第5話 どこでもおなじ
最初に屋敷に行った時も丘の上の家に行く時もライルの魔法での移動だったから町の様子は初めて見た。
馬車でライルの屋敷に向かう途中、見えた町は活気に溢れていた。
色々な果物や野菜、肉類の並んだ露店が見え、町を歩く人々の表情は明るい。
窓から少し見上げるとライルの屋敷とは反対の方向に尖った形の塔が見える。やや小さめな城のようだけど、あれはなんだろう。
「どごにでも宗教っつうのは在るもんなんだろうなぁ~教会だろ? あれは。」
馬車に乗って来てくれたロザリアにじいちゃんが訊ねるとにっこりと返事をした。
「ええ、ドリムの大聖堂でございます。」
「はぁ~……でっけぇなぁ。ライルだって貴族だろうに教会に屋敷のデカさ負けてんでねぇか──?」
「教会と皇国中枢の権力者は、ズブズブの関係ですもの。ふんだんに資金は注がれているのです。」
冷静な印象のロザリアが鼻で笑いながら毒づいた。
「ふ~ん、どこでも同じかぁ。もっと国のすみずみまで均等に金分けてたら、あっだにでけぇ教会立づわげねぇもんな。」
「……ヨウジ様は中央の上層部よりよほど聡明でいらっしゃいます。さぁ、ここから先は貴族の邸が多い区画になります。間もなく着きますわ。」
庶民らしい賑やかで活気のある街の様子からがらりと変わって、人が少なく道幅が広くなり立派な門や白い柵に囲われた庭園が見える。
「ライルってどのくらい偉い貴族なんだ?」
「坊ちゃまは辺境伯であらせられます。国の防衛の要ですわ。」
「ぅへぇ……そいつはまた……難儀な仕事だなぁ………。」
色鮮やかな薔薇のアーチが見えてくると馬車が止まった。
改めて見ても立派な屋敷だが、どこか温かみがある気がする。
真っ白ではなくアイボリーを基調とした屋敷は実に見事な薔薇の庭園に囲まれている。
ロザリアに付いていき案内されたのは、いつかも通された客室だ。前と違って大きな机と地図が置いてある。
「やあリク、ヨウジよくきたね。ご希望の質問講義を始めよう。」
メイドのお姉さんに何やら色々運んでもらいライルはそう切り出した。
「おうライル、回復薬の現物と、加工前の葉あったが?」
「ああ、まずはこれだ。」
ライルが机にコトリと置いたそれは手のひらサイズのガラスの小瓶。透き通った緑色の液体が入っている。
「薬屋で手に入る一般的な回復薬だ。」
「ふぅん……入れたての茶の色だな。」
「うん。───ライル、これって飲んでもいい?」
「勿論、かまわない。」
「おらにも、ちっとばかし味見さしてくれ。」
ロザリアがティーカップをふたつ持ってきて、回復薬の小瓶の中身を少しずつそれぞれ注いで渡してくれた。
こくり───。
鼻に抜ける清涼感、舌の付け根に強く感じるはっきりとした渋みに、かすかな甘味。
そしてこれが薬効なのだろう。冷たいものを飲んだのに喉が温かくなり、体の隅々まで広がる。
朝から体にあった鈍い筋肉痛と、久しぶりに手のひらに出来たマメが、跡形もなく消えた。
「すんげぇ効果だが……味はひっでぇな、渋みが強え。」
じいちゃんが正直に言う。
味については完全に同意だ。
「製法についてだが、葉を粗めに砕いて乾燥させ煎じるだけだ。」
「生で砕いてるのか、蒸さないで──……そりゃ渋くもなるかな。」
「くぁ~っもったいねぇのぉ。葉にもう薬効があるんなら手揉みにせぇばきっと美味くなるぁんだがな。」
製法の段階でもうじいちゃんは改良点が見えているようだった。
ライルが続いて原料の茶葉を見せてくれたが、その形状を見てじいちゃんが震えだした。
「こっだにっ……刈りすぎだ!」
30cm以上はあるだろうかおそらくナイフのようなもので斬りつけて刈り採ったのだろう。
「じいちゃん、落ち着いてくれ。ほうじ茶に茎使うって言ってたろ?たぶんそのせいだって。」
「だども、こんでは五番茶まで一度で終わりにすらんだが!?」
「森にあぶねぇ生き物がいて採りに行がんも命がけだすけしかだねぇっ、まず話ば進まねがら堪えてくれ! じいちゃんっ。」
段々ヒートアップしようとするじいちゃんを訛り混じりの早口で黙らせる。
「ごめん、ライル。続けてくれるか?」
どっかりと椅子にすわって腕組みするじいちゃんを横目にライルは説明を再開してくれた。
「あ、ああ。冒険者たちはこのサイズで採取するのが主流だ。
リクの言うようにローストティーの原料にもなる茎と回復薬になる葉をより多く一度に採ろうとしているのだと思う。
群生地はいくつかあるが、刈り尽くさないように採取の依頼を受ける冒険者に対しギルドから説明がある。私も以前は冒険者を生業にしていたから間違いない。」
「回復薬を上質にするための条件は、なんかある?」
「いや、採取してから間を置かずに納品することくらいだ。
採取の際にこのマジックバッグが貸し出される。
バッグの中に物を入れると入れた状態で時間が止まりバッグの見た目より物品が入る便利なものだ。」
「そいつは大したもんだなぁ。」
「うん、みんな欲しがって返さなくないか?」
「マジックバッグは一つで貴族の乗るような馬車2台分の値段だ。手が出ないさ。それに持ち逃げすると、手練れのギルド職員に血祭りにあげられる。」
「「ぉお……そりゃ、おっかねぇな。」」
次にライルにこの国の通貨を見せて貰うことになった。
日本の硬貨と比べると形が荒削りな印象だ。
金、銀、銅、それぞれの金属をそれぞれの決まった型に流し入れて冷やし、取り出す際に叩いて落とすから歪みも出るのだそうだ。
「小金貨、銀貨、銅貨、通常の取り引きで使われる範囲の硬貨がこれだ。回復薬は、さっきの一瓶で銀貨6枚が相場だ。
銅貨10枚で銀貨1枚、銀貨10枚で金貨1枚。そしてこれが大金貨。
小金貨10枚で大金貨1枚だが、高価な武器や防具、宝石などの取引でしか出回らない。
さらに上に白金貨があるが1枚で大金貨100枚分の価値だ。私の家にもない。」
銅貨1枚で買える物は屋台で売ってる果実水一杯だけだというので、まぁ百円相当だと思う。
そうすると銀貨1枚で千円、小金貨1枚が一万円、大金貨1枚が十万円で高価な武器や宝石相当。白金貨1枚で一千万円。
そりゃあほとんど見ない通貨だ、と納得する。
わりと物価の感覚は日本に近いようだ。
「これは色味さえ似せれば簡単に質の悪ぃ通貨作ったり出来んでねぇか、偽造されねぇのか?」
「ああ、偽造防止の魔法が付与されている。解除出来るのは王家直属の付与術師だけだ。」
「魔法かぁ~便利過ぎてなんともなぁ。この世の中じゃ魔力ってもんが弱ぇ人は、生きづらくなんねぇのか?」
「ヨウジ……貴方には本当に驚かされてばかりだ。
確かに、魔力の強い者ほど仕事の幅も優遇のされ方も違う。
ニホンでは魔法は使わないと聞いたが、生活はどうしているんだ?」
「どうって……魔法使おうにもつかえねぇしなぁ、ん~説明が難しいなぁ。陸」
「まったく不自由はないよ。日本だって昔は不便だったらしいけど。
色々なものを調べて、考え、教え合って工夫を凝らして誰かがそれを広めてくれて……そうして生活がだんだん便利になってきたんだと思う。」
「気になって仕方がないのだが、リクとヨウジは……どうしてそんな教養を身につけているんだ。」
「ああ、日本では早い人は0歳から教育がはじまるからね。
遅くても6歳には小学校に通うし、15歳までは教育の義務があるから。
国民全員が最低限の読み書き計算、歴史、自然についてのことを一度は習ってる。」
「な………全員だと!?」
「うん。そこからなりたい職業に合わせてさらに専門的な教育を受けるか、自分のなりたいものが決まるまでもっと総合的な教育を受けるか決める。家業を継いだり仕事を探す人もいるけどね。」
「自分で……教会に行って職業の適正を伺わないのか?」
「ぁあ……魔法がないから、神様への信仰心もここよりずっと低い。というか、日本では色々な神様が居ると考えられているから。どの神様を信じても、信じなくても自由だね。」
「そんなことが許されるのか………王は、王は何も言わないのか。」
「王はいねぇぞ。日本は国民の中から選ばれた者が政治をする。貴族もなしだ。大臣もぜぇんぶそこから選ばれる。」
そこまで聞いてライルは椅子にどさりと腰をおろした。顔色が少し悪い。
「私は……私は……興味本位にとんでもないことばかり聞いてしまった……。
王がいなくても民だけで成り立つ国───。
赤子や幼子のうちから教育が施されているなど考えられない。
恐ろしい国の住人と友になったものだな……。」
ライルの手は震えていた。あんまりカルチャーショック過ぎたのか。
俺はそばに行き、ライルの項垂れた肩に手を添えた。
「ライル、それでも日本は万能な国なんかじゃない。争い事や事故が常にあって、人も死ぬ。
俺の父ちゃんと母ちゃんもそうだ。」
ライルはゆっくりと顔を上げて俺の目を見た。その表情には驚きと戸惑いがある。
「リクの両親は………亡くなっていたのか。」
「日本には馬車より速い乗り物が色々ある。便利だけど、乗り物同士でぶつかると大怪我したり、死人が出る。
父ちゃんと母ちゃんは荷物を沢山積んだ乗り物とぶつかった。
燃えやすい積み荷に引火して爆発炎上、2人とも……爆発が大きすぎてほとんど体は残らなかった。俺が8歳の時だ。」
あの日俺はじいちゃんの家にたまたまいて、無事だった。慌てて駆けつけた時には僅かに燃えてる車の瓦礫しか見えなくて、泣きながら瓦礫に近寄った俺がふらついて倒れるのを庇ったじいちゃんが左腕に火傷を負った────あれからもう、8年経つ。
「何も特別なことなんてないんだよライル。頑張っていても、生きていたくても人は死ぬ。どこでも同じなんだ。
ただ、俺たちが回復薬を作ることで死ぬ人を少しでも減らせるなら……出来ることは何でもやりたいんだよ。」
ライルは立ち上がって俺の手を取る。さっきまでの顔色の悪さは無くなり、金色の瞳は初めて会った時と同じ輝きに満ちていた。
「情けない顔を見せてすまなかった。リクの思いは良く解った。今後もできる限りのことは支援する。」
「ありがとう、ライル。」
にっこり答えると目が潰れそうな眩しい微笑みが返ってきた。イケメンに耐性がないのでちょっと恥ずかしくて目を逸らすと、ジト目のじいちゃんと目があった。
「ぉう、ライルよぉ。じじぃの意見で悪ぃんだが、嫁入り前の娘に対してちっと距離が近ぇんでねぇが?」
掴んでいた俺の手を離してライルがたじろいだ。
じいちゃん、チンピラじゃないんだから下から半目で睨み付けないようにしようよ。
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