第35話 少年と黒い本

・イザホのメモ

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 4時間目の授業は、数学だった。


 廊下を走ってきたワタシたち3人は息を整え、教室の後ろで授業の内容を見学することにした。


 教室の前では、テツヤさんが黒板に数式を書いていた。


 その黒板から1番近い席を見てみると、リズさんが物理的な意味で頭を動かしていた。

 眠らないように頑張ってるんだ。




「ねえフジマルさん。ボク、てっきり解き方を聞いてから問題を解くってイメージをしていたけど……問題ばっかりだね。それも、応用問題ばかり」


 マウが授業妨害にならない程度の声でフジマルさんに声をかけた。


「この時代の生徒たち全員は、基礎は既に体に埋め込んでいるといっても過言ではない。それをどう活用するのかを、彼らは学んでいるのだ」


 基礎は体に埋め込んでいる?


「ああ……なるほどね」


 マウは納得したようにうなずいているけど……しゃがんでマウを見つめる。

 どういう意味なの?


「イザホ、キミも生活に必要な知識は紋章に埋め込んでいるでしょ?」


 たしかに。

 ワタシは作られて10年しか立っていないけど、おはしの持ち方や数の数え方は自然と出来ていた。

 知能の紋章に、生活で必要な知識は入れられているんだっけ。

 だから、学校に行かなくても必要な計算などは自分でできる。


「でも、どのように使うか、どのように生かしていくかは、実際に使って理解するしかないよね」


 ……あ、わかったかも。

 ワタシはスマホの紋章からメモのアプリを開いて、そこで記入したものをマウに見せる。


 生徒たちは既に紋章で知識を得ているから、その使い方を学んでいるんだ。


「たいへんよくできました」


 マウはハンコを押すように、その手でワタシの肩に触れた。


 ありがとう、マウ先生。

 ワタシはお礼にマウの頭をなでた。


 その様子を見ていたフジマルさんが人差し指を立てた。

 今から補足説明をしてくれるのかな?


「ここは私立学校だから、入学時に教科書一式を購入しなければならないが……その時、一緒に必要な知識を覚えられる“教科書の紋章”と呼ばれる紋章を埋め込むんだ」


 教科書の紋章……知能の紋章とは、また別なんだ。


「動物や物に知能を与える“知能の紋章”は、人間にはIQを上げる程度しか効果がないからな。それとは別に、人間に特定の知識を与えるのが“教科書の紋章”だ」


 フジマルさんからの説明に納得していると、マウが「これが教科書の紋章だよ」とスマホの紋章の画面に写真を映してくれた。

 4冊の本が本棚に並べるように立てかけられている形だ。


「ちなみに、教科書の紋章は知能の紋章を埋め込んでいるものであれば、動物や物でも効果があるよ。知能の紋章に入っていない難しい知識を覚えたかったら……」




「おっとマウ、我々の授業はここまでだ」




 フジマルさんが、小さく教室内の時計を指さした。


「あと20分で授業が終わる。そろそろアンの授業を見に行く時間だ」




 ワタシたちは、静かに3年1組の授業から立ち去った。











 北舎と南舎をつなぐ渡り廊下を通って、ワタシたちは北校舎へと向かい、階段を使って2階に降りた。


 北舎のクラスは数字で区切られているけど、小学生の組はアルファベットにすることで、中学生のクラスと区別するみたい。

 そういえば、南舎のクラスはどれも組を数字で表していたっけ。


・廊下の窓の外を見てみる

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 ワタシたちが4年B組の教室に訪れると、中にいた生徒が一斉に手を挙げていた。


 リズさんの教室とは違って、机は前に向けるのではなく他の人とくっつけていた。

 話し合いでもしてたのかな?


 教師に指名されて、生徒のひとりが立つ。

 どうやら国語か道徳の授業みたいで、なにかの物語の感想を言っている。


 大勢の拍手とともに、生徒のひとりは照れくさそうにしながら席に座る。


 それとともに教師は他に感想を言いたい人がいないかと声をかけて、再び生徒たちが手を挙げる。

 まるで張り切っているみたい。




 そんな中、ひとりだけ様子の違う子がいた。


 その子はうつむいて、なにかを書いている。

 まるで、他の人の話を聞かずに、必死に覚えようとしているみたいに。


「ねえ、フジマルさん……」

「ああ、彼がアン……波戸内 安ハトナイ アンだ」


 その子はTシャツにハーフパンツという夏を感じる服装に、おかっぱの髪形が特徴的だった。











 授業が終わると、他の保護者は一斉に教室から離れていった。


 放送では、ここの学校の食堂を開放するので、ぜひお子さんと一緒に食事を楽しんでくださいという放送が流れている。

 学校といえばワタシは給食を思い浮かんでいたけど、フジマルさんによると、ここの学校は給食制度はないみたい。


 生徒たちは、自分のお弁当を机の上に出す人や、食堂に向かおうと席を立つ人など、さまざまな行動を見せている。


 アンさんは……


 机の中から黒い本を取り出したかと思うと、教室から去って行った。




「イザホ、マウ、いくぞ」


 フジマルさんの声に、ワタシとマウはうなずいた。











 アンさんは他の人の目を気にしながら、早歩きで廊下を進んでいく。


 ワタシたちも、気づかれないように自然な形でアンさんを尾行していく。


 幸い、今日は参観日。

 授業を見に来た大人たちがたくさんいたから、ワタシたちも周りに溶け込むことで尾行がしやすかった。

 今回はアンさんに顔は割れていないからね。











 アンさんは、北舎と南舎の間にある中庭に出ると、そこからつながっている運動場に向かっていった。

 そのルートに、マウは首をかしげる。


「なんでわざわざ中庭から運動場に?」

「これは推測だが……運動場に直接つながっているげた箱では、誰かに会ってしまう可能性がある。上履きが汚れることについては、見つからなければ気にしていないんだろう」




 運動場にある倉庫のような場所。


 その裏でアンさんは辺りを見渡し、誰もいないことを確認すると、


 手に持っている、黒い本を開いた。




 一瞬だけ、本から緑色の光が出た。




「やあ! アン!」「!!?」




 フジマルさんが話しかけると、アンさんは驚いて手に持っていた本を落とした。


 本は、開いた状態で地面に落ちた。




 緑色に輝く羊の紋章を、空に向けて。




「……」


 アンさんは素早く本を拾い上げると、その本を守るように腕に抱き、ワタシたちをにらんだ。


「驚かせてすまない。会うのは初めてだが、安心してくれ。君のことはリズとウアからよく聞かされていたよ」

「……ウアお姉ちゃんと……リズお姉ちゃんの……知り合い?」


 フジマルさんの言葉に反応するように、アンさんの目が見開く。

 それに合わせるように、マウが前に出てきた。


「ボクたちはリズさんに頼まれて、キミの様子を見に来たんだ。それで、その本の中にある紋章は……」




 ……?


 なにか、聞こえてくる……


 後ろから、ガラガラと、音が近づいてきて……




「ぬおおっ!?」




 フジマルさんが前に豪快に倒れた!!




「フジマルさ……あっ!!」


 マウが声をあげたかと思うと、アンさんは一目散に逃げ出していった。


「イザホっ! 追いかけなきゃ!!」

「いや! だめだ!」


 ワタシとマウが追いかけようとすると、地面に倒れていたフジマルさんが顔を上げて制止した。


「今、無理にアンを追いかければ、校舎内で騒ぎになってしまう。それではリズの依頼の条件に反することになる!」

「あ、そっか……でも……」


 アンさんはもう、姿が小さくなっていた。

 追いかけても、今ではもう追いつけなさそう。


 地面に落ちていた黒い本も持って行ったのか、すでに見当たらない。




「とりあえず今は……彼に話を聞くしかない。そうだろ? “シープル”」




 フジマルさんのそばに散らかった、焼き印にブラシ、分厚い本、そしてそれらを入れていたと思われる、バケツ。

 このバケツがフジマルさんの膝に当たって、豪快に転けたんだ。




 ワタシたちの後ろにいたのは、ツナギを着た二足歩行の黒猫。


 立ち上がりながら衣服についた砂をはたき落とすと、フジマルさんを見て首をかしげていた。


「オイラがどうかしたのー? フジマルさん」





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