第15話 状況整理・裏側の世界の死体が行おうとしているのは?

・イザホのメモ

https://kakuyomu.jp/shared_drafts/auVeiUdlpGfEamAb2BestxsrfU99S8xh




 瓜亜探偵事務所に戻ってきたワタシたちは、応接間のソファーに腰掛け、互いに手に入れた情報を交換することにした。


「つまり、今日の夜にハナが行動を起こすということだな?」


 リズさんから手に入れた情報をマウが伝えると、フジマルさんは手元のメモ帳で情報をまとめながら人差し指を立てた。

 スマホの紋章ではなく、紙にシャーペンで記入する昔のメモ帳だ。


「うん。フジマルさんの方はどうなの?」

「ああ、イビルから手に入れた収穫は、主にふたつだ」


 フジマルさんが取り出したのは、画用紙。


 今日の喫茶店セイラムでフジマルさんが手にとっていた時は気がつかなかったけど、よく見るとこの画用紙、見覚えがある……


「イザホ、これって昨日の画用紙だよね?」


 間違いない。

 確認を取るマウに、ワタシはうなずく。


 四つ折りにした跡に、中央には薄く左に向いた羊の頭の形の跡が残っていた。

 あの時、ワタシとマウを裏側の世界に引きずり込んだ、羊の紋章の跡だ。


「紋章に埋め込まれている魔力には限りがある。しかし、紋章の種類によってはこのように跡が残ることも確認されている。この形の紋章は私も見たことがないから、後日、知り合いの紋章研究家に見せるつもりだ」


 この画用紙が、裏側の世界に対する手がかりになるということだ。

 ワタシの知らない裏側の世界が、わかるかもしれない。


「そしてもうひとつは……リズがハナを慰めに行く前の状況についてだ。イビルが頭の中で思い出してくれたんだ」




 リズさんがウアさんの家に行くことになったきっかけは、おととい、ハナさんが店長のイビルさんに電話をかけたことだ。


 電話の内容は、リズさんと話がしたいということだった。

 喫茶店セイラムの常連客だったハナさんは、ウアの失踪以降まったく店に訪れていなかった。

 電話に出た時、イビルさんは店に来ないかとたずねたが、そこまでの元気はないという。


 ただ、ウアさんの友達であるリズさんに、話したいことがある。とても嬉しいことがあったから。


 その言葉を聞いたイビルさんは、忘れないうちにリズさんに伝えておくといって、電話を切った。




「とても嬉しいこと……それは十中八九――」

「――ウアからの手紙だな」


 これで話の裏が取れた。

 ハナさんの元には確実にウアさんからの手紙が届いており、今日、ウアさんに会いに行くつもりだ。


 ……ただ、ウアさんに会いに行くことは、とても喜べることじゃない。


「イザホ、嫌な予感がするって顔、やっぱりしているね」


 マウがワタシの表情を読み取って、代弁してくれた。


「“やっぱり”ということはマウも思っていたんだな。私も同感だ」

「うん。昨日出会ったウアさんは……とてもじゃないけど、人間とは呼べないよ。性格じゃなくて物理的な意味で」




 昨日のウアさんは写真とは違って、肌が死人のように白く、眼球は紋章の入った義眼だった。


 そしてなにより……ワタシはあの時、ウアさんの頭を蹴り飛ばした。


 人間の脳は頭にあるけど、血液を送る心臓は胴体にある。

 だから、頭を飛ばされると血液が脳に運ばれなくなって死んでしまう。

 だけど、あの時のウアさんは首ごと蹴飛ばされて胴体と別れても、その胴体は意思があるように動いていた。

 脳の機能は胴体にあるように。


「……今思えば、まるでイザホと同じ、紋章によって動く死体のようだった」


 マウの言う通りだ。


 ワタシは、人格が宿った死体という名の作り物フランケンシュタインの怪物。斧で顔面を割られたって平気だ。

 さすがに首が飛んだら、見ることも聞くことも出来なくなるから困るけど、ただの死体には戻らない。

 左胸に埋め込んだ紋章が傷つかない限りは。


 ウアさんが首がなくても動けるのも、ワタシと同じ存在であると考えれば説明がつく。

 ワタシを殺そうとしたことが本人の意思だったのかは、わからないけど……


 ただわかっていることは、失踪する前は極普通の人間であったことだ。




「昼間に聞いた話を踏まえると、ウアは何者かに殺され、その死体にイザホたちを襲わせた……ということになるな」

「それじゃあ、今回の手紙は……」


「ああ、ウアの死体が母親のハナをおびき寄せ、イザホたちと同じように裏側の世界に引きずり込む……それが目的である可能性は高いな」


 思わず何も持っていない左手を握ると、ウアさんの右手をつかんだ感覚が蘇ってきた。


「それなら、ハナさんが殺される可能性だって大きいってことだよね? 第一、イザホも殺されそうになったし……」

「そうと見ていいだろう。しかし、ハナの精神上、直接止めることは難しそうだ」


 そこまで言って一息つくと、フジマルさんは立ち上がり、横にある事務机からホワイトボードのようなものを取り出した。


「ここまでの情報を、いったん3行にまとめてみよう」


 そのホワイトボードにフジマルさんは油性ペンで記入し、テーブルの上に置いた。




・ウアは既に何者かによって殺されており、その死体にイザホたちを襲わせた。

・ハナに届いた手紙によれば、今日の夜、ウアに会いに行けるらしい。

・ウアの死体に殺意があれば、ハナの命が危ない。




「それじゃあ、これからなにをするの?」


 マウが質問すると、フジマルさんは「いい質問だ!!」と指をさした。


「ハナを止め、裏側の世界に通じる紋章の場所を把握する。それが現時点での最善策だ! それを実行するためには、まずハナはどこでウアの死体と会おうとしているのかを突き止めることだ!」


 それでも、どうやって突き止めるのだろう? ハナさんは、今日の夜にウアさんの死体に会おうとしているのに……

 思わず首をかしげていると、フジマルさんは自身のスマホの紋章を操作して、ワタシたちに見せた。


 スマホの紋章から映し出されるモニターには、会社のビルだった。

「これって……“阿比咲クレストコーポレーションの本社”?」


 たしか、ハナさんは会社の社長だったはずだ。


「ああ! この会社の終業は18時頃。ハナの役職を考えればもっと時間がかかるかもしれない。しかし、ハナは社長としてはプライベートを持ち込まないから、終業以前に早退するとは考えにくいだろう!」


 続いてフジマルさんは、会社のビルの画像に指さした。


「そこで我々は18時までに会社の前で車を待機させ、ハナが出てくるのを待つ。ハナは自動車で退勤をするから、その後を尾行する!」

「要するに、尾行してハナさんがウアさんと会おうとしている場所を突き止めるってわけだね」


 マウが確認すると、フジマルさんは「なかなかいい勘をしているじゃないか!」とうなずいた。


「ハナが車から降りたら、我々も車から降りて尾行を続ける。もしも例の紋章に触れようとしたら、私がハナを妨害する!」

「例の羊の紋章についてはどうするの?」


 フジマルさんはテーブルの上に置いてある、羊の紋章が埋め込まれていた画用紙に1度だけ目を向けた。


「できればその場所から動かさず、警察に不審物として連絡するのが1番だが……どうしてもせざるを得ない場合、持ち出せるものに埋め込んでいればそのまま持ち出し、壁など持ち運べないものなら……最悪、削り取ってしまおう! 今はなによりもハナの無事が最優先だ!」


 たしかに、依頼人が無事でなければ本末転倒だ。

 ウアさんの手がかりのひとつがなくなるのは残念だけど、それ以前に依頼できる相手が死んでしまっては報告もできない。


「さて! まだ18時までには時間がある! 尾行は思っているよりも長期戦になるから、それまでに張り込み用の夜食を準備し、17時半に阿比咲クレストコーポレーションの本社前に集合だ!」




 ひとまず、ワタシとマウはフジマルさんと別れ、尾行の準備をするために瓜亜探偵事務所を後にすることにした。


「探偵の助手としては初日なのに……尾行をすることになるなんて、結構ハードだね」


 雑居ビルの階段を下りる中、マウは意気込むように鼻をぷうぷう鳴らしていた。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る