第8話 かえしてみせる

 どっと疲れた俺とは対照的に、どこかすっきりした顔をして帰ってきたじいちゃんとライル。早速採取の様子を教えて貰い、あれこれ相談してるうちに夜になってしまったのでライルに転移魔法で送ってもらった。


 ぐっすり寝た翌朝。朝靄のかかる中、冷たい水で顔を洗い軽く体を伸ばす。

 昨日の話し合いで今日からは小屋作りを始めることになった。

 苗木を作るためには採取した枝から根が出るまで温度や日光を調節し育てる必要があるからだ。


 丘の家の裏手にある森にいくつかあった倒木をライルが風だか水だかの魔法でちょうど良いサイズに切ってくれた。


「ありがたいけど……ライル、ロザリアに怒られないのか? 書類いっぱいなんじゃないか?」


 笑顔で絶対零度のオーラを纏うロザリアは端から見ていても怖いので、仕事に戻るのが一番かなと思う。


「私は冒険者からの成り上がり貴族でね。正直なところ、書類仕事が多いと息抜きが欲しい。こういう作業がある時は遠慮なく頼ってくれ。ビーを使って呼んでくれたら可能な限り駆けつける。」


 ちっとも懲りていない様子の気さく過ぎる辺境伯は気軽に呼んでくれ、と念を押して転移魔法で帰って行った。


「魔法かぁ、便利すぎてだめになりそうだ。」


「ああ。使いどころは気を付けねばなんねぇ、特に茶葉に触れるような魔法の使い方は薬効に対しての影響がどうなっか分からのぅなる。」



 『トップスン』で店主のゼルさんに聞いた話をじいちゃんに伝えた。出来立ての方が効果が高いと知ることができたのはいいことだが、ある程度の量加工できるところまでまだ進みたくても進めないので追々考えるという話になった。


 茶葉の加工工程で一番重要な「蒸し」のところで壁にぶち当たったからだ。


 実はハレノア皇国では「蒸す」という調理法がほとんど浸透していない。(遠い国の調理法という認識しかないらしい)

 そのため蒸し器もおいそれと手に入らないことが分かったのだ。緑茶……俺たちのつくる回復薬に不可欠な道具なので素材を集めてイチから作るしかない。


 じいちゃんが森に竹っぽいのはあったというので小さめの蒸籠せいろを作ってみる予定。竹モドキはライルがまたちょっと息抜きしたい時に取って来てくれるという。


 揉みの工程に使う焙炉ほいろという台も無い。あれには和紙が必要なんだが丈夫な和紙が無い。


「無ぇなら近いのを作ってみる。竹あれば編んでさ、麦藁と編んだのと二重にして台作って、こまけぇ石ば下に敷いて焼いたら水かけて、じわっとあったまるように……。なんとかなりそうだ。」


 器用なじいちゃんは何でも設計図が頭に浮かぶからすごいと思う。


「竹なら俺が編むよ。指細い方がこまかく編めるし。」


「おお。せば、たのむ。」


 平行して苗木の栽培を行い、茶葉がもっと育つころまでには加工の環境を整え、本格的に手揉みの作業が出来るようにする。




 苗木とはいえ茶葉が手に入ったことが俺もじいちゃんも本当に嬉しくて、作業が山積みであっても気分は前向きだ。


 今後の予定について話しながら木材を畑の側に並べ、じいちゃんの指示のもと組み上げ簡単な小屋の下地ができた。日差しの調節と屋根の加工はこれからだが形ができるとイメージも湧きやすい。


 合間に採取の時の様子をじいちゃんが楽しそうに語るし、昨日ライルも友好的だったと言っていて俺はひと安心した。


「ヴァンディさんなぁ……強ぇけど気のいい熊みてぇな人だんさ。」


 ヴァンディさんとはどんな人か聞いたらそう答えるもんだから、余計に気になってしまった。そのうち会ってみたい。



「小屋はまずまず、肥料は充分。水の加減良し。風通し申し分なし。あとは……日よけかな。」


 腰に手を当て伸ばしながら小屋を眺めているとじいちゃんから声がかかる。


「陸、ちっとひと休みせぇ。ほれ、こご座れ。」


「じいちゃん器用だなぁ。作ったん?コレ。」


「木組みの練習してだら何となく座れそうなもんが出来たすけ、置いてみだ。なかなか良いろ?」


 背もたれこそないが、釘を使わずに作ったとは思えないしっかりした作りの椅子だ。じいちゃんが自分で言うくらいなのでかなりの力作に違いない。

 削って滑らかにしてあり手触りが良い。本当に器用だ。



「じいちゃん、日よけはどんなん使う?街の方で見た布はちっと高かったけど……。」


 昨日ただロザリアに連れ廻されているのは辛いので街の露天で売っている布の価格を調べていた。


「金かけ無ぇでも、森に行った帰りに背の高ぇ草を見っけたんだ。にするのにちょうど良ぃやづ。ライルが刈り取ってマジックナンダラいう袋に入れでいいって言うすけ頼んだ。材木切りついでにそごに置いていった草だな。少し干して明日編むか。」



 俺の知らないうちにマジックバッグを使いこなしているじいちゃん。


 使えるものは何でも使う。茶には妥協しない姿勢。そして息抜きに良いからとそんなじいちゃんに嬉々として使われるライル。

 もう、てのひらで転がされてる感がある。


「陸は楽しかったが? 街の買い物。」


「まぁ、大変だったけど……面白ぇかったかな。そうそう、ほうじ茶の店の店長さんとロザリアが実は良い雰囲気だんよ。お似合いでさ。」


 じいちゃんは俺が話すのをにこにこ笑って

「へぇ」だの「ほお」だの相づちを打ちながらよく聞いてくれている。


 俺はじいちゃん子だ。溺愛されている自覚もある。ちっちゃい頃から一度も俺の話を邪険に扱わない。

 職人気質で頑固なところもあるけど他の人の意見だってちゃんとよく聞いてくれるじいちゃんが大好きだ。


 ばあちゃんは俺が生まれる前に亡くなってたから詳しくは知らないけど、明るくいつも楽しそうでよく働く人だったと話すのを何度も聞いた。

 仏壇のばあちゃんの遺影を見ながらじいちゃんがクシャっと笑うのを何度も見た。

 本当に大好きだったんだと思う。


「陸は、婆さまに似でる。無理だげはすなよ。」


 じいちゃんが大好きだった働き者のばあちゃんに俺はよく似てるらしい。

 茶畑の前でかすりのもんぺ姿に茜襷あかねたすきで、はにかむばあちゃんの遺影は可愛らしかった。似てるといわれるとちょっと嬉しい。


「無理はしてねよ。こっちきてから毎日色々あるけど、楽しい。」


「みんな良い人だもんな、運が良ぃがった。」


 本当に。ライルに出会わなければ緑猿に切り裂かれて終わるところだった。


「俺、恩返しがんばるよ。助けてくれたライルにできるだけのことはしたいんだ。」


「……そうだな、おらも陸に負けでいられねな。」


 その後は二人で作業に戻る前に水分補給だ。

 小さめのかめに湧水を汲んできて、木の器で掬って飲んだ。柄杓ひしゃく今度作ろう。

 ふんだんに魔力を含んでいるらしいこの湧水はとても美味しい。喉をならして飲み、口のまわりの雫を手の甲で拭うと、茶畑になる予定の畑を眺めた。

 最高の条件がそろった土壌は明るい日射しの下で見るとかすかに煌めいて見える。


「よし、みんなの元気が出る茶葉にしよ。」


 小さく気合いを込めた。

 自分の生活もこの世界との折り合いもきっちりつけて、あのどっか抜けてる美丈夫辺境伯へ借金に大量の利子をつけて恩返ししてやるんだ。


 *:・'°※。.:*:・':*:・'°※。.:*:・'°※。.:*:・'※。.:*



『ライル、やべぇぞこれ。まじで効力が上がってやがる。』


 採取の日から数日後そんな声を乗せた魔道具がヴァンディから届いた。


 ヨウジの言った方法での採取をした薬草を回復薬に加工したものは従来の3倍近い効果が現れたというのだ。


 額から左目にかけてを負傷したばかりの親しい冒険者に試したそうだ。


 今までの回復薬ならば、ひと瓶の効果というと傷は塞がるが痕は残るもので、この場合左目が開かなくなる恐れがあった。高価であっても複数購入するしかないと腹をくくっていたらしい。


 しかしヴァンディが薬屋で精製してもらったばかりの回復薬を口に含ませ、傷口にかけたところ傷痕も残らず消えたという。たったのひと瓶でだ。


 自分の見たものが信じられないとばかりにヴァンディは興奮の抑えられない声で続けた。


『あれは今までの回復薬より確実に上級な代物だぜ? 信じらんねぇ、ほんの少し採取の手間を加えただけでよぉ。──とにかく今度礼しに行くから爺さんによろしく伝えてくれよな。』


 静かになった魔道具を前に眉間を抑えた。


「何てことだ………。」


 ヨウジとリクが作ろうとしているものはただの回復薬ではない。栽培可能な上、品質はおそらく最上級。

 しかも彼女らはそれをローストティー並みの手軽さにするまで流通させるつもりでいる。


「莫大な利益が生まれるだけではない。この技術を手に入れようとするものに昼夜狙われても不思議はない。……どう手を打ったものか……。」



「ぼっちゃま。」


 後ろで魔道具の声を聞いていたロザリアから声がかかる。


「どうした。」


「差し出がましいこととは存じますが申し上げます。

 ──迂闊にも程がございます。」


「なに?」


 無礼な物言いに振り返ると昔から逆らえない顔が見えて息を呑む。

 笑顔に冷たい空気をただよわせているロザリアはハキハキと答えた。


「薬草の栽培方法という未知の情報だけでも富を産むのは当然のことでございましょう?ヨウジ様とリク様は確かな知識と腕があるからこそ返済方法として回復薬の栽培、生産を行うと最初から明言した上で着手されているのです。今更狼狽えている場合ではございません。

 お二方の手で栽培方法やレシピが確立できたあかつきにはぼっちゃまに還元した上で公表し、ハレノア皇国民の生存率を上げるという壮大な計画まであるのですよ? それをいくら親しい相手とはいえ内情が筒抜け、しかも口止めもされていないご様子……。

 お二人を守ることに対しての対策がハチミツの飴に粉砂糖をまぶすほどに甘いと断言いたします。」


 ピシャリと言われて反論のしようもない。

 私はどこかでまだ二人がそこまでの技術を持つことを信じていなかったのだろう。

 そして楽観視してもいた。ヨウジの強さを見て安心してしまったところもある。リクにはその強さが無いことを初めて会った時に知っているのに……。


「そうか……迂闊なのは私だけだったのだな。」


「ご理解いただけたようでございますね。ただ、わたくしも長年ぼっちゃまにお仕えしていますので詰めの甘さは理解しておりました。

 勝手ながら既に護衛一名はお二人が利用された日から丘の家を外から警護するように配置しておりました。

 ただ実際対策としてまだ不十分と考えますので自衛できる技術をお持ちでないリク様には臨時のメイド見習いになっていただきます。先日の買い物の際にもその様に振る舞っていただきましたが所作には問題が一切ございませんでした。

 農作業の空いた時間は見習い教育と称してわたくしがお守りし護身術の指導も合わせて行いましょう。ヨウジ様とご一緒ならば影から護衛が常時お守りするのは続行といたします。

 ぼっちゃまには……やや不本意ではありますが息抜きを兼ねて、ヨウジ様の戦闘の手解き。リク様が屋敷に来る場合は転移での送迎くらいはしていただきとうございます。」


「あぁ…………私は助けられてばかりだな。もちろんその役割は喜んでやらせてもらおう。」


 思わず頬が弛んでしまったのを見てか、向けられた視線が一瞬鋭くなる。分かりやすくため息をつかれてしまう。


「ぼっちゃまは昔からの冒険者気質が抜けていらっしゃらないからこそ、いざという時に力でなんとかしようとされる悪い癖がおありです。

 類いまれなる武力を買われて辺境伯にまでお成りなのですからやることは山のようにございます。もっと周りのものに役割を振り分けて、先を見据えていただきませんと……。」


 耳が痛い。が、もっともな意見だ。

 ロザリアは頭の回転が早く、我がヴァルハロ辺境伯家において、下手な文官より有能。有事には戦闘に加わることもできる力量を備えている。人員配置の指示など一部の権限を任せているのは、私が強く信頼しているものの一人がこのロザリアだからだ。


「指摘の通りだな。この際、人材育成も兼ねて何人か雇うとするか。そうすればリクがメイド見習いとして屋敷に出入りしても目立ちにくくなるのではないか?」


「大変喜ばしい提案でございますが人材育成に携わる人員が不足しております。実行なさるおつもりなら執事のジョシュアをそろそろ呼び戻して頂きませんと。」


「ぁあ───……そうだな、そろそろ処理し終えるころか。」


「ジョシュアもようやく難役を終えることが出来ると喜んで戻ることでしょう。」


「兄達も母の呪縛から解放されることを望んでいたから協力的だったと聞いている。負債処理が済んでいるならいつでも呼び戻そう。」


「かしこまりました。───ぼっちゃま、リク様と先日買い求めましたローストティーと焼き菓子をお持ちしますので少しお休みください。」


「ああ、そうしよう。」



 ドアが締まると思わずため息が溢れた。


「あれから一年か………。」








 

 

 



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