? はい、土産の魔石です。」
「わっありがとう~! って、こんなにいいの!?」
ベセルスは付与術式を学び直しているところで、試行錯誤し実験の繰り返しで魔石が沢山必要なのだとか。
「ところで返済の状況は?」
借金については、父と母が払うと言っていたのだが、アヴァロとベセルスが自分たちの責任でもあるから払わせて欲しいと申し出ていたのだが……気になって聞くと2人はバツの悪そうな顔をしている。
「思いと実行することはこれほど違うのかと思い知らされるな。薬の材料を仕入れるのにも金がかかる。父の討伐報酬とはこれほど潤沢に家に注がれていたのだと今更ながらに気づかされた。」
「ホント僕たちデロンデロンに甘やかされてたんだなって思うよ。」
金の巡りなど考えもしていなかったのだから仕方がないが、雪だるま式に返済額が膨れあがってしまったのだという。
「返済について助言できるうってつけの男がいるではありませんか、一年契約で派遣しましょう。」
屋敷に転移し、当面の滞在資金をジョシュアに渡して状況を説明し兄達の屋敷にジョシュアを連れて転移する。
「ライルぼっちゃまっ、私のことをちゃんと一年後にはお側に戻して下さいよ!? 貴方以外の貴族の元では使用人の休憩に焼き菓子なんて出してくれないんですから!」
早速戻ろうとすると、ジョシュアに必死の形相で詰め寄られる。そんなに気に入っていたのか。
「わかった、わかった。兄達の返済業務さえ滞りなく済めば確実に一年で戻すから、頼むぞ。」
「そこは本気でやりますから、絶対ですからねぇぇぇっ!!!」
※。.:*:・'°☆.:*:・.:*:・'°。.:*:・'°☆
約束の期日になる一年間のうちに、ダンジョンの魔物が溢れそうになるのを止めたり、隣国との和平調停の最中に暗躍してハレノア皇国の第一王子の暗殺を目論む伯爵を力ずくで止めたりしていると男爵から辺境伯にまでなってしまった訳だが………。
ジョシュアの定期連絡の書類にも不備なく完了と書かれている。声を送るよりも目の前のバタークッキーを持って直に迎えにいった方が喜ぶのだろうか。
ローストティーを飲み干すと目の前にモスグリーンの布袋が置かれた。
ロザリアを見ると温かく微笑んでいる。
「ジョシュアの分のクッキーを用意しました。迎えに行かれるのでしょう?」
「本当に、全てお見通し過ぎてたまに恐ろしくなるな。」
袋を手に転移すると、涙目で両手を組んで祈りの姿勢のジョシュアがいた。少し痩せたのか腹の辺りの贅肉が減っている気がした。
横にはやはり椅子から転げ落ちてるアヴァロ。
「アヴ兄。そろそろ慣れてもいい頃かと。」
「無理をいうな。ジョシュアの迎えか?」
「ええ。契約完了出来たようで何より。ジョシュア、お前のほしかったものだ。」
「………っはぁ~この香りっ愛しのバタークッキーちゃんっ!!」
だらしなく頬を弛ませて袋に頬擦りするジョシュアを尻目にアヴァロに向き直るといつの間にか側に来ていたベセルスとともに私の前に跪いた。
「ライル=ヴァルハロ辺境伯閣下。単なる地主に過ぎなくなった私どもに過分なる御処置を賜り、感謝してもしきれません。薬師としての生活も軌道に乗りました。叶うならば今後は貴方様の臣下としてこれにあるベセルス共々仕えさせて頂きたく存じます。」
「は? 何かの冗談ですか?」
「ケジメだ、ケジメ!」
頭を下げたまま、ぶっきらぼうにアヴァロが言うとベセルスも続けた。
「返済もおかげさまでみるみる捗って、付与術式を刻んだ魔道具も売りに出せるようになったんだ。ジョシュアを派遣してくれたからだよ。だけどこんなにしてもらって僕たちは君に返せるものがない。だから……」
「臣下として命を預けようと?」
「「そう!」」
「断る!!」
「「何故!?」」
強く即答すると2人は揃って顔を上げた。
「やっと家族と気兼ねなく話せるようになったのに、私の息抜き処を減らさないでくれよ……頼むから。感謝の言葉のみ受けとる。容認するのは私が2人に敬語を遣わなくすることだけだ。臣下に下らせたりはしない。いいね? 2人とも。」
「は~、ぼっちゃま勿体無い。」
クッキーを愛おしげに眺めつつ食べていたジョシュアが口を挟む。
「臣下に加えたら間違いなく辺境伯家に利益をもたらせるお二人ですよ?
私の助言があったとはいえ破綻寸前から一年で黒字に持って行けたのはアヴァロ様とベセルス様の力が有能だったからです。いいんですか?本当に?」
「2人にはこれからも私の兄でいてほしいのだ。さあ、帰るぞ。ロザリアが待ってる。」
「ライル、また来い! 待ってるからな!」
転移しようとジョシュアの腕をつかんで浮遊すると、少し涙ぐんでアヴァロが叫ぶ。ベセルスは泣き笑いの顔で手を振っていた。笑って手を振り返し返事をした。
「ああ、また来る。」
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