第16話 迷える子羊はまわれ左をする。

・イザホのメモ

https://kakuyomu.jp/shared_drafts/GwtYwXrJfxz8HGkGVacfwtNqtVXqLkXo




 現在の時刻は、17時。

 もうそろそろ行かなくちゃ。


 ワタシとマウは、瓜亜探偵事務所の近くにあったスーパーで買い出しをして、一度マンション・ヴェルケーロシニの1004号室に戻ってきていた。


・買い物の出来事を思い出す

https://kakuyomu.jp/shared_drafts/xH9HzPHpl9z9qJjZ75hSRFeOY1ReQkA1




 スマホの紋章で時刻を確認していると、紋章の色が黄色に変わり、着信音が流れてきた。


「ねえイザホ、フジマルさんからじゃない?」


 うん。わかってる。

 ワタシはSNSのアプリを開いた。




 イザホ、伝え忘れていたことを今から伝えよう。

 尾行する際、私と私の車は見た目を変えることにした。ハナは私のことをよく知っているからな。いわゆる変装というやつだ。

 現地についたら、ココアカラーの車を探してくれ。君たちが近づいたら、こちらから手を振ることにしよう。

 君たちは姿の紋章が使えないことはわかっている。だから、代わりの変装道具はこちらが用意することにした。車の中で着替えてくれ。











「と、いうわけで来たんだけど……」


 阿比咲クレストコーポレーションの本社のビルが見える交差点で、ワタシたちはココアカラーの車を探していた。


「あ、あれじゃない?」


 マウが指さした方向に、有料駐車場に停車するココアカラーの車が見える。

 運転席にいるサングラスをかけた男が窓を開け、そこからこちらに向かって手を振っていた。






「イザホ、マウ、よく見つけてくれたな!」


 後部座席に乗り込むと、小麦色の肌の頭をそり頭の男が、フジマルさんの声で話しかけてきた。

 服はYシャツにダメージジーンズで、昼間の時とはぜんぜん違う。

 姿の紋章で姿を変えているんだ。


「それで、ボクたちの着替えはどこにあるの?」

「ああ! 後ろのトランクに用意してあるぞ! 服はぬがなくていいから、上から着るんだ」


 後ろを振り向くと、衣服が畳まれて放置されている。


 ……でもなんで、この視界に犬の頭があるんだろう。




 狭い車内で、ワタシたちはそれぞれ変装用の服に着替えた。


 ワタシはダボダボのダウンジャケットにカーゴチノパン、それにつばの大きいキャップを頭に被った。

 キャップは顔が見えないように深めに被ればよさそう。

 下に着込んでいるワンピースの裾は、無理矢理カーゴチノパンに詰め込んだけどあまり違和感がなかったからよかった。


 これが一昔前だったら、季節とあってなくて怪しいと思われていたのかな。マウの話だと、夏は厚着なんて着ないから。

 でも、今では服の内側に埋め込んだ紋章が冷気を出すから、厚着でも涼しいんだよね。フジマルさんも昼間はモッズコートを着ていたし。


 まあ、ワタシの変装はいいとして……




「……なんでボクは着ぐるみなの?」


 マウは犬の着ぐるみを身にまとっていた。犬種は……チワワかな?


「マウの場合はウサギという点で記憶に残りやすいからな! 違う種族にでもなってもらわないと、目を欺けないのだ!」

「まあいいけど……なんか途中で頭がのいてバレるってパターン、よくあるよね……」





 18時を過ぎ、20時になった。


 この有料駐車場の位置は、ちょうど目的のビルの地下駐車場の出口に、道路をはさんでいる形になっている。

 ビルの地下駐車場からは車が何台か出てくるけど、ハナさんの車らしきものはない。事務所で別れる前にフジマルさんから聞いていたナンバーの車は、まだ見ていない。


「さて、そろそろ腹が減ってきたから、夜食を食べるとするか」


 フジマルさんは自身の右手のバックパックの紋章から、あんパンを取り出した。


「それじゃあ、ボクたちも食べようか」


 マウがバックパックの紋章に手を伸ばそうとした時、「いや待つんだ」とフジマルさんが制止する。


「3人で一緒に食べて、全員同じタイミングでトイレにいく危険性がある。最低でもひとりが張り込みをしなければならないから、30分ごとにひとりが食事を取るようにしよう」


 そこまでいってフジマルさんはバックミラー越しにワタシを見て、ちょっぴり申し訳なさそうに眉を上げた。


「……いや、イザホ。君はだいじょうぶだったんだな」


 ワタシはフジマルさんに向かってうなずいた。

 伝わるかはわからないけど、確認の応答と心配しなくてもいいよという気持ちをこめて。


 でも、どうしようかな……お昼はサンドイッチだったから、この時間になって急に食べ物が欲しくなっちゃった。

 でもやっぱりマウといっしょに食べたほうがいいかな……?


「イザホ、ボクのことなら気にしなくてもいいよ」


 マウの顔を見ると、手を横に振ってくれた。

 それじゃあ、フジマルさんと一緒に食べようか。




 ワタシは右手のバックパックの紋章から、スーパーで購入した4色パンを取り出した。

 こしあん、リンゴジャム、カスタード、キャラメル……

 4つのパンを、ワタシはひとつずつ口に入れた。前方の地下駐車場から目を離さないように意識しながら、このパンはどんな味かを考えてみる。


 ワタシは紋章で動く死体だから、トイレにいく心配はない。紋章を動かすためのエネルギーは必要だけど、吸収したら排泄物すら残らないから。


 食事を怠ると、動けなくなってしまう……

 そこは、人間と同じだった。違うのは、ワタシの場合は魔力を失い、紋章が消えてしまうという点だけだ。


・あんパンを食べているフジマルさんを見る

https://kakuyomu.jp/shared_drafts/2r8aOhJ01c0YxR4oS7l5EUiotMXUx7y7






 ワタシとフジマルさんが食事をしてから、30分が経った。


「ああ……この時をどんなに、どんなに待っていたことだろう……」


 マウは鼻をピクピク動かしながら、自身のバックパックの紋章からコッペパンのようなものを取り出した。


「しかし、マウ、君は今日1日パンが続いたようだが、飽きないのか?」


 あんパンの包装紙をバックパックの紋章に仕舞うフジマルさんに対して、マウは「チッチッチ」と指を振る。


「これがあんパンや4色パンだったら、そう言っていたよ。しかし、このパンはそんじょそこらのパンとは比べものにならないんだ」


 マウが見せたパンの包装紙には、“マンゴーコッペパン”と書かれていた。


「ああっ! このマンゴーの甘みが、まもなく味わえるなんて……」


 ……マウはマンゴーが大好物。ワタシが微糖の缶コーヒーを見つけたように、マウはマンゴーのことになると目の色が急に変わっちゃう。

 マンゴーには糖分が多く含んでいるから、マンゴーが入った食べ物は1日1食、1週間に3食までっていう約束があるけどね。




 ふと、前方を見てみた。


「よし、いまから開けてあげるからね、マンゴーちゃん……」


 ワタシは急いで、運転席のフジマルさんの肩をたたいた。




「!! ハナだっ!!!」




 ワタシが指さした方向……ビルの地下駐車場の出口から、1台の車が出てきた。

 あのナンバー……間違いない、ハナさんの車だ!


「マウっ! 悪いが、食事は後にしてくれないか!」


 フジマルさんはスマホの紋章を動かし、ハンドルの紋章に触れる。


「え? でも、まだ車の中だから……」

「残念だが、いつハナが車から降りるか分からない状況では、常にこちらが下りる準備をする必要がある! 我慢してくれ!」


 ハナさんの車が曲った方向に、フジマルさんの車はワタシたちを乗せて走り始めた。




「そんなあ……せっかくのマンゴーなのに……」











 フジマルさんは前方を走るハナさんの車を確認しながら、定期的にスマホの紋章を操作してはハンドルの紋章に触れていた。

 この車は自動運転専門だから、手動で操作はできない。

 だからフジマルさんは、ハナさんの向かっている方向に目的地を設定し続けて、類似的に手動で追いかけているんだ。




「!! 止まった……?」


 フジマルさんは慌ててハンドルの紋章にスマホの紋章を当てる。


「ねえ……ここって……」


 マウが戸惑った様子で、窓の外を指さした。


 この場所は……見覚えがある。


 いや、見覚えがあるどころの話じゃない。




 暗闇の中にそびえ立っていたのは、マンション・ヴェルケーロジニだった。




「あれは……ウアとハナの実家じゃないか!?」




 ハナさんは車から降りて、足早にエントランスへと向かっていった。



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