魔法使いの掟

N優介

第一部:(ゆっくり執筆中)

第一の掟:事前申告は大事

第1話

 俺の職業は、かなりろくな仕事じゃない。

 業務内容は『魔法まほう使つかい』の取締とりしまりだ。


 先ず、魔法使いとは何か?

 魔法使いはある時を境に、一部の人間に発現した『魔法まほう』と呼ばれる特殊な力を扱う者たちだ。超能力とは違うらしいが、実際の所は知らない。俺は学者じゃないし、とうの魔法使いですらない。

 そして、こいつらの犯罪行為を、政府の代わりに取締まることが『傭兵』の仕事だ。他の国では、どう呼ぶのか知らないが、少なくとも、この日本では傭兵とは俺たちのことを指す。


 取締まりと言っても名前だけだ。魔法使いの危険性を恐れた政府は、暗黙の了解として、魔法使いの『殺害』を許している。

 これのお陰で、傭兵はほとんど魔法使いを殺すために雇われる殺し屋だ。だから、傭兵をやってる奴は、自然にそういう奴が多くなる。


 例えば俺の周りだと、被害妄想で人を殺す精神異常者とか、履歴書に殺し合いを趣味として書く元マフィアに、極めつけは自衛隊の重火器を私的に利用したテロリスト、とてもじゃないが、マトモとは言えない奴が多い。


 そんなクソみたいな仕事の中で、それは比較的平和な依頼だった。

 あの時、俺はしっかりと思い出すべきだった。自分の仕事が、どれだけ碌なものでは無かったかを。


 あれは、企業を通した政府からの依頼だった。俺は日暮れ頃、池袋あたりの路地裏に来ていた。

 依頼の内容は、一人の魔法使いを雇い主クライアントの元に送り届ける、ようは護送だ。連行と言い換えても良い。

 魔法使いは、その存在を政府に申告しなければならず、今回の護送対象は、それをしていない魔法使いだった。凄腕の傭兵である俺には楽勝な仕事だ。

 それに今回の雇い主は、政府のお犬様だ。報酬の踏み倒しの心配は少ない。楽に金が稼げると思い、少し上機嫌になっていた。


 そんな気持ちで、その護送対象が待っているという場所に来ていた。そこは殆ど人気ひとけも無く、怪しい取引をするにはうってつけな場所だ。

 今回の仕事にあたって、対象の顔や特徴は教えられなかった、代わりに向こうがこちらを知っているらしい。

 俺がどうやって暇を潰すか考えていると、一人の子供が近づいてきた。


 それは、中学生か、もしかしたら小学生ほどの少女だった。

 長い黒髪と、それを後ろで二つにまとめたおさげらしき髪型、何故かサイズが合っていない大きめの服。

 そんな少女は、良く言えば整っている、正直に言えば無機質な印象を与える顔で、白い息を吐きながらこちらを見つめていた。


 何だ、このガキ?

 かなり怪訝な顔をしたと思う。

 少なくとも、俺はこの少女を知らないし、こうして路地裏で近寄って来られると、まるで変質者のように見えるからだ。

 周りを見ても保護者らしき人物は見えない。どうするか考えていると、少女が口を開いた。


「な」

「な?」

 更に怪訝な顔になる。

「ながた、さん?」

 かなり驚いた。意外なことに、少女はこちらを知っているようだった。

 聞き間違いでなければ、少女の言った『ナガタ』は、俺の傭兵としての偽名だ。確かに俺は凄腕の傭兵だ。しかし、一般人の子供に知られるほど有名だった覚えはない。


「あー、確かに、俺はナガタだが」

 俺は少し迷った。この少女が、どっかで恨みを買ったヤクザとかの回し者なのか、それとも単純に何処かで会ったことがあるのか、判断がつかなかったからだ。

 

「じゃあ、よろしく、お願いします」

 今すぐにこの場から離れたくなった。初対面の子供に、いきなり「よろしく」と言われる。困惑を通り過ぎて、もはや恐怖しかない。

 そもそも、こっちはこれから仕事なのだ。それをこんな――いや、待てよ?

 もしやと思い、俺は一つ質問をした。

「あー、もしかしてだけど。お前、魔法使いか?」

 その質問に、少女は小さく頷くことでそれに答えた。俺は頭を抱えて、同時に雇い主が護送対象の情報を伏せた理由を悟った。


 理屈は知らないが、魔法というものは、その者の精神に大きな影響を受けるらしい。魔法使いの精神が未熟だと、暴走することもある。

 それを持つのが子供なのは、それだけで周囲に大きなリスクを背負わせるのだ。

 そんな子供の魔法使いの護送など、物好きなやつか、特殊な変態とかのクソ野郎しかやらない。


「あ、すみません。わたしは、日下部くさかべあかりと、言います」

「ああ、そりゃどうも」

 少女――日下部は感情の見えない顔で、自己紹介を始めた。正直に言って、こっちはそれどころではなかった。

「ところで、お前は、なんて言うか――そう、自分の状況は分かってるのか?」

 俺は早急に彼女の、自身への理解度をチェックした。その度合いによって、この仕事の面倒さが変わるからだ。

 ひどい時は、敵とそう変わりない相手になる。そうなれば、護送どころではない。


「わたしが魔法使いで、国に申告しないといけなくて。危ない人達が来るから、あなたが守ってくれるって聞いてる、ます」

 幸運なことに、この少女はある程度、状況を理解しているようだった。

 それとこいつは敬語が苦手なタイプらしい。若干じゃっかん、というか、かなり話し方が変だ。


 その後、取り敢えずの安心を得た俺は、この馬鹿馬鹿しい仕事を終わらせる為に、日下部を連れ移動を開始した。こんな不意打ちのような形で、面倒な仕事を押し付けてきたやつに文句を言うつもりだ。

 その為にも、一刻も早くこの爆弾日下部を送り届けなければならない。

 自然と進む足も速くなった。


「あの」

 しばらく進み、人気ひとけのある大通りに出た辺りで、俺のジャケットの袖が引かれた。

「なんだ?」

 暇ではないが退屈ではあったので、俺はそれに応答することにした。

「それ、なに?」

 日下部は俺が肩にかける荷物――ギターケースをゆびさした。中身は、もちろんギターではない。魔法使いを殺すための武器だ。

「仕事道具だ」

「どんな道具、ですか?」

 なんかグイグイ来るな、こいつ。

 そう思って日下部くさかべを見ると、彼女の感情の読めない目と視線がかち合った。俺は何か言ってやろうとしたが、人ごみに紛れてこっちに近づいて来る男に気付いた。


 それは、少し前からこちらを尾行していた奴だった。俺は凄腕だから尾行なんてすぐに気づけるし、そう言う訓練もしている。

 男は時折、携帯を取り出して、誰かと連絡を取っていた。雇い主からの監視役ではなさそうだ。多分、ヤクザか何かだろう。そう言う奴らは、どこも魔法使いを欲しがっている。例え子供でも、戦力になるならいいってクソ野郎は少なくない。


「少し急ぐぞ」

「え――」

 俺は返事を待たずに日下部の腕を掴み、走り出した。こっちの動きを見て、男も焦ったように、人ごみを搔き分け走り出す。

 彼女も無表情のままだが、男に気付いたのか黙ってついてきた。


「よし、ここでいいか」

 途中の路地に入って、足を止める。人もいなくて、少し暴れるにはちょうど良い場所だ。俺が肩にかけたギターケースを手に持ち直していると、横から日下部が声をかけてきた。

「さっきの人って――」

「ああ、そうだよ。危ない人って奴だ。だから下がってろ」

 雑な返事をしながら、追いかけて来た男に目をやる。高そうなスーツに、最悪な人相。まさにヤクザって感じの奴だ。


「はぁ――はぁ――、クソが、逃げやがって」

「逃げたんじゃねーよ。愚か者め」

 俺は失礼なことを言うヤクザを馬鹿にしてやった。

 実際、逃げた訳ではない、狙いがあった。

 素人しろうとっぽいから、こっちが走れば、焦って追いかけると思った。それにまんまと引っ掛かってくれたわけだ。


「はっ、なんでもいいけどよ。そのガキ渡せ、代わりに今なら楽に殺してやるぜ」

 男は実に下らない脅し文句を吐きながら懐から取り出した拳銃を、こちらに向けてきた。その構えは少しぎこちなかった、あまり使ったことがないのだろう。

 この時点で、俺はこの男を倒す作戦を決めた。

 本当は作戦とは言えないお粗末なものだが、今の状況ならこれぐらいが妥協点だろう。


「まあ、待てよ」

 俺は少し大げさに声を上げた。

 同時に、ちょっと足の位置を動き出しやすいように調整する。

「交渉しようぜ?話し合えば、お互いに納得できる結果が得られると思うけど」

「黙れ、話なんかねえよ。状況わかってんのか?」

 適当な言葉を並べていると、男は不機嫌そうな顔で、これみよがしに銃を向けてきた。

「おいおい、人間は会話出来る生き物なんだぜ?最大限、活用するべきだ」

 それを無視して続けた。相手を怒らせるためだ。こうすることで、戦闘開始のタイミングをある程度、コントロールできる。

「そんなだからお前は──」

 俺は更に言葉を重ねようとする。そこでストレスがピークに達した男は、何かを言うために息を吸込すいこみ、銃を持つ手に力を込めようとした。

 ──短気な奴だ、実に分かりやすい。


 手に持ったギターケースを盾のように両手で構えながら、相手が何かするよりも速く駆け出す。

 出鼻でばなを挫く、シンプルだが、そこそこ効く手だ。

「――これからひどい目に遭うぞ」

 俺は笑ってやった。

 少し遅れて男が発砲する。

 普段なら当たらないように立ち回ったり、何かしら工夫をするのだが、今回は後ろに護送対象日下部が居るので、ゴリ押しで行くことにした。


 弾丸は構えたギターケースで受け止められ、俺の腕に強い衝撃を与えるだけにとどまる。実はこのケース、防弾性の鉄板を仕込んである。

 小口径の拳銃ぐらい、なんてこと無い。


「く、くそ!」

 男は焦って連射するが、ほとんどが滅茶苦茶な方向に飛んでっている。

 銃弾を数発防いだ頃には、相手との距離は二歩と半分ほど、もう十分じゅうぶんに近づいていた。

 更に一歩踏み込み、用済みになったケースを投げ捨てる。ここからは一瞬だった。


 飛び蹴り気味ぎみに思いっきり足を振り上げる。

 狙いは拳銃を持った右手だ。

 吸い込まれるように、俺の蹴りは男の手に命中した。同時に砕けるような音がする。多分、骨か何かだろう。


「あが――」

 男は痛みに耐えきれずに拳銃をはなし、背中を丸めて手を引っ込める。痛みを感じた人間の、反射行動の一つだ。

 そんな無防備になった頭に、振り上げた足を落とし、踏みつける。男の短い悲鳴が聞こえた。

 俺はそこに追撃を加えようとした――が止めた。


 男は気絶していた。かなり強めに踏みつけたし、片目も潰れて半分飛び出ている。

 痛みで気絶など出来ないと思うのだが、当たり所が良かったのだろう。

 いつもならトドメを刺すのだが、止めておいた。楽であることに越したことはないし、こちらには『気遣い』が必要な相手がいる。


「殺したの?―ですか?」

「いや、気絶してる。そこそこ重傷だが、すぐに病院に行けば問題ないんじゃないか?」

 俺は目を向けずに返事をして、男から携帯を奪い破壊する。

 追われている以上、出来るだけ追跡を妨害する必要がある。あとは、護送ルートの変更が必要だ。雇い主から指定されたルートは、すでにこの男のような奴らが押さえているだろう。

 考えをまとめているところで、日下部が倒れた男の前にしゃがみこんだ。

 ――なにをするつもりだ?


「おい、お前なにして――」

 疑問を口にしきる前に、男の体が光に包まれた。俺は開いた口が塞がらなかった、かなりマヌケな顔をしていたと思う。

 光が収まると、日下部は立ち上がり、こちらを見て首を傾げた。

「どうしたの、です?」

「いや、おまえ」

 予想外の出来事に、口が上手く回らない。

 光に包まれていた男は、先ほどまで虫の息だったのが今は正常な呼吸をしている。潰したはずの眼球も再生していた、異常なことだ。


「おい待て、つまり、なんだ? お前の魔法は――」

 急激な胃痛に苛まれる俺を余所よそに、日下部はしっかり答えてくれやがった。

「? うん、いや、はい。私の魔法は『怪我を治す』こと、が出来ます。」

 その魔法は世界の誰もが欲しがる、大変特別で。

 魔法使い全体で一割も使い手の居ない、大変貴重な。


 いわゆる、厄ネタと言うやつだった。

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