第103話 因縁に縛られた者と因縁に立ち向かう者
・イザホのメモ
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「やっぱり……そうか……」
サバトの面会室でマイクを握るクライさんは、認めたくなかったことを認めざるを得ないように、顔を曇らせる。
この現代の事件の犯人は……ウアさんだった。
「……昨日、ウアちゃんのお母さん……ハナさんが……マンションから飛び降りた……その時持っていた遺書に……ウアさんを止めるようにと……書かれていた……」
クライさんのつぶやきに、スイホさんは一瞬だけ目を見開いた。
まるで、初耳であるかのような反応だったけど……口は開かなかった。
「ねえシープルさん、スイホさんは昨日の件、知らないの?」
ワタシが持ち上げているマウが隣にいるシープルさんとホウリさんにたずねる。
「昨日は一晩中鉄格子の中にいたんだ。情報は取り調べを行った俺たちから聞くしかない」
「それにハナさんの訃報が、ヴェルケーロシニさんからアタイたちに来たのも、スイホさんの取り調べが終わった後でしたから」
クライさんは整理するように、深呼吸を行った。
「ただ……それだとひとつだけ……おかしい点がある……」
「ウアちゃんはすでに殺されている……ですよね? クライ先輩」
スイホさんに先に言われて、クライさんは一瞬だけ瞬きをする。
「そうだ……ウアちゃんは最初に殺されているはずだ……死体に紋章を埋め込んで……イザホちゃんたちに襲いかかって……」
「この時代なら、死体に生きていたころの記憶を紋章で再現できますよね?」
クライさんは口を閉じ、一瞬だけワタシに顔を向けた。
ワタシは
お母さまの要望がなければ……右手の元の持ち主であった、お母さまのひとり娘
……その記憶が引き継がれるはずだった。
お母さまのひとり娘がよみがえったように見える、存在になるはずだった。
たしかに、紋章という技術が認知されなかった昔の時代なら……人が生き返るのはありえない。
でも、今の時代ならあり得る。
この紋章の技術が発達した今なら……
記憶の紋章で、死体に記憶を引き継ぐことができる。たとえそれが本人自身ではなくても、その記憶は意思を持っている。生き返ったと表現する人がいてもおかしくない。
「でも……ウアちゃんの死体には、記憶の紋章が埋め込まれていなかった……」
「記憶の紋章は、ウアちゃんの私服に埋め込んでいます。マンション・ヴェルケーロシニが人格の紋章で自我を持っているのなら、ウアちゃんは自らの持ち主に魂を移したようなものでしょう」
「……」
クライさんが眉間に手を置いた後、マウが「ボクも聞いていい?」と手をあげる。
「ボクたち、裏側の世界でウアさんが殺されている現場を描いた作品を見せられたんだけどさ……結局、ウアさんを殺したのはスイホさんとテツヤさんだよね。ウアさんから殺してくれって、頼まれたの?」
「そうよ。あらかじめ、記憶の紋章に記憶を移してからね」
その様子が、裏側の世界で見た……ウアさんの殺害現場の絵画だったんだ。
「それなら、なんでわざわざ作品のように見せているの? どうして自らヒントを、見せていたの?」
マウの質問に、スイホさんは鼻で笑った。
「こっちが聞きたいわ……“作品を作るため”……ウアちゃんはそれしか言わなかった」
スイホさんは、ウアさんとの出会いを話してくれた。
10年前、スイホさんの母親が理事長を務めていた大学を買い取った阿比咲クレストコーポレーション。その件で関わった弁護士……ナルサさんの姉を……スイホさんが殺した日。
買い取りの件で納得のいかないまま学生生活を送っていたスイホさんはその日、弁護士に話を聞くことを決意。その自宅に向かった。
そして留守だとわかったスイホさんは、近所の人から行き先を聞き出し、辺鳥自然公園のキャンプ地へと向かった。
その時、コテージから何人かの人間が列をなして出て行くのを見かけた。
まるで、どこかに案内しているかのようだったけど……スイホさんはまだコテージに明かりがともっていたことから、気にすることはなかった。
弁護士は、自分の部屋にいた。
部屋にやってきたスイホさんがたずねてみると、たまたまトイレでこもっていた間にみんなが消えていたという。誰かが外に行ったまま帰っておらず、みんなで探しに行ったのだと思ってそのまま残っていたらしい。
「その判断は、今思えば集団遭難を防ぎ、連絡役として残るという意味で正しかったかもしれないわ。だけど当時の私は……その態度でさらに頭に血を上らせてしまったの」
そして、口論の果てに……スイホさんはその弁護士を殺害してしまった。
スイホさんはどうすればいいのかわからず、数時間も部屋に残り続けた。
だけど、いくら待っても他のキャンプ客は帰ってこない。スイホさんは、弁護士の死体を引きずってコテージを後にした。
「森の中を、行く当てもなくさまよっている中で……私は彼に出会ってしまった」
小さな女の子を抱えた……羊頭の大男……バフォメット。
そのローブ、そして頭部には、赤い液体で染まっていたという。
スイホさんは、逃げ出した。
引きずっていた死体を、その場に捨てて……
「その後、あの人はバフォメットに殺された人物として、ニュースとなった……自分でもよくわからないまま……うまくバフォメットになすりつけた……
ナルサさんと付き合い始め、卒業も迫ってきたころ……
当時の瑠渡絵小中一貫校は、高等学部も存在していた。
スイホさんが当時小学生だったウアさんと学校内で出会うのも、おかしいことではなかった。
「ウアちゃんは見ていたの。あの時、死体を運んでいたのを……血だらけのバフォメットを見て、逃げ出したのも……抱きかかえられていた子供は、目を開いて私を見ていたの……!!」
知らされたくなければ、わたしの作品を見てほしい。
わたしが作ろうとしている……本当の傑作を作るのを、手伝ってほしい。
「その言葉に……逆らうことなんてできなかった……口封じに殺してしまう勇気すら……なかった……」
スイホさんはあらかた話し終えると、マウはワタシとクライさんに目を向ける。
「あの質問は……クライさんが言ったほうがいいんじゃない?」
「……」
クライさんは黙ってうなずくと、マウからマイクの席をゆずってもらった。
「スイホちゃん……ウアちゃんの居場所は……わかる……?」
「……いいえ、わからなくなってしまいました」
横でシープルさんとホウリさんが互いに顔を向けてうなずいているのを見て、マウは「ちょ、ちょっと待って!!」とふたりに向かって両手を出す。
「電流は流さないで!! スイホさん、ウソはついていないはずだよ!!」
「その証拠はあるのか?」
シープルさんの問いかけに、クライさんが振り返る。
「スイホちゃんは……ウソをつくときに……髪の毛を巻き付けるクセがある……昨日……イザホちゃんから……教えてもらったんですよ……」
本当は、ナルサさんだけが知っていることだったけどね。
そのことを昨日、裏側の世界から出た後の自動車の中で、クライさんに伝えていた。
「では……彼女はウソをついていないと?」
「ええ……その可能性が高いはずだ……」
クライさんは、再びスイホさんと向き合う。
「スイホちゃん……“わからなくなった”ということは……前まではわかっていた……ということだね……?」
「……」
スイホさんによると、ウアさんのいる場所は裏側の世界のひとつらしい。
ただ、その裏側の世界につながる羊の紋章は……ウアさん自身に持ち運ばれたという。
最初は廃虚になった旧紋章研究所の隠し部屋に、羊の紋章を埋め込んだスケッチブックの断片が置かれていた。
それが、スイホさんがウアさんの命令で、アンさんから押収した本……学校の裏側の世界につながる本を廃虚に持ち出した時に……消えていた。
無線の紋章で話しかけてきたウアさんによると、自分が持ち出したと答えた。インパーソナルに頼んだ……と。
「そういえば……スイホさん、阿比咲クレストコーポレーションの紋章研究所から持ち出した、紋章の道具って……結局あの廃虚にあったの?」
マウがたずねると、スイホさんはうなずく。
「ええ。隠し部屋に本を持ち込む際、一緒に移動させたわ。ちょうど、クライさんたちとともにリズちゃんの行方探しに付き合っていた時に……ね」
ふと、スイホさんは思い出したかのように一瞬だけ目を見開いた。
「そういえば、クライ先輩。あの紋章の器具……ちゃんと回収しましたか?」
「うん……昨日の裏側の世界……マウちゃんが囚われていた部屋から、ちゃんと回収したよ」
クライさんの言葉に、スイホさんはホッと一息ついた。
「……なんで安心しているんだろ。黒魔術団との取引の際に……通常の器具を購入する時間と費用を浮かせるために、紋章研究所から盗むようにテツヤさんに指示したっていうのに……それが見つかることを恐れていたのに……」
それ以上は、有効な証言は聞き出せなかった。
ワタシたちはこれからのことを話し合うために、1度面会室から出ることにした。
エレベータに向かう道中、鉄格子が並ぶ吹き抜けの空間は静まり帰っていた。
「……生きる都市伝説が、こんなところで顔を出していいのか?」
シープルさんは、奥のエレベーター前に立っている……この静寂の原因に向かって問いかけた。
鉄格子の向こう側にいる囚人たちは、みな怯えきっていた。
エレベーター前に立つ、羊頭の大男……バフォメットの姿に。
ワタシたちが近づくと、バフォメットは声の紋章で話しかけてきた。
「ワガムスメ……ソシテ……ソノ……ヌイグルミ……アノオ方ガ……呼ンデイル……」
それに対して、マウはこの吹き抜け全体に響く声で答えた。
「ボクはぬいぐるみじゃなーい!!!」
次回 第104話
7月31日(日) 公開予定
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