第31話 疑惑と手がかりと新たな依頼と
・イザホのメモ
【https://kakuyomu.jp/shared_drafts/qA9HwO9RxnEjJ0quFJwerwDPlrQB6cwY】
ワタシとマウが裏側の世界から出てきた先は、紋章研究所の資料室だった。
フジマルさんと合流したワタシたちは、いちど会議室に戻り、情報を整理することにした。
会議室では、スイホさんたちがイスに座ったまま戸惑ったように辺りを見渡していた。
睡眠薬で眠らされてから、先ほど目覚めたのだろう。
ワタシは席に座り、フジマルさん、スイホさん、クライさんの3人にスマホの紋章のモニターを見せた。
裏側の世界で撮っていた動画だ。
「そんな……そんな……テイさんが……!?」
3人の誰かが言葉を口にするよりも前に、テイさんの助手であるアグスさんがテーブルに肘をつき、頭をかかえた。
アグスさんには映像を見せなかったけど、3人の反応や流れてきた動画の音から察したのかな。
「しまった……アグスには、別の部屋にいてもらうべきだったか」
順序を間違えたことに眉をひそめているフジマルさんに対して、刑事であるスイホさんは首を振った。
「いえ、結局彼には、この動画を見てもらうべきですよ」
スイホさんは席から立つと、アグスさんの前に立つ。
「アグスさん……落ち着いたら、署まで来てもらえますか? お話を伺いたいのですが」
「……」
アグスさんはなにも答えなかった。まるで、聞こえていないかのように。
ワタシの隣の席に座っていたマウは戸惑うように身を乗り出す。
「ちょっと待って、アグスさんはなにもしていないよね?」
「いや、残念ながらアグスにはある容疑がかかっている。スイホたちを眠らせたストレートティーを提供したのは、アグスだからな」
「あ……そっか……」
フジマルさんの説明に、マウは言い返す言葉もなかった。
スイホさんは何も言わず、その通りという意味を主張するようにマウに対してうなずいた。
「あの……イザホちゃん……その動画……こっちのスマホに……送ってくれる……?」
クライさんが、右手を差し出してきた。
クライさんの右手にはスマホの紋章が埋め込まれている。
スマホの紋章は利き手の反対側に埋め込むのが一般的だから、クライさんは左利きなのかな?
ワタシはうなずいて、自分の左腕のスマホの紋章を起動させた。
そういえば、クライさんとは電話やデータのやり取りをしたことがなかったから、送り先に表示されていない……直接送信するしかないかな。
ワタシはスマホの紋章を操作すると、その左手の紋章をクライさんの右手の紋章に重なるように触れた。
互いのスマホの紋章を重ねることで、データのやり取りができる。本当なら握手するんだけど、利き手が違うから難しい。
「ねえイザホ、“アレ”もわたしておこうよ」
マウに話しかけるまで、ワタシは“アレ”の存在を忘れていた。
バックパックの紋章から、筆箱を取り出して、クライさんに差し出す。
「これは……」
「裏側の世界で拾ったものなんだ。もしかしたら、犯人の……」
そこまで言って、マウは黙ってワタシの顔を見る。
「……今、気づいたけどこれ……イザホの指紋、付いちゃってる?」
……たしかに、あそこでそっとしておいた方がよかったかも。
筆箱を拾った光景が胸の中でなんども繰り返していると、スイホさんが髪を人差し指に巻き付けながらこちらに近づいてきた。
「本来なら触れずにそっと現場を離れるべきだったわ。でも、その裏側の世界に戻れなくなった今では、結果オーライね」
ワタシたちが裏側の世界から出てきた羊の紋章は、資料室の本に挟まれていた用紙に埋め込まれていた。
ワタシたちがそれを拾い上げた直後、羊の紋章は魔力を失い、跡を残して消えてしまった。
これまで3回、裏側の世界を訪れたけど……出入り口である羊の紋章が消えなかったのは2回目の裏側の世界だけだった。
羊の紋章が消えるか消えないか……その法則があるとしたら、インパーソナルにされた死体の活動を止めたかに関わっているのかな。
裏側の世界から紋章を削ることで、入り口を閉じたと考えれば説明がつきそう。
何はともあれ、スイホさんの言う通り結果オーライだ。
もしもあの場所に置いてきたら、裏側の世界には戻れず、手がかりを置いていくことになっていたから。
「でも……これじゃあ……殺人事件として捜査は……」
小さくつぶやくクライさんに、スイホさんは顔を向ける。
「あくまでも失踪事件として扱われますね、クライ先輩。死体が見つからない上に殺害現場に足を踏み入れられないなら、殺人事件として捜査はできません」
クライさんの前のテーブルに置かれた筆箱に、「でもさ」とマウがスイホさんに話しかける。
「羊の紋章が関わっている以上、今日の裏側の世界での出来事もウアさん殺害に関係があるんでしょ?」
「ええ。テイさんの出来事は殺人事件としては捜査できないけど、関係があるものとして結び付けることはできるわ。この筆箱の持ち主が、事件と何らかの関わりがあればね」
マウはちょっと救われたと思っているように鼻をプスプスと鳴らしながら、ワタシに振り向いた。
「イザホ、失ったものはあるけど……裏側の世界に向かって正解だったね」
テイさんは、ずっと前から母親に会いたかったんだ。
そうじゃなかったら、あそこまで追いかけてくることはなかったのだから。
母親のために人生の目標を決め、母親を思う気持ちによって殺されたテイさん……
その行動は、ワタシでも少しだけわかるような気がする。
ワタシにとっての母親……お母さまは、ワタシにとって人格を与えてくれた大切な人だから。
それを、この事件の犯人は利用した。
だけど、怒りを覚えると言えるかどうかは、まだ自信がない。
人間の気持ちを利用するなんて、ワタシにはマネできない。
人間の気持ちや考えは、
犯人は、ワタシ以上に人間の感情を知り尽くしている。
少しだけ、犯人に好奇心という興味をもった。
その後、ワタシたちはスイホさんとクライさん、アグスさんと別れ、紋章研究所がある阿比咲クレストコーポレーションの本社から立ち去った。
時間帯は19時。
ワタシとマウ、そしてフジマルさんは、近くのアーケード街にある“スーパーマーケット・フルダ”の前に来ていた。
ここは昨日、マウとふたりで買い出しに来ていた店だけど……フジマルさんによると、今日はセールがあるらしい。
レジに商品を通した後、商品をバックパックの紋章に入れる作業台……サッカー台の前に立つ。
サッカー台のサッカーとは“袋詰めする人”という意味で、スポーツのサッカーとは関係がないんだって。
「ふう……いっぱい人が来ていたね」
豆腐の入ったパックをバックパックの紋章に入れながら、マウが豆腐売り場に目を向ける。
今日は豆腐が通常の7割の値段で買えた。
「ああ、たとえ3割引であっても、出費を抑えることができるのはありがたいことだ! 人混みの中に埋もれ、最悪売り切れで買えなくなるリスクを踏まえても、この機会を見逃すことはできない!」
「うん……だからといって買い占めるのはどうかと思うけどね」
フジマルさんのカゴには、豆腐が10パックほど入っていた。
「私は得することには目がないからな! 得を得られるなら、最大限利用する!!」
「別にどうとか言わないけど、賞味期限が切れたりしないの?」
フジマルさんは「豆腐料理を多く作れば問題無い!」と大笑いをして、マウは両手を挙げて首を振っていた。
ふと、誰かを見たような気がした。
「? イザホ、どう……」「……」
ワタシがサッカー台の近くに設置された、ひと休みをするためのベンチを指さすと、ふたりもその人を見て、黙っちゃった。
喫茶店セイラムの店長の娘であり、1人目の犠牲者であるウアさんの友達……リズさんが、背もたれに首をもたれて熟睡していた。
「う……ん……あ、フジマルさんに……イザホ! マウ!」
リズさんはワタシたちの顔を見ると眠い顔が吹き飛んだように飛び上がって、ワタシとマウに顔を近づけた。
「ねえ、調査は順調?」
「あ……まあ、今のところは行き詰まっていないけど……リズさんも買い物?」
マウがたずねると、リズさんはちょっと恥ずかしそうに白い歯を見せた。
「うん。お店の買い出し……やっぱり暗くなるまで寝ちゃってた。あははは……」
特に慌てている様子もないから、前にもなんどか経験があったのかな?
リズさんはスマホの紋章を素早く操作すると、すぐに立ち上がった。きっとリズさんの父親……イビルさんに連絡をしたんだ。
「それじゃあ、あたしはもう帰る……あ、そうだ!」
元気に声をかけてきたと思うと、一瞬だけ、リズさんはワタシたちから表情を隠すように床を見た。
「ねえフジマルさん……ウアを殺した犯人……必ず捕まえてくれるでしょ?」
ワタシはマウとフジマルさんと顔を合わせて、うなずいた。
リズさんは、もう知っていたんだ。ウアさんがすでに殺されていたことを。
明るく振る舞っていたのは、ハナさんのように悲しみを隠していたからなのかな。
「ああ……彼女を殺した犯人をなんとしても捕まえてみせるさ……!」
フジマルさんが力強く答えると、リズさんの表情に再び笑顔が戻る。
「それじゃあ……依頼、受けてくれる? ウアの友達が、なんだか様子がおかしいの」
――ACT3 END――
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