第4話 できることは
それはかなり魅力的な話だった。
日本の長寿の秘訣になることを教えるだけで貴族の客人として、生活費の心配もなくこの立派な客室に幾らでも泊めてくれるという。
異世界の国であるこのハレノア皇国のお金をびた一文持っていない俺とじいちゃんには有り難すぎる申し出だ。
「いや! ライルさん、それは駄目だ! おらは毎日欠かさず畑仕事せずには居らんねぇ! 身体が芯から鈍る。それに働かざる者食うべからずだ!」
「……なに!? ヨウジ殿は毎日休まず畑仕事をしているのか?」
「広い畑があったからな、世話を休むわげにはいかねぇ。
……まぁこんな事んなっておらの畑も触れないほど遠くなったわけだが、それでも畑の香りから離れる生活は耐えられんね。」
「ハタラカザル……とはどういう意味だ?」
「ぁあ、日本の……なんていうか心構えみたいなものなんですけどね、怠けて働かない人間は食事にありつけないぞという事をあらわした言葉です。」
「なるほどニホンで根づいた言葉か、もっともなことだな。
しかし……知識提供は仕事にはならないのか……、どうしたものかな。」
俺たちが気兼ねせずに働く方法をライルさんは考えてくれている。
この与えたがりな命の恩人にはもう少し欲があってもいいんじゃないかと思う。いいひと過ぎて不安だ。
俺は考えていたことを提案する事にした。
「ライルさん。俺、じいちゃんと一緒に回復薬の素になってる植物、栽培してみたいんです。」
「な───!?」
椅子から立ち上がり前のめりになる美形は動揺を隠しきれない様子だ。
「日本の『茶葉』というものと回復薬の香りはまったく同じなんですよ。
研究はもちろん必要だけど、もし同じ系統の植物なら俺とじいちゃんで育てられると思うんです。」
「……リク待ってくれ。
ハレノア皇国にとって……いや、他国であっても回復薬の栽培方法は誰にも解明されていない。
原料の薬草は必要な分だけ森から冒険者が採取してくることが定着している。
もしそんなことが出来てしまったら、回復薬の相場も常識もひっくり返ることになる──っ!!」
「誰にでも手に入れられるお手頃価格の回復薬があれば、死にそうな人がいても生きるためのあと一歩に手が届くんです。
危険な森に採取に行くことも減って、別の仕事に時間を使うことができますよね?」
実際のところ回復薬の原料採取をメインでやる冒険者がどれだけいるのかは俺たちではわからない。
少なくない数の冒険者の仕事の一部が減るが、森に危険な魔物がいるなら魔物を狩りながらの採取より魔物を討伐することをメインにする方が効率が上がりはしないだろうか。
「それは………しかし─────本当に、出来るというのか、ヨウジ殿も。」
「うちは代々続くお茶農家だからな、茶樹の栽培、茶葉の摘み取り、加工まで、茶に関しての事であれば何でもござれだ。」
そうだ、うちはお茶を作っている農家だ。
広い茶畑を有し緑茶から紅茶、烏龍茶まで幅広く加工もしているのだ。
栽培方法ならば他の誰よりも詳しいと自負している。
ただわからないと言えばこの世界特有の『回復薬』としての効能がどうして生まれたかだ。
それについてはライルさんにもいろいろ知恵を借りなくてはいけない。
「どうですか……? かなり時間はかかりますけど、うまくいけば栽培で得た利益はライルさんに、俺に使った回復薬の代金として戻るんです。客人扱いされるより俺らは自分たちの得意なことで働きたいと思います。
帰りかたのわからない今、ここで生きて行くためにはライルさんに助けて貰いながらになってしまいますけど……俺達に返済の機会をもらえませんか?」
頭を抱えていたライルさんが、ゆっくりと顔を上げる。
戸惑いと期待が半々といった表情だ。
「────……わかった。私も常識を変える覚悟をしよう。作業に必要なものがあれば何でも言ってくれ。」
「2人分の寝床と、畑にできる土地を───せばなぁ、まずこの部屋ぐらいの広さを貸して貰えて、あとはこの国のことを教えてくれたらなんとかなるど思う。な、陸。」
「うん。───ライルさん、俺たち魔力について全く知らないので、そのことも教えてください。
あと、すみません……ドレスうれしかったんですけど、これじゃ作業出来ないので最初に着てた服に似た作りの服が欲しいんです。じいちゃんのも。」
「任せてくれ。」
「あどひとつ、ライルさんおらのこどは『殿』なしで呼んでくれるか? 背中が痒ぐなる。」
目を瞪ったライルさんは、少年のようにあどけない表情で微笑んだ。
「リク、ヨウジ、ありがとう。これからは私のこともライルと呼んでくれ。」
こうして俺とじいちゃんは異世界で、
『回復薬』農家として始動することになった。
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窓から射し込む朝日の眩しさで目が覚める。
簡素ではあってもふかふかのベッド。
白一色のくるぶしまであるネグリジェから着替えるのは、襟口にリボンタイのついた生成り色のブラウス、茶色いベストにキュロットパンツ、まったく馴染みの無かった脛まである編み上げブーツ。
自宅のベッドから突然この世界に来ていた俺は靴もないし、魔物の攻撃で破けたせいで当面着る服もない。
ライルが用意してくれた比較的動きやすい服を着る。
「おはよう。陸、なんだぁ? 少年探偵団みてだな。」
「おはよ、ひとこと余計だ。しかし、いいなあ。じいちゃんは、もとの服そのまま着られて。」
日の出前に畑にいたじいちゃんは地震にあってそのままこの世界にきたため作業着に地下足袋という非常に動きやすい服装だ。
しかも魔物相手でもほとんど攻撃を受けていなかったので破けたりもしていないから正に畑に出る準備万端のスタイルだ。
ガルボの街の端にある丘の上に煉瓦造りの家があった。
畑もついていて、大きすぎず落ち着く作りだ。
ライルが昔の友人から預かって何年もそのままになっている家だという。
俺たちはそこを借りて昨日の夜から使わせてもらっている。
当面困らないだけの食料は先に用意してくれているし、寝具も新品。
畑用の農具も完備されていた。
ねぇライル、もう神でよくない?──
じいちゃんと2人で畑に出る。
いきなり茶畑ができるわけがないのでまずは土作りからはじめる。
昨日の夕方のうちにライルや、メイド長のロザリア──(「坊ちゃまを差し置いてさん付けなどなりません!」と強めに叱られた。)──からハレノア皇国の気候の特徴については教えて貰った。
1日の長さや一年の日数は日本と変わらず、一番心配していた四季はあり、年間通して一定量の雨が降る。
日本と気温も近いようだ。違うところは深い森や魔力が集まるところには魔物が出るということ。
木が増え過ぎてしまうと魔物が出やすくなるので人が世話をして育てる果樹などの場合も背丈を超えるほどにはしないのだという。
ガルボの街の横にはペトル川という川がありその支流が街の生活用水になっている。
なんと都合のいいことにこの家の脇にも小川が流れていた。
丘の上の畑は日当たり良好。土の水はけもいい。
遠くない位置に水源があるので水汲みの苦労も無いに等しい。
問題は……───
「じいちゃん、土の酸性度どうやって測る?あじさいでも植えよっか?」
「陸、バガだなぁ~じいのポケットがあるでねぇが。」
『じいのポケット』つまりじいちゃんの作業着の両胸と両腿の4つのポケットには茶樹の手入れに必要なものが大概入っている。
「土壌酸度計ぐれぇ、あるに決まってる。」
ニヤリと右腿のポケットから取り出し、手のひらサイズのそれを土に挿した。
茶樹を育てる土は酸性の方が望ましい。
もしアルカリ性なら土を酸性に寄せるため堆肥の他にも混ぜ物をしなくてはいけない。
しかも酸性過ぎては栽培する茶樹の根の成長を阻害してしまう。
土壌酸性度がわかるかわからないかで茶葉──この世界での回復薬の栽培が年単位で遅れる。
流石は北限の茶所の匠、たとえ魔物に襲われてもデジタル式の土壌酸度計が無事なままとか……茶に関して抜かりはなかった。
「………────め、でねぇが…。」
「ん?」
「
気温、水はけ、日当たり条件も。
茶樹にもってこいの畑だ………ハァ、…夢みってだぁ~。」
「すっげぇ……っ!──ぁ…じゃあ今日は?」
「軽く耕すだけだ!」
「やったあ!!」
およそ30坪の畑を2人で鍬で耕した。土壌の心配が要らないので今日は土を柔らかくするだけ。
俺たちにとってはかなり軽めの農作業だ。
太陽に似た天体が中天に来る頃までにはふかふかに柔らかくなった。
「回復薬のことをもっとライルにおしえてもらおう。加工前のものがあれば見せて欲しいし、通常の緑茶との違いがなにか解るかも知れないし!」
早速ライルのもとに向かおうとしていた俺をよそに、じいちゃんはそこいらから持ってきた棒っきれで1メートル四方の正方形を畑に書き、そこだけ畝を高く作った。
「陸、じいはな……前から試してぇこどがあって、これを採って来てたんだ。」
おもむろにじいちゃんが左胸のポケットから取り出したのは小指の先ほどの茶色い実が数粒入った透明な小袋だった。
「茶の実だ。……いつの間に、て……え?
うぢの茶畑のか?」
「そだ。茶はいまは挿し木がほとんどだが、これが実から出来るかやってみてぇ。」
「でもじいちゃん……日本の茶の実じゃ、ただの茶樹になるだけなんじゃ……。」
「だがもしんね、でもやってみてぇんだ……。この最高の土でどごまで育つか。何年掛かるかわがんねけども───。
もしただの茶ができてもおらたぢが作って飲めばいい。」
最高の畑で茶の実から作る最高の茶葉を、匠の技で手揉み茶にして飲む───。それは夢のように贅沢な話だ。
「俺も飲んでみたい!!」
俺が言うとじいちゃんは目尻をさげて、くしゃっと笑った。
少量の茶の実を畝に蒔いたあと慎重に水やりをし畑をあとにする。
じいちゃんと2人でライルやロザリアから生活に必要なことや今使われている回復薬について色々教えて貰うためだ。
貴族であるライルの屋敷からこの丘は遠い。家には俺たちが必要なことを聞くときのための連絡手段が用意されていた。
それは鈍色の鳥籠だった。インコに似た白い鳥が目を閉じたまま石のように動かず止まっている。
「ビー、頼むよ。」
声を掛けて鳥籠を開けると呼びかけられた『ビー』は目を開けた。
ラムネの瓶に入ってる青いビー玉みたいな瞳をしてる。
ちょこちょこと跳ねるように鳥籠から出ると大きく翼を羽ばたかせた。
羽の裏側だけ金色なので舞い上がるとキラキラ光って見えた。
「ライルに伝えて、『質問たくさんあるから今日教えて欲しい。』って。」
「あと『回復薬原物と加工前の葉も見たい』と言っといでくれるか?」
高く、ピィと鳴いた『ビー』は窓の外に飛んで行った。
ビーは生き物というより魔道具なのだそうだ。魔力の少ない人でも言葉を伝えるのに使うことが出来るという。
かわいいインコにしか見えないので思わず名前をつけてしまった。
30分ほどでビーは帰ってきた。自ら鳥籠の中に収まると嘴を動かしてライルの声で話し出した。
『回復薬と原料の薬草を準備しておく、質問講義のあとはせっかくだから夕食を一緒にとろうか。
リクとヨウジを迎えに馬車が今向かっている。そちらにつくのに2時間ほど掛かるが支度して待って居てくれ。』
土で汚れた顔や手足をお湯できれいに拭き、昨日もらったドレスに着替えた。
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