第37話 水彩画の街

・イザホのメモ

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「あれ? あなたたちはフジマルさんの……」

「……びっくりしたあ。テツヤさんもどうしてここに?」


 美術室の中、後ろから話しかけてきたのは、リズさんの担任のテツヤさんだった。


「実はここに忘れ物をしてきたんですよ。一応、美術部の副顧問で昨日はここに来ていたので」


 美術部……“部”ってついているから、部活動っていうものかな?

 マウから聞いた部活動といえば、スポーツのイメージしかなかったけど。


 テツヤさんは前の教卓に移動すると、その教卓の付近の机に潜り込んだ。


「えっと……たしかこの辺りに……あった!」


 そこから取り出したのは、200ミリリットルのペットボトルサイズのツボ。

 紫とピンクが混じった、怪しい色をしている。


「それって、テツヤさんの作品?」

「いいえ、買ったんですよ。なかなかいい買い物でした」


 テツヤさんはツボの中から布を取り出すと、大事そうに磨き始めた。


「そういえばテツヤさんって、オカルト好きだったっけ。なにかひかれるものとかあったの?」


 マウが興味があるように鼻を動かすと、テツヤさんは思い出すようにまぶたを閉じた。




「いやあ……あれは運命的だったな……訪問販売で買った悪霊をはらう小さなツボ。30万にしては安いと言えるほど、貴重なものだ」




「……」


 マウはあっけにとられるように、鼻をぴたりと止めた。


「どうかしましたか?」


 不思議そうに見てくるテツヤさんにたいして、マウは「い……いや」と首をかしげた。


「で、でも、それはいわゆるぼったくりなんじゃあ……」

「ぼったくり? ああ、たしかに効果を期待していたらそう言われても仕方ないですね。ただ、私は作った人の願いがこのツボには込められている。そう考えているだけですよ」


 最初に値段を聞いた時はびっくりしたけど……

 でも、本人が納得しているみたいだから、きっとだいじょうぶだよね。


「本当に願いをこめて作ったのかなあ……」


 ……マウはまだ納得していない様子で目を細めているけど。




「ところで……先ほど、ウアさんの絵を見ていたようですが……」


 テツヤさんは右手のバックパックの紋章にツボを入れると、ワタシたちの後ろを見た。

 そうだ、ワタシたちはこのウアさんの書いた鳥羽差市の絶景の水彩画に目を向けていたっけ。


「あ、うん。ウアさんの絵って、まるで写真のように奇麗だなって思っただけだけど……そういえばテツヤさん、どうしてこの絵にはタイトルがないの?」


 マウがたずねると、テツヤさんは絵を観賞するためのようにワタシたちに近づいた。


「ええ、単純な話です。まだタイトルを考えている途中だったんですよ。候補はいくつか挙がっていたみたいですけど」

「なるほどね……ところで、どんな候補があったのか、聞いたことある?」


 事件とは関係ないけど、たしかにワタシも気になる。

 テツヤさんは指でほっぺたをさすった後、鳥羽差市の絶景の水彩画に向かって口を開いた。




「イケンエ・ケルェヴー」




 ……え? 「はい?」


 もしかして……この鳥羽差市の絶景の水彩画のタイトルのことを言ってる?

 たしかに、マウにタイトルをたずねられて答えたのだから、タイトルのことを言っているはずだけど……


「えっと……本当にそういうタイトル?」

「ええ。私にもよくわからないのですが……本人はこれが候補の中で1番しっくりきているらしいです」


 ……なにかが一気に冷めてしまったような気がする。


「いちおう、他にも候補があるのですが……」




 テツヤさんが教えてくれた、ウアさんのタイトル案は以下の通りだった。


・ヴェルヴェル

・10カイカラノセカイ

・絶景ヴェルケー

・ヴケシェロニル




「いや、最後のブケシなんちゃら、なに語!?」


 まるで暗号のようなタイトルに対してツッコむマウさんに対して、「私にもわかりませんってば!」とテツヤさんは苦笑いをしていた。


「まあ、ウアさんのネーミングセンスは以前からいろんな意味でクラスで有名でしたからね」


 ふう、とテツヤさんは一息つく。




「でも、この絵の素晴らしさは、本物だとは思いません?」


「……うん。それだけは間違っていないね」




 ……確かに、タイトルがどうであれ、この絵の景色がすごいのは変わりない。

 作られてから10年しか経っていない、箱入り娘の人格が宿った死体という名の作り物フランケンシュタインの怪物でもそのすごさが理解できるのだから。




「ウアさんは、よく友達の相談に乗るなどして付き合い方が上手だけど、ちょっと引っ込み思案な子なんです。だけど、作品のことになると情熱的になっていた」




 ワタシは、生きているウアさんと出会ったことがない。


 なのになぜだろう。


 鳥羽差市の絶景の水彩画について教えられたことによって、


 まるで前から知り合いだったような気がしてくる。


 生きているウアさんが胸の中に浮かんでくる。


 今にも奇妙なタイトルについて語り初めてきそう。


 この左腕の持ち主であったウアさんの父親のことを、直接聞きたい。




 もうウアさんは生きていない。それはわかっているのに。




「あの子の絵は、アンくんを救ってくれた……それだけで本当に素晴らしいことです」




 ……?

 急に、アンさんの話になった。


「小学校の担任じゃなかったけど……もしかして、アンさんとは知り合い?」


 マウが疑問に思ったことをたずねてくれると、テツヤさんは口を手でふさいで、ちょっと恥ずかしそうに目をそらした。


「えっと……まあ、彼はウアさんの絵に興味を持っていたので、それを通じて知り合いました」


 それでも、どうしてアンさんの話を出したのかな……

 首をかしげていると、マウが提案したそうにこちらの顔を向いた。


「ねえイザホ、アンさんについて聞いておこっか?」


 ワタシは賛成という意味をこめてうなずく。

 いきなり話に出したのは気になるけど……それよりも、依頼対象であるアンさんについてなにか聞けるだけでもありがたかった。


「それじゃあ……テツヤさん、最近アンさんのことでなにか変わったことは……」


 その時、耳元からピピッと音が鳴った。


「……おっと、フジマルさんかな? イザホ、つないでみようよ」


 耳に手を伸ばすマウに向かってうなずくと、ワタシは右の耳たぶに埋め込んだ無線の紋章に触れる。

 この無線の紋章に触れることで、フジマルさんと連絡が取れるはずだ。

 フジマルさんが連絡してきたってことは……本当にアンさんが戻ってきたのかな?




「イザホ……! マウ……! 助けてくれ……!!」




 フジマルさんの声は、息を切らしていた。


 まるで、なにかに追われていた後のように。




 ワタシは思わず、黙ってマウと顔を合わせた。


「フ……フジマルさん!? どこにいるの!?」

「裏側の世界だ……! さっき、アンが戻ってきて……倉庫の裏で本を取り出し、自ら入っていって……思わずひとりで追いかけてしまったのが間違いだった――」




 その時、フジマルさんの小さく、そして驚いたような息の音が聞こえてきた。




「――! アン!!」




 それを最後に、フジマルさんの声は聞こえなくなった。




「イザホ!!」


 ワタシはうなずくと、すぐにマウとともに美術室から飛び出した。


「あ、あの、いったいなにが――」


 そばにいたテツヤさんがどんな反応をしていたのかも、廊下は走ってはいけないことも、今はどうでもいい。




 フジマルさんとアンさんは……裏側の世界で何者かに襲われている!





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