第6話 しろうとくろうと

 その後ライルとの晩餐を楽しんだが、デザートが出てくるころ、数日後に研究用の薬草採取依頼を出す事にしようという話を聞いてじいちゃんが無茶なお願いをしだした。


 それは採取に同行し、あわよくば苗木の枝を採取させて欲しいというもの。


 当然、困った様子のライル。

 いくらじいちゃんがそこそこ強くても森には少なからず魔物が出るものだという。

 魔力が無くては魔物には敵わない。


 冒険者でもない素人のしかもご長寿枠の高齢者が迂闊に森に行くべきじゃないと思っているんだ。


 茶樹を育てるため苗木は枝から自分で吟味してイチから育てなくてはというじいちゃんのお茶農家としての思いもわかる。



『茶摘みは一芯三葉、赤子の手を握るように優しく』

 がモットーのじいちゃんからしてみれば、

 茶摘みに関してズブの素人に苗木は任せたくない。

 それはわかるけど、


「じいちゃん、でも……物凄くあぶねぇよ?」



 なぁ、とライルを見やる。眉間に皺が深く刻まれている。だめなんだよやっぱり。



「ヨウジの同行を認めよう………但し

『条件付き』でな。」



 まさかの返事に驚く俺と、喜ぶじいちゃんに対してニヤリと笑うライルの顔はイタズラを思い付いた子どものようにみえた。




 苗木採取にじいちゃんが同行するために、ライルから出された条件は三つ


 一つ、冒険者の作業を妨げないこと。


 一つ、最低限身を守ることのできる装備で行くこと。


 一つ、ライルも同行すること。


「いや……ライル、仕事はいいのか? その……、貴族の偉い人なんだよね?」


「辺境伯っていやぁ、国防大臣みでえなもんのはずだろう? 行ぐだけで周りのみんな恐縮して作業止まるんでねぇが?」


 傍らで話しを聞いていたロザリアが深く頷いている。

 ものすごく忙しくて当たり前だし、じいちゃんについてくる余裕はないはずだ。

 ロザリアの頷きも見えているだろうに、見えないふりしてライルは答える。


「魔物討伐に不可欠な回復薬の生産量を上げる為の取り組みなのだから十分に辺境伯の領分だろう?」


「───ぼっちゃま。そのように大義名分がおありならば、山と積まれた書類の決裁業務を後回しにしても良いとお考えですか?」


 呼び掛ける前の、すぅっと吸い込む息づかいとともに回りの空気から温度を奪う 圧。


 ロザリア──怖い。


「も、もちろん……ちゃんと終わらせてから行くさ。それに今回は知り合いの冒険者に指名依頼を出すつもりなんだ。だから私がいたほうが顔繋ぎになると思う。」


 あわてて取り繕うライル。つまり行きたくて仕方ないわけだ。


 遣り取りを見ていたら吹き出しそうになってじいちゃんに小声で話しかけた。


「なんか宿題まだやってないのに遊びに行こうとしてお母さんに怒られてる子に見えてきた。」


「ぶっ、……おらたちの雇い主はなんだか面白ぇ人だなぁ。」



 ようやくロザリアを説得出来たらしいライルが晴れやかな笑顔で振り返る。


「ヨウジ、作業は3日後だ。当日の装備について相談しようか。」


「おう」


「じいちゃん 俺、今回は大人しく留守番してるよ。魔物は懲り懲りだ。」


「ああ……陸、できればあのうんめぇほうじ茶の店ばロザリアに連れて行ってもらえ。いいか?ライル。」


「ああ、ローストティーの店か。2人とも気に入っていたしな。いいだろう。リクは他にも必要な服などをロザリアと買って来るといい。」


「いや、もう服は十分……「畏まりました。ぼっちゃま」」

 ロザリアが被せ気味に答えた。なんだか嬉しそう。


 自分が着せ替え人形よろしく試着させられる様を思い浮かべて冷や汗が浮かぶ。

 服は機能重視なものにしてくれるかなぁ。




 近づいてきたじいちゃんは俺にだけ聞こえるように言った。


『あの味を出せる腕のいい店だ、どうしても茎があの長さでねぇばならねぇのかが知りてえ。』


 肩をポンと叩くとライルの方に歩いて行ってしまった。

 

 やっぱり全然納得してなかった。偵察がてら行って来いということだ。


 じいちゃん実際、茶葉30cmに刈るとこ見たらケンカになるんじゃねえかなぁ。



 ※。.:*:・'°※。.:*:・'°※。.:*:・'°※。.:*:・'°※。.:


 『ライル、条件にはなっててもいざ目にしたら冒険者に食って掛かるかもしれない。じいちゃん暴れたら本気で止めてくれよ。』


 リクからしっかりと頼まれた採取日当日。


 私はヨウジと共に採取場所の森に向かう途中で依頼していた冒険者と合流する。


 今回指名依頼を出したのは昔の冒険者仲間であるヴァンディ=クロード。


 魔物討伐の腕は一流。採取依頼もこなし、今まで手掛けたどの依頼でも達成度が高い。


 無造作に切った赤毛、短髪のもみあげからつながる無精髭が四角い輪郭を際立たせる。眉の下の緑の瞳は思いのほかつぶらで、奴の人の良さが表れていると思う。

 背丈は私と大して変わらないが筋肉の厚みが倍ほども違う。


 近づく私たちに気づいてニカッと笑い分厚い手をあげている。


「よう、しばらくぶりじゃねぇか。」


 呼び掛けるその太い声に弾む響きがあるのを感じてニヤリと笑ってしまう。本当に久し振りだ。


「ああ、元気そうだな。依頼を受けてくれて良かった。ヨウジ、冒険者のヴァンディだ。」


「はじめまして、ヨウジです。よろしくお願いします。」


 いつもの訛りを我慢して深く頭を下げたヨウジを見てヴァンディが目を剥いた。


「いやいや、堅っ苦しいのは嫌いだから砕けた態度で話してくれよ? 俺はこいつと違って貴族でもないんだ。」


 襟足のあたりを掻きながら困ったようにそう言うヴァンディを見てヨウジは破顔する。


「そうがぁ、へば遠慮のぅしゃべらせでもらうがぁ。今日はむりむりついできて悪ぃぁんだども、まんずなんにもわがんねぇすけ面倒みでくれな。」


 ヴァンディが固まった。ヨウジの返答は訛りがきつくて伝わらないようだ。


「ヨウジ、悪いが……訛りすぎると私にもわからなくなるので加減して貰えると助かる。」


「ああ、わりわりぃ。思いのほか話しやすそうな人だったもんで安心したらつい。ヴァンディさん……冒険者の仕事を見学させでもらっていいか?」


「ああ、もちろんだ。」


 ヴァンディには事前に、ある程度ヨウジについての説明をしている。

 かなり遠方からの来客であること、回復薬の精製について研究していること、見た目以上に高齢であることなどだ。


 早速ヴァンディとヨウジと採取先に向かう。森のなかで足元も悪いが冒険者でもないのに私たちに危なげなくついてくるヨウジにヴァンディは驚いていた。


「マジか、これで魔力がほとんどないってのが不思議だぜ。実は隠れ住んでる元高ランク冒険者だって言われても納得するぞ俺は。」


「いやぁ、そだに褒められでもなんにもでねぇよ。ただ毎日畑にいただけの70歳の爺ぃさ。今日は何としても来たくて、こだに大層な武器持たして貰ってるだげでな。」


「まず普通はそこまで生きてねえよ。生きてるだけで奇跡の歳だぜ。それが魔物の出る森を早足でよぉ、」


 話していると虫型の魔物が羽音を響かせて此方にむかってくる。腰に下げた短剣と似たような体長のそれをヨウジはその辺で拾った長めの木の枝でいなして弾き飛ばす。


「───コレだもんなぁ。素人の動きに見えねえよ。」


 先日ヨウジと装備についての相談をした際、ヨウジが選んだ武器は短剣であったにもかかわらず、槍の取り回し方をしきりに気にしていた。頼まれて少し手解きしたが、それだけでこの動きは、確かに異常と言っていい。


「おらは、でっけえ虫を追っ払ってるだけさ。この国のことはよぐわがんねから殺してはまずい生き物が居るがもしんねぇし。退治する必要があるときは玄人プロのおめぇさんたぢに任せるんが一番さぁ。」


 にっこり笑う人の良さそうな老人は軽々と自分の背丈に近い木の棒を振り回して魔物を次々弾く。


 半ば呆れながら弾かれた魔物を処理する私とヴァンディはもうヨウジを老人とは思わないことにした。


 一時間程歩くと森の一部がひらけ、採取地にたどり着いた。


 回復薬の原料となる薬草は腰ほどの低い木である。


 1株ずつ木の枝が横に伸び、隣の木と間を置かずに群生している。

 冒険者が刈り易くするため一列ごとに歩く場所が作られており、遠目に見ると斜面の採取地は緑の階段のように感じることだろう。


 長年の採取で出来上がった形だ。近くに寄ると薬草の木の枝は不揃いに切られていて、庭園の樹木とは違う様子なのが見てとれる。


「────……っ!!」


 ヨウジは息を呑んで駆け寄っている。

 葉に触れて、呟いた。


「あぁ……。がんばったんだなぁ。大した病気もつがねぇで、みんなの命になってくれでんだ───無事で良かった、ありがてぇ。」


 生き別れの家族と再会したような台詞に呆気にとられている私とヴァンディを振り返りにっこり笑う。


「いやぁすまねがった、仕事始める前ぇにもうちっとだけ質問いいが? ヴァンディさん。」


「ああ、かまわねぇよ。」


「採取で使う刃物はナイフだが?」


「おう、そうだ。良く見て1本の木から最大5本までしか切るなって言われてる。」


「ああ、やっぱしそうだったんだな。これ見ておらが思ってたよりずっと大事に扱われでんのはよぐわがった。ただやっぱりおらの意地だと言われればそぉがもしんねぇけど………もうほんのちっとばっかし、この樹に優しくしてやりとぉなったんだ。挿し木で増やして、ちゃんと繋いでやりでぇ。」


「はぁ?! 増やせるのか!!?」


「い、いやヴァンディ。ヨウジは研究用に枝の採取したいと言っているんだ。栽培可能かどうかはまだ決まっていないぞ。」



 ヨウジの話に驚くヴァンディ。目線で余計な話をしないようヨウジを窘めるが気づいてないのか、わざとか視線を外している。


「たのむ。苗木の採取だけはおらにやらしてくれ、栽培できる可能性を広げるために、だ。」


 真剣に頼み込むヨウジにヴァンディは肩をすくめてみせる。


「つぅか、その並々ならねぇ気合い入りっぷり見て拒めるかよ。俺は普通に採取の仕事するぜ。苗木とやらは専門外だし任せる。

 で、──いいよな? ライル。」


「……仕方ないな。採取の仕事には口出ししないと約束できるか?」


「でぎる。」


「わかった………許可しよう。」


「ありがてぇ。この腕にかけてきっと繋いでみせるすけ、待っててくれ。」


 私にか、薬草の木にかわからない誓いの言葉を口にして腕まくりしたヨウジは手際よく作業にとりかかった。


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