第1-27話 フリマで勝ち取った戦利品と、池袋サンシャインで買ったもの

 結論から言えば、カーディガン、サブバック、ベスト、ポーチはフリマで手に入れることが出来た。金額はあわせて2000円ぐらいだった。フリマっていいなあ、と思う。


 他に、紺色のハイソックスやだぼっとした白い靴下、それに厚底のローファーを茶色いものと黒を一足ずつ買った。


 キャラクターもの(シ〇モンの)筆箱に、D〇Cのリップクリーム。茶色い財布、100円ショップで買った、レターセット、ブランド物のミニタオル、かわいい絆創膏も揃った。

 他に小さな折り畳みのミラーと、櫛を買った。あとは、ほこりや毛玉がとれるコロコロなども買った。

 値段は全部で約一万七千円~八千円ぐらいかかった。靴(ローファー)がやはり高かった。


 「わー。可愛い! っていうか、なんか格好いい女って感じだね! 菊ちゃん!」


 なー坊がそう言い、えーさんもうんうん、と頷く。


「先輩たちに、変身した菊ちゃんを見せるのが楽しみだなあ」


 なー坊が重ねて言い、

 えーさんは「美容師のゆうさんにも見せてあげたいよね」などと言う。


 私は美容師のゆうさんに、危うくハグ(抱きつかれ)されそうになった苦い記憶を思い出し、顔が熱く火照った。

 男性(? なのかな? 女性口調だけれど)から、女性扱いされたのは初めてなので、ゆうさんを思い出すと、なんだか表現しようのない感情を抱くのだ。なんというか、こそばゆいような、むずむずする感じで、正直あんまり心地よくはない。


 「まあ、美容院は月1で通うことになるからね。すぐに会いに行かなくても大丈夫でしょ」


 えっ!


 月1で会いに行くことになるの!? 聞いてないんですけど!


 愕然とした様子が伝わったのか、えーさんとなー坊が私の顔を見て、ぷっと吹きだした。


 「菊さん、そんな嫌そうな顔したら、ゆうさんが可哀そうだよー」

 「そうだよー。せっかく好かれてるんだから、塩対応は無しね」


 ……塩対応ってアイドルじゃないんだから。

 と、思うが、確かに好意を持ってくれている人に対して、仏頂面でいるのはいけないことだ。なー坊やえーさんと同じようには出来なくても、少しでも人に好かれる努力をしないと。


 そのとき、なー坊のもっているPHSがけたたましく鳴り出した。


 「吉永先輩からだ!」


 吉永先輩。さきほど、ミサトさんという叔母にかけあってみるとか何とか言っていたが、その件だろうか? なー坊は はい、はい、と吉永先輩と何か遣り取りをしている。


 「え! 本当ですか! すごく有難いです! すぐに東大島駅まで移動します」


 んん? 東大島? 


 なんのこっちゃ、と思っていると、吉永先輩と通話を終えたらしい、なー坊が、ちょっと興奮したような様子で私たちに向き直った。


 「吉永先輩の叔母さんが、東大島駅の近くに住んでいるんだって。新しいものから古いものまで、同人誌いっぱいあるらしいよ! コピー本っていうやつとかも!」


 コピー本。


 そのとき、私の頭がずきっと痛んだ。


 ――……菊ちゃん、見て、私たちの初めての本。コピー本だけど!


 にこにこ笑いながら、私たちの初めての本を持っている女の子。


 ――……売れるといいねえ。菊さん。


 目の下の隈を擦りながら、それでも明るい表情で、小銭の用意をしている……もう一人の女の子。


 今よりずっとレトロな制服を着て、どこか遠い、モノクロームの世界の中、私たち四人は初めての同人誌……といってもコピー本という、一枚5円コピーで刷った本だが――を、売ろうとしている。


 四人?


 あれ? 一体どういう……


 「どうしたの? 菊さん」


 えーさんの心配そうな声で私は現実に引き戻された。


 「顔色悪いよ。大丈夫? 疲れちゃった?」


 「あ、いや……何でもない。なんか、ちょっと立ちくらみを起こしただけだ」


 ……大事なことを忘れている気がする。

 ……思い出さなければいけないことがある気がする。


 ――タイムマシン試作機……エルギガ……ムスタ号に……乗って下さい…… お願いします……


 「……いま、男の人の声、聞こえなかったか?」

 「男の人の声?」


 なー坊がきょとんとする。


 「そりゃあ、まあ、サンシャインの中だから、いたるところから男の人の声はするけれど。どうしたの?」


 「いや……」


 私は逡巡する。 今 頭の中にあふれ出した『何か』の記憶を、なー坊とえーさんに話した方がいいのだろうか。


 「菊さん、調子悪いのなら無理しなくていいよ?」


 うんうん、と頷くなー坊にいや、大丈夫、と私は作りなれない笑顔を作った。


 「それより早く行こうぜ。もしかしたら俺が好きな幽〇の同人誌もあるかもしれないしな!」


 「私はやっぱり鬼〇の刃か、呪術〇戦の同人誌が読みたいなー」

 「確かに確かにー」


 朗らかに笑う 二人のあとを私は黙って着いていく。

 頭の中にあふれ出した記憶のことも、もう一人の『俺』のことも黙っていた方がいい。


 反射的にそう確信したのだ。

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