いろはにポテト

@underthetree

第1話 妻よけニンニクビーム

「あーさでーす、あーさでーす、あーさでーすよー」

人気アニメのキャラクター目覚まし時計の喋り方で僕の布団を剥がし台所にかけていく妻。12月も後半に差し掛かりようやく冬らしく毛布から出られない冷たい空気が部屋中に充満している。

「お湯……沸かしといてぇ……。」

「起きたらな!早よ立てい」

僕は朝起きたらブラックコーヒーを飲むと決めている。思えばいつからブラックコーヒーなんか毎日のむ習慣がついたのだろうか。小学生の頃自動販売機で「俺コーヒーはブラックなんだよね〜」と言っていた友人のYがとても大人っぽく見え、真似して飲んで見たがあまりの旨味のなさと舌へざらっとした感覚を残す黒い液体を嫌悪して約10数年。今はデスクワークに必須の相棒として飲む眠気覚ましとしてしか見ていない。

「今日の予定は?」

「今日はバイト……の、気持ちだよ!」

こういう時はシフトが入っておらず一日予定がないということだ。別に罪悪感があってストレートに言わないわけではない。ただふざけているのだ。

「あ、でも今日はバイト先のパートの人たちと忘年会する〜」

「珍しいなぁ、どこ行くの?」

「えーと、チンマンケンだよ」

せっせとゴミ袋をゴミ箱から出し、洗面所とシンクのゴミをかき集めながら口もよく動く。僕にゴミを出させるために玄関にスタンバイさせておくためだ。

僕は起きてからコーヒーを飲み、歯を磨いたら着替えてさっさと会社へ行く準備をする。いつも朝ごはんは食べないため、朝は短い時間でテキパキと動いて行く。その動きの延長線上にゴミ袋をセットするため妻は火曜日と金曜日はまずゴミ袋をせっせと縛るのである。

「はい!準備完了!いってらっさ〜いあなた〜」

上機嫌である。どうせ僕が家から出たらまた寝るのであろう、本当に羨ましい。しかし考えても見れば僕は妻を幸せにするために結婚したのだ。そして目の前の妻は本当に幸せそうで、僕の望みはかなっているはずなのに幸せすぎて羨ましくなってしまうのだ。これでいいのだ、と自分に言い聞かせながら今日も愛車で30分の勤務先の工場へ向かうのである。

 

仕事から帰ってきたのは20時で、いつもなら外から見える2階の角部屋(角部屋といっても一つの階に2部屋しかないのでどちらも角部屋)の窓から光が溢れているのだが今日は暗い。そういえば忘年会だったなと思い出す。妻が中華料理を食べている場面を想像すると、今日食べる予定だった僕特製のベーコンしか具がないオムライスを食べる予定だったがなんか寂しくなったので僕も外食をすることにした。

近くに味噌ラーメン屋ができたのでそこまで歩いて行く。歩いてラーメン屋に行くなんて大学生みたいでなんかいいなと思いながら夜の寒空の中仕事着のまま近くの自動車学校の裏にあるラーメン屋まで行く。ラーメン屋はオープンしたてで店の前には開店祝いの花が飾ってある。

「いらっしゃい!」

元気な髭面の兄ちゃんと高校生くらいの男の子が2人。しかし客はいない。大丈夫かなこのお店。

「ニンニク味噌ラーメン野菜増量ください」

「へい!毎度!!味噌ラーやさいっちょおぅ!!」

オープンしたてだからこんなに元気がいいのか、それともラーメン屋で働く人はみんな元気がいいのか。近所だししばらく通うことになりそうだから観察させてもらおう。

 

味噌ラーメンの汁で体があったまり、お腹も心も満たされた僕は家路につく。2階の部屋に明かりが付いている。

「おーかーえーりー。」

「ただいまー。酔ってるねえ」

「うーん、飲みすぎたー、って」

トロンとした目で出迎えた妻は急に眉間にしわを寄せしたから顔を覗き込み鼻をヒクヒクさせている。

「どした?」

「あんた!!ニンニク食べたでしょ!」

「バレたか。ニンニクび〜む、っは〜」

「うわっ、ぼぇえええ」

妻は夜になると僕に引っ付かないと眠れないらしいのだが、寝る前に本を読みたい僕は妻の相手を30分ほどして寝かしつけてから本を読んでいる。それだと睡眠時間的に問題があると感じた僕はニンニクを食べることで自分の時間を作っているのだ。妻はニンニクは好きだが口臭バージョンは嫌いらしく。今日も風呂に入ったら距離を50センチほど開けてさっさと眠ってしまった。

これが僕なりの夫婦がストレスなく快適に過ごすための方法だ。

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