第124話 死という紋章の先で、その作品は機能し続ける。



 裏側の世界、遠くの空に朝日が、ワタシとマウ、ウアを照らしていた。




「ウア……!!」





 城の屋上で、ワタシとマウは追い詰めたウアに、一歩、近づく。


「つくらなきゃ……ツクラナキャ……TUKURANAKYA……」


 うずくまって、同じ言葉を繰り返すその姿は、インパーソナルと変わらない。


 許せない……


 殺害して……インパーソナルを作ってきたウアを……許せないのに……

 なぜか、作品を生き生きと語るウアを見ていた映像を胸の中で再生すると、悲しいという感情がわき上がってくる。




「……ッ!!」


 ウアの背中まで近づいた時、マウは目を見開いて三日月の白目を出した。


「ウアッ……!!?」

「TUKURANAKYATUKURANAKYATUKURANAKAY……」




 ウアが持っていたのは……傘。


 そして、その足元には……スイッチの紋章!!




「KYAAAAAAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHA!!!」




 そのスイッチの紋章に!


 ウアが触れたッ!!!




「あっ!!!」


 マウが声をかけた瞬間、




 空から……雨が降ってきた。




「TUKURANAKYA……ツクラナキャ……作らなきゃ……そのために……」




 ウアは、こちらに崩れた笑みを浮かべて……!!


 バックパックの紋章に、手を当てた!!





「コワサナKYAッッッッッッッッ!!!」





 中から、ライターを取り出して……それを後ろに投げ捨てる……!!


 次に取り出したのは……


 またライター……




「イザホ! すぐに建物に逃げてっ!!」



 マウの忠告で、思わず呆然としていたワタシはその行動を理解したッ!!




「この雨……油だッ!! 教会の時と同じにおいだッッッ!!!」




 既に油でぬれていたワタシはマウを抱えて、すぐに引き返す!


 足元の油になんども滑りそうになりながらも、継ぎ接ぎの手足で踏ん張りながら!




 屋根のある扉へと、駆け出す!!




 !! 「ッッ!!」




 その扉が、勢いよく燃えはじめた!!


「イザホッ!!」




 ドアに手をかけた、ワタシの左腕が……!!!




 盾の紋章を包み込み、燃え広がっていく……ッッッッ!!!




「まさか……この場所全体を……!!!」




 ワタシたちが屋上に出てきた扉は、塔についている。


 その塔の上部には……バックパックの紋章……!!


 バックパックの紋章から、雨のようにライターを振らしていた!!!


 塔の向こう側は、既に赤く燃えている!!!




 ワタシの大きな左腕は、全体が炎に包まれ、胴体へと進んでいく……!!




 周りの炎が、油まみれの床を走り!! ワタシたちに向かってくる……!!




「すべてコワして……KOWASITE……ツクリナオシテッッ!!!」




 後ろを振り返ると……!!!




 ウアがワタシたちの目の前で、長剣を振りかざしていたッッ!!!











「ワタシを……作り上げるのおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォoooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO」




















 金属の落ちる音が、炎の音とともに落ちた。










 ワタシの左腕が、ウアの頬を殴っていた。









 ウアの持っていた傘が投げ出され、全身が油にまみれる。





「Y……」




 それとともに、頬に燃え移った炎が!!




 継ぎ接ぎの死体であるウアの体を、包み込んでいく!!!!





「YYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!!!??????」




 義眼映し出されているであろう、視界を覆う炎に恐怖するように、


 ウアは足を滑らせ、床に倒れる。




 瞬く間に全身に炎が燃え移るなか、




 ウアは……ウアという作品は……




「IYA!!! IYAA!! IYAAA A A A A A   !!!!」




 火葬の中で目覚めてしまった生き物のように、のたうちまわり……


 ワタシたちの後ろへと、移動していき……!!





「 A A A A A A A A A A A A A A A A A A A A A A A A A A A A A A A A A A A A A A A A A A A A A A A A A A A A A A A A A A A A A A A A A A A A A A A A A A A A A A A A A A A A A A A A A A A ――!」






 城の屋上から……転落した……








「ッ!!」




 炎で四方を囲む中、マウが耳を立て、ウアの落ちた場所を指さした。










「イザホッ!! あの場所から飛び降りるんだ!!!」











 ボクを信じて。








 ワタシを見上げるマウの目が、そう言っていた。








 ……疑うもんか。




 ワタシとマウは、相思相愛だから。








 ワタシという作品を作るための……大切な……愛する人だからッ……!!










 ワタシは小さな右手でマウを抱え、




 足をなんども




 なんども




 なんども




 なんども


 なんども


 なんども


 なんども

 なんども

 なんども

 なんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんども――!!




 滑らせながらも助走をつけて――ッ!!!



















 屋上から、遠くへ身を投げ出した。




 左腕から肩まで浸食していた炎の火の粉が、後ろの下方向へ、振り落ちていく。




 その落ちた火の粉の先は……




 火の海。




 城を包囲している炎が、ワタシたちを見上げていた。









「死にたくなかった」「死にたくなかった」「死にたくなかった」「死にたくなかった」「死にたくなかった」「死にたくなかった」「死にたくなかった」







 サバトの黒魔術団によって命を奪われ、紋章だけの人格となり、


 この【  章紋のトバサ  】の作品を構成する一部分として、


 無理矢理連れてこさせられた、人格の紋章たちが……




 炎の中から、同じ言葉をつぶやいていた。









 その炎の上を飛びこえていたワタシたちの、




 高度が、落ち始める。




 人格の紋章たちに、炎に道連れにしようを足を捕まれたように。









 その炎から飛び出してきたのは……








「クライさん……!」








 クライさんは、炎が届かない、雪の上で座り込んで息を整えはじめた。


 しかし、すぐにこちらを見てくれた。







 の先へと飛び超えた……ワタシとマウを!!








 ッッ!! 「はうっ!!」「イザホちゃんッ!! マウちゃんッ!!」




 クライさんの側で、ワタシはマウを抱えたまま倒れ込んだ。


 心地よい、骨折のワタシの紋章が機能し続けている音が響き渡る。




「……!! じっとしてて……!!!」


 クライさんはすぐに服を脱いで、


 ワタシの燃える左腕に、一生懸命服を押し当ててくれていた。




「イザホ、ケガはない?」


 マウが心配そうに、ワタシを見上げる。

 だいじょうぶだよ、両足の骨が折れたぐらいだから。その意味を込めて、小さな右手でマウの頭をなでる。




 クライさんがはたいて消してくれた炎。


 その痕……ワタシの左腕の一部に骨が見えるほど焼け焦げていること。

 ワタシの顔が……半分の肉を切られ、骸骨が露出していること。


 そんなことだって……どうでもいい。




 マウが、いてくれていること。


 ワタシの、作られた人格が、まだ存在していること。




 それだけで……いいのだから。









「…… A… …ア…  …    あ       …   …」




 聞こえてきたうめき声に、ワタシたちは炎に目を向けた。




「お  とう   さ ん   …     …  ?     お       か         あ  さ     ん    …    …     ?」




 炎の先から、こちらに手を伸ばす影が写っていた。




「    …    …だ      …   …       れ   ……    ? その     子…    …   」




 ……ウアだ。


 全身を炎に包まれていて……


 胴体に埋め込まれた紋章が、輝いている。


 ただひとつ、知能の紋章……


 脳みその形をした紋章だけが、欠けていて、


 赤く光っていた。


 その伸ばした手から肉のようなものが焼け落ち、骨のシルエットとなる。




「 どう   し て    …  …そ    こに        ……   わ     たし  が    い   るの    …   …     ? わた    しは  …   …    そのわ    たし   は       …     …      だ れ  ?」





 ワタシとマウ、クライさんは、ただ見つめるしかできなかった。




 知能の紋章による機能が止まっていく中、幻覚を見ているウアの姿を。




「 そ     っ      か     …      …    」




 燃え尽きていく、ウアの作品を。




「    あ  れ    は     ほんも  の     の  わ   たし  …  …     わたし      を  つく    っ  た     わ  たし   …       …         わた     し    は   …       …         きお       く       を  ひき  つ   い     だ         …       …      ほんも    の   の             わ      た    し  が       つ   く     っ    た      …          …                         つ      く        り   も            の       …     …                                     …                        …          」








 治療の紋章が埋め込まれた包帯のお陰で、ゆっくり歩ける程度に足の骨が治ったワタシは立ち上がり、マウとクライさんと顔を合わせてうなずく。




「出口って、この先……だよね?」


 ワタシたちの横にある獣道の先を、マウが指さす。


「自分たちが入ってきた方向とは逆みたいだけど……きっと、出口があるよ」


 そう答えて、クライさんは獣道の先に目を向ける。




 ワタシが歩き出すと、マウとクライさんも、後に続いてくれた。









 雪を踏みしめる音が、もはや懐かしい。




 その道は、山道だった。




 山道の先にあったのは……




 小さな小屋。




 ワタシとマウが、初めて裏側の世界に訪れた時を思い出させる、


 小さな小屋。




 その玄関の扉に埋め込まれていたのは、羊の紋章。


 クライさんがそれに触れて、吸い込まれていく。




 ……ワタシは、振り返った。




 ウアが作った城……作品は……




 ウアの記憶を引き継いだ作品によって、火の海に包まれていた。




「イザホ」




 後ろからの声に呼ばれて、羊の紋章の前に立つマウに顔を向ける。




「……帰ろう」




 ワタシはうなずいて、マウと手を握り、羊の紋章に触れる。










 【  章紋のトバサ  】









 その作品を背に、ワタシたちは鳥羽差市へと、帰って行く。










次回 第125話

11月25日(金) 公開予定

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