第3話 ごめいわく
途方に暮れていると、扉の向こうが騒がしくなってきた
数人の言い争う声が聞こえる。
「──ッだから、ちょっと話を聞いてッ!」
「ンめさんらの話はあどで聞ぐ、孫の無事ば確かめねどなんにぁんだ!」
「何て?! ───! ぁ、勝手にいかないでッ!」
扉が勢い良く開いた時、カップが倒れるのもかまわずに一番騒がしい声のもとに駆け寄っていた。
「じいちゃん!!」
こちらの姿を見てつり上がっていた目尻がさがった。
いつもの作業着姿、首に巻いた白いタオルに血がついていて、こめかみに少し擦り傷があるが元気そうだった。
「陸!! 怪我してねえが!?」
「俺は無事だ! じいちゃんは?! あだまから血ぃでてる! あの変な緑の猿にやられだんが?」
「ぃやぁ、鉈ば振り回したら追っ払えだんだども、回りすぎて転んでしもだんだ。まんず陸が無事で安心したぁ。」
「うん、うん、──よがっ……たぁ! ほんとにっ無事でぇ……っ。」
涙ながらに訛り全開で話しているとメイド陣と執事らしい格好の人が不思議そうにこちらを見ていて、その後ろから肩のあたりをさすりながら苦笑いのライルさんが現れた。
「ライルさんッ、ありがとうございました!
じいちゃんのこと助けてくれて。」
「リクに名前を聞いていて良かった。こんな歴戦の冒険者のような人だと思わなかったから正直驚いたよ。」
「いやぁわぁりがったなぁ。恩人とは思わにぁんだった。」
「………リク、申し訳ないがヨウジ殿の話し言葉でわからない部分が多いのだが……。」
「あっすみませんッ! じいちゃん、この人たぢ訛ってしゃべっと通じにぁんよ。」
「ぉお、そぉが! ………あぁ~では改めて、孫の陸を助けてくれてありがとうございました。村田 葉枝(ヨウジ)です。先程は失礼しました。本当に申し訳ない。」
急に訛りをなくして話し始めた様子にライルさんは一瞬驚いた顔をしたがその後心底ほっとしたように微笑んだ。
「いや、私も説明不足ですまなかった。」
じいちゃんも着替えと治療のため別室に行く間ライルさんは森での様子を教えてくれた。
※。.:*:・'°☆※。.:*:・'°☆※。.:*:・'°☆※。.:*:
屋敷から森に転移して程なく、警戒音を発してポワゾマアモが集まる様子を見つけた私は木の枝に飛び乗り下の魔物を見下ろした。
輪になり囲うポワゾマアモの中心で鉈を振るい寄せ付けようとしない小柄な男性の姿があった。
薄い緑色の変わった仕立ての服を着て首元に布を巻いている。
短い白髪頭であることからそれなりに年配であると確信する。
少し息が切れてきたのか腕捲りをする老人。その捲った袖の左前腕に古い火傷の痕があった。
間違いない。
剣を抜き足場にしていた枝から飛び降り声をかけた。
「助太刀しよう、ヨウジ殿。」
反応は顕著であった。
声を掛けられたことに驚いて振り返った拍子に木の根に足をとられて転倒してしまったのだ。
「イデぇ!」
直ぐ様、魔物の輪の中心に入り剣を一閃する。
ポワゾマアモの群は魔力の斬撃をうけて霧散した。
「驚かせてすまない。ヨウジ殿で間違いないか?」
「おら、確かにヨウジだが、おめぇさん誰だ?」
「話は後にしよう。不用意に声をかけたせいで無傷だったあなたに怪我をさせてしまった。一先ず治療に向かわせてくれ。」
肩に手を置き転移した。
屋敷に戻るが、老人は気分の悪そうな様子もなく、あたりをキョロキョロと見渡していた。
思えば、魔物相手に切れ味の悪い鉈を振り回して長時間闘うなど普通の冒険者でも難しいことであるが、目の前の老人は多少の息切れ程度でやってのけていた。
些か異常な胆力と体力といえる。
「リクは預かっている。危害は加えないから安心して───ッ!?」
「ンめ、まさか人攫いがっ?!」
私の腕をつかみ素早く懐に入った勢いのまま、背負うように投げられた。
受け身をとるが、そのままつかんだ腕を後ろ手に回され背中を押さえられる。
「陸はどごやった!!」
「ご、誤解だ! ヨウジ殿、リクは別室であなたを待っているッ!」
そこまで伝えたところでようやく力が弛み、背中から身を退いたが小柄な男はまだ完全には警戒を解かない。
「陸は無事だんだな?」
「ああ、無事だ。だから落ち着いて着替えと治療を受けてくれ。リクも治療を終えて部屋に居るんだ。」
メイドたちが薬や風呂場への説明をヨウジにしていく。と、ロザリアに話しかけられる。
「リク様のお召し物ですがどういたしましょう?」
ロザリアの手にあったのはリクが身に付けていた血の染みだらけの穴のあいた白い服だった。
それを視界にとらえたヨウジ殿は再び激昂し、メイドや執事を振り切って屋敷の部屋という部屋をあらためはじめ、現在に至る。
話しを聞いていたリクは申し訳なさそうにうつむきだした。
「………じいちゃんが、すみません本当にもう……。」
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私はライル=ヴァルハロ
ハレノア皇国辺境伯を拝命している。
ここ数年郊外のポワゾマアモの生息地では繁殖期に入ると被害にあう旅人や自殺志願者が必ずいるので今朝から見廻りをしていた。
身分を得て貴族らしい振る舞いや言葉遣いを身に付けてもやはり冒険者からの成り上がり者である自分にはこういった仕事の方が性に合っている。
早速、被害に合っていた少年を保護する。
魔力をほとんど感じずひどい怪我だ。瀕死と思われたのですぐさまたっぷりの回復薬で治療する。
酷く腫れ上がっていた顔が治ると可愛らしい顔立ちをしている。
変わった服を着ていて、まだ12~13歳に見えるその少年は「リク」と名乗った。
再び魔物が湧かないうちに屋敷に移動しようと立たせるがやはりふらつく様子があるので肩を貸す。
近くで見て自分の失敗に気づいた。
男のような言葉遣いではあるが
きめ細かな肌、
短くとも艶のある栗色の髪、
薄紅色の唇 長い睫につぶらな瞳
何より腕に当たる胸部の膨らみ
これは少年では、ない。
屋敷に到着してすぐロザリアたちに支度を任せた。
着替えと服薬が済んだころリク用に用意させた客室を訪ねると、
若葉色のドレスを着た可憐な乙女がそこにいた。
全くこれが少年に見えていたなどどうかしている。
言葉遣いは相変わらずだが、素直に思ったことが口にも顔にも出るのだろう。
コロコロと表情が変わり、何よりまっすぐ目を見て話す様子はとても好感が持てた。
リクはニホンという国の田舎町で祖父と二人で暮らしておりいつの間にかポワゾマアモの生息地にいたという。
何らかの事象に巻き込まれた場合、祖父も同じくこのハレノア皇国に来ている可能性があった。
そのことを指摘するとリクの顔色が悪くなる。
ついて来たがるリクを制し、リクの祖父ヨウジを探しに転移してからは更なる驚きの連続だった。
ヨウジは魔力をほとんど感じないにも関わらず、不思議な強さがあった。
押さえ込まれた肩がまだ少し痛い。
リクに聞いて驚いたが、ヨウジは70歳だという。
ハレノア皇国でも近隣の国でも60歳で既に長生きとみなされる。
40歳でも通じる動きを見せたヨウジがこの国でも数えるほどしかいない長寿であることに愕然とした。
ポワゾマアモの群を鉈一本で止められ、この私を素手で押さえ込める男の、どこが年寄りだ。
「リクの国ではヨウジくらいの歳の者が多くいるのか?」
「はい、じいちゃんはまだ若い方で、隣の山本さんなんてご夫婦でどっちも90歳超えです。2人で畑仕事してますよ?」
「────!! ……とんでもない国だな。」
いったいなにをどうすればそんなに生きて居られるのか。
着なれない洋服に落ち着かない様子のヨウジと、項垂れ申し訳なさそうにしているリクを前に私は追求したい気持ちがおさえられないでいた。
「坊ちゃま、リク様とヨウジ様のお食事の用意ができました。」
ロザリアの声で我に返る。
次々に運ばれて来る食事に戸惑っている様子だったが
「遠慮なく食べてくれ。」
声をかけると2人同時に両の手のひらをあわせて
「いただきます。」
と言った。何かのお祈りだろうか。
手づかみでも構わなかったのだが2人ともナイフとフォークを器用に使う。
田舎町に住んでいたと言うが食事の所作だけ見れば貴族のようだ。
「ごちそうさまでした。」
と合掌した後にロザリアが運んできた茶を飲んで、リクとヨウジは同時にふにゃりと頬を弛めた。
「うんめぇほうじ茶だなぁ、丁寧な仕事だぁ~。」
「はぁ……肉も野菜もうんまかったけど、これが一番ほっとする~。」
「ドリムの街で一番腕利きの職人が作るローストティーは人気でございますから。」
「へぇ、こごらでつぐってぁんだが?」
「……はい?」
「じいちゃん、訛ってる。」
「ぁ──…このへんで作ってるんですかね?この美味い茶は。」
茶についての説明をロザリアから受けているヨウジの傍らで急に表情を曇らせるリク。
途端にヨウジにすがり付いて耳打ちしだした。
「じいちゃん、ごめん、実は……………で……………だの──……─────!!」
それを聞いたヨウジも急に顔色が青くなりボソボソと何かリクと話していた。
そのやり取りを不思議に思いながらしばらく眺めていると、2人は挑むような表情で椅子から立ち上がり床に膝をついた。
「ライルさん。陸に使ってくださった回復薬の代金は働いて返します! どうか私どもを住み込みの下働きとしてここに置いてください!!」
「お願いします!!」
なんと床に手と頭をつけて平伏したのだ。
おそらく彼らの国で最上級の謝罪と願いを込めた所作なのだろうが、やられた方は居たたまれない。
『靴を舐めますから赦して下さい』といわれて足元に乙女と高齢の老人にすがり付かれるのを想像してもらいたい。
「そんなことを君たちにされるいわれはないッ頭を上げて席に戻ってくれ! 頼むから。」
平伏した2人になんとか席に戻ってもらい、何故そんな話になったのかを確める。
回復薬が高価な薬であるのにリクに大量に使ったことを気にしてのことだったが、曲がりなりにも辺境伯である自分が己の判断でしたことを無一文の2人に払わせる気は毛頭ないと説明する。
それでも申し訳ないといい募る祖父と孫。
「ではこうしよう、私の対等な友人として知恵を授けてくれないか? 長寿大国ニホンのやり方を。私はその知識と技術が知りたい。」
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