第18話 美術館は裏側の世界に
石造りの天井と、木製の戸棚、そして別の部屋に続く通路が視界に入った。
ワタシとマウ、そしてハナさんは、どこかの倉庫のような部屋で倒れていた。
壁際にある小さな窓は、真っ白な景色しか映していない。
ここは……裏側の世界で間違いない……
「ねえ、楽しんでくれた?」
!! 「この声は……」 「……ウア……どこにいるの……!?」
どこからかウアさんの声が聞こえてきたと思ったら、ワタシの左手からハナさんの右手が離れた。
ハナさんはすぐに立ち上がり、声の聞こえてきた方向……近くの通路に向かって走り始めた。
「あっ!! 待って――」
マウが追いかけようとした瞬間……
通路に足を踏み入れたハナさんを分断するように金網でできた壁が閉まった。
慌ててかけよって金網を揺らしてみたけど、全然びくともしない……
ただ、奥へと消えていくハナさんの背中を眺めることしかできなかった。
「……まさか、退路までふさぐなんて」
マウの言葉に振り返る。
壁に埋め込まれた羊の紋章、そしてその前に立ちふさがる金網があった。
ハナさんと分断させた金網と一緒に降りたのだろうか。
・イザホのメモ
【https://kakuyomu.jp/shared_drafts/XN3yGZczW0Gqsb0UiKXxb6oZrOkucWUB】
「やっぱりこれはワナだったかもしれないね」
マウの言う通りだ。
先ほど、ハナさんが持っていたスケッチブックには、“イザホちゃんがやって来たら、会わせてあげる”と書かれていた……
つまり、ハナさんはワタシたちを裏側の世界に連れて行く“おとり”として利用したのだ。
だけど、ハナさんの命が危ない。それだけは間違いない。
なんとかしてこの部屋から出て、ハナさんを探しに行かないと。
だけど、出口はあの金網でふさがれた通路しかない……
その時、右側の壁に立てかけてるように置かれている、額入り
見えているのは、絵画の裏側だけだ。
「……イザホ、その絵画を取るの? また前みたいなことにならないよね……」
だいじょうぶ、こんどは気をつけるから。
昨日、顔面を斧でたたき割られたことを思い出しながらワタシはマウにうなずいて、横から恐る恐る絵画を拾い上げた。
絵画が隠していた場所には、大きな穴が空いていた。
まるでダクトのように横に長い長方形で、奥に続いている……ホフク前進をすれば、入り込めそうだ。
「……!!」
絵画を穴の横に置こうとすると、三日月の白目を出しているマウの顔が目に入った。
絵画の裏をずっと見ている……
あ、違う。絵画の正面だ。なにが書いてあるんだろう……
……絵画の絵は、ある人物の上半身が水彩画で描かれていた。
サイドに流したロングウェーブの金髪に、後ろにつけた大きな赤いリボン。
そして人なつっこい笑顔……
「これって……リズさんだよね……!?」
間違いない。喫茶店セイラムの店主の娘にして、ウアの友達……リズさんだ。
水彩画であるにも関わらず、まるで写真で取ったかのような精密さだ。
「イザホ、これ……念のために写真に撮っておいたほうがいいんじゃない?」
マウからの提案に、ワタシはすぐに左手のスマホの紋章からカメラのアプリを起動した。
ワタシの視界が、スマホのモニターにも映し出される。
ワタシの義眼に埋め込んだ、目をかたどった形の紋章……
“目の紋章”が映す視界。それが、スマホの紋章と連動しているのだ。
リズさんの絵をしっかり見て、スマホのモニターに触れるとシャッター音が鳴った。
「うん、ちゃんと撮れているよ」
モニターをマウに見せて確認をしてもらうと、ワタシはスマホのモニターを仕舞う。
「普通の人は人差し指の爪に目の紋章を埋め込んでいるけど、ボクたちのような目の紋章を義眼として使っている人は、視界がそのままカメラになって便利だよね……って、解説している場合じゃなかった。この穴を通って部屋から出よう!」
ワタシは右手のバックパックの紋章から懐中電灯を取り出して、穴の奥を照らしながらマウと一緒に中へ入っていった。
「……よっこいしょっと。四足歩行って久しぶりだったなあ」
穴を通り抜けた先でワタシは服についたホコリをはたいていると、マウがぴょこぴょこと四足歩行で出てきた。
マウにとったら、わりと高さに余裕があったかも。
「それにしても……ここって食堂なのかな」
ワタシたちの目の前にあったのは、奥まで続くダイニングテーブル。
そして、壁に飾られた人物画たちだ。
右の手前からそれぞれ――
外ハネボブカットのまっすぐな目をしたスーツの女性……
ポニーテールにTシャツという軽い服装の女性……
髪を後ろ髪を束ねている暗い顔のスーツの男……
左奥から――
ウェーブロングの整った顔つきの男、
目をボサボサの前髪で隠した男、
オールバックでメガネをかけた男……
その奥には、レンガでできた暖炉に、ウアさんの顔がかかれた絵が飾られていた。
首元に、大きな傷を描かれて。
「イザホ、やっぱりこの事件は10年前の事件と関係があることには、間違いないよ」
後ろを指さすマウに、ワタシも振り返ってみる。
ウアさんの絵の反対側……ワタシたちの通ってきた穴の上にも、絵が飾られていた。
森の中でたたすむ、羊の頭をかぶった大男。
体にはウアさんの死体が着ていたものと同じ、黒いローブで身に包んでおり、
左手には手斧、右手はワタシたちを指さしていた。
この部屋には、先ほど通ってきた穴以外に出口は見当たらない。
「……イザホ、この暖炉の奥、なんか変だよ」
マウの言う通りにウアさんの絵の下にある暖炉を、懐中電灯で照らしてみる。
暖炉の奥のオレンジ色のレンガの中に、緑色に光る紋章があった。
あれは、スイッチの紋章。二重丸の形をしている。
この紋章単体では効果はないけど、近くの紋章を起動させることができる。
たしか、埋め込む魔力の材料によってどの種類の紋章を起動させるか決められるみたいだけど……難しいからよく覚えていない。
……ただ、暖炉の中には入りたくない。
暖炉の中の灰を見ていると、胸の紋章がかってにあの記憶を呼びだそうとする。
墨……燃やした後……火葬……
ワタシは首を振ると、マウに向かって手を合わせる。
お願い、起動させてきて。
「OK。いきなり火がついて焼きウサギにされることは、さすがにないと思うよ」
笑えない冗談を言うとマウは暖炉の中のスイッチの紋章に手を触れた。
すると、ガタンという何かが落ちた音がした。
振り返ると、人物画のひとつ……ポニーテールにTシャツという軽い服装の女性の絵が床に落ちており、そこにはまた穴があった。
「なんだか穴ばっかり……ここって普通の扉はないの?」
その穴の先は、石造りの広い空間。
穴から出てきてまず懐中電灯の光で照らしたのは、ベッドのような拘束台。
拘束台の上には、固まって黒ずんだ赤い液体。
その上に、大きな絵画が置かれていた。
絵画が映しているのは、この部屋の絵。
絵の中の拘束台の上に寝ていたのは、眼球のない少女。
まぶたごとえぐられたのか、その少女の目は穴のように黒く、目は血で赤く染まっていた。
体には黒いローブのようなもので覆われている。このローブ……そしておさげの髪形にこの顔……
「ウアさんは……ここで殺されたっていうの?」
マウがその絵画に問いかけると、それに答えるかのようにスポットライトが当たったような音がした。
音の方向を見てみると、ワタシたちが入ってきた穴の近くの四隅に、赤い液体が付着したセーラー服が置かれていた。
今までつけてなかったのに、まるでこの時のためのとっておきだというように、LEDライトの光に照らされている。
あの赤い液体……この拘束台についているものも、セーラー服に付着しているのも、ウアさんの血液なのだろうか?
もう一度、絵画を見てみる。
ウアさんの横にあったのは、ふたりの人影。
ワタシたちが出会ったウアさんの死体やバフォメットと同じように黒いローブを着ていて、頭はフードで見えない。
「ウアさんを殺したのは、ふたりってことか……」
マウがつぶやいたとたん、またどこかにスポットライトが当たった。
今度は、拘束台の頭の部分の方向にある壁。
そこにはLEDライトに照らされた赤いカーテンが置かれていた。
「……」
ここまでの内容をスマホのメモに書き込み終えてからカーテンの側まで来て、一度マウと顔を合わせ、うなずく。
両開きのカーテンの裾を手で持ち、ゆっくりと広げた。
そこにあったのは、ワタシの絵。
他の絵と比べてまだ鉛筆による下書きの段階。
それでいてもなお、写真のように正確に書かれていた。
包帯の下で光る紋章まで。
「……!! イザホ、後ろっ!!!」
後ろ? ……ッ!!
ワタシとマウは横に倒れて回避するッ!
ドサリと、なにかが刺さった音がしていた。
いつの間にか現れていた、ローブを着た人影がパレットナイフを抜く。
「……もしかして、ウア……の死体……なの……!?」
人影には物理的な意味で頭がなく、代わりにローブの胸の位置に目をかたどった紋章……視覚の紋章が青く光っている。
絵画のワタシは、ちょうど3つの紋章をえぐるように、胸に穴が空いていた。
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