第1-26話 値段というものはあってないようなものだとフリマは教えてくれた
西口広場ではいろいろな人たちが店を出していた。
素人の集まりだと思っていたら、ちゃんとハンガーラックがあったり、姿見の鏡まで用意している人たちもいる。車で来ている人が多かった。
値札もプロ顔負けの可愛いPOP体で書いてあるもの(もちろん、付箋紙のようなものにそっけなく100円、とか300円とか手書きしてあるだけものもあったが)
イラストを添えてあるもの、など、意外と工夫している。ちゃんとしたお店、とまでは言わないが、自分の中にあったフリマ像が塗り替えられるのを感じた。
「まず、カーディガンを探そうか」と、なー坊が言った。
「あと、ベストも欲しいよね」えーさんが言う。
「うちは校則厳しいから、あんまり派手じゃないのがいいね。紺かベージュかな」
「すらっと見える丈のものがあるといいね」
「カーディガンはちょっとだぼっとしている方が今っぽくてかわいくない?」
「そうかも! 大き目だと紺のほうが上品だね。黒は地味すぎるし、白は派手過ぎる」
そんな二人の会話についていけない自分がいる。女子力たけぇなあ……と内心思う。
丈? すらっと見える? 色?
今まで自分が身にまとうものにどれだけ無頓着だったかを思い知らされる。
そして、制服だから自由がない、と思っていたが、そんなことはないことも。
「これ、試着していいですか?」
なー坊がアジアン調のカーペットの上にいろいろ服を並べている20代ぐらいのお姉さんに声をかける。
「うん、いいよ。あなたたち、もしかして中学生?」
「はい。一年生です」
「あらー! そうなんだ。大丈夫? お金持ってきてる?」
「そんなにたくさんは持ってないですけど……やっぱり高いんですか?」
「いや、私が学生時代に来ていたお古だからね。安くしとくよ。500円でどう?」
え! カーディガンがたった500円!?
お古というが、見たところほつれもないし、新品でないことはわかるが決して汚くもくたびれてもいない。きちんと洗濯もされているようだ。素材を見るとウール。もともとは結構いい品なのではないかと見受けられる。
「とにかく試着してみよう」
500円、という値段だけで買います、と言おうとしてしまった私を押しとどめるように、なー坊が私に紺色の、青いボタンがついたカーディガンを着せる。襟はVネックになっていて、制服の上から着たら首元で結ぶリボンが綺麗に見えそうだ。
「お! いいじゃん。袖の長さもちょうどいいし、腰をすっぽりカバーしてるから、フェミニンだよー」
ふぇみにん。
また新しい単語が出てきた。
姿見はなかったが、えーさんも「似合うね! きくさん!」とニコニコしている。
これは、買いか?
「あのー、本当に500円でいいんですか?」
私がおずおずと尋ねると「高い?」と聞き返された。いえいえいえ、と首を振ろうとすると、なー坊がお姉さんに口を開いた。
「実はこの子のイメチェン計画をしていて、中学生でも手が届きそうなフリマに初めてきたんです。髪型も変えたんですよー。出費がかさんでるから、もし値下げしてくれるなら、有難いんですけど……」
おい、500円だぞ!? しかも、こんな良い品を……更に値切るとか何考えてるんだー! と私は心の中で叫んだが、お姉さんは予想に反してにっこり笑った。
「そういうことなんだね。中学生だし、バイトも出来ないし、お小遣いのやりくり大変だよね。よし! お姉さん、出血大サービスしちゃおう!200円でどうだ!」
は、半額以下だとー!?
「お、お姉さん、いいんですか!?」
私が思わず、わたわたすると、お姉さんはぷっと噴き出した。
「私だって若いときあったもん。中学生の懐事情が大変なのは知っているわ。それに、このカーディガン、大事に使っていたものだし、あなたに本当に似合っているから、使ってくれるなら嬉しいわ。捨てるのには費用も手間もかかるしね。無料にできなくて悪いけれど買ってくれる?」
「買います!」
強欲ななー坊がこの際もう一声、100円で、などと言いださないとも限らないので、そんなことになる前に私はお姉さんに200円を差し出していた。
「まいどありがとうございます♪ 袋とかはないんだけれど、大丈夫?」
「あ、ちゃんとエコバック持ってきたから大丈夫です!」
「準備いいのね。他にもいい品が見つかるといいわね。イメチェン成功、私も祈ってるからね」
ニコニコとお姉さんは手を振った。
私は受け取ったカーディガンを、持参したビニール袋に包み、エコバッグに大切に入れた。
今まで、人の悪意にさらされてきた人生だった。
なんで自分がこんな目に遭うんだろうと思って生きてきた。
何か悪いことしたのかな。存在すること自体が罪なのかな、と思って生きてきた。
でも……こんな世界もあるんだ。
私は今まで、金魚鉢みたいな狭い世界で、自分しかいないような金魚の気持ちで生きてきたんだと思った。
もちろん、世界には私が体験した以上に残酷な側面もあるのだろう。
テレビニュースで見る殺人事件や子供が受ける虐待事件。犯罪。
私が受けたいじめなど可愛いレベルの事件が山ほどあることもちゃんと知っている。
家族は私に優しかったが、他者は、自分を傷つけるだけの存在だと思っていた。
私はいるだけで周りを不快にさせてしまうのだと、そう思い込んでいた。
でも……
なー坊の横顔をちらりと見る。
こいつがなんで私のことを気に入ってくれたのか、いまだにさっぱりわからない。
自分がいじめられるリスクもこみで私を構ってくれるその理由がわからないから、突然やってきた幸運が、きたときと同じように突然離れていくんじゃないか、なんてことも考えて、ときどきとても怖くなる。
人の温もりを知ってしまった今、知らなかった頃には多分、もはや戻れない。
えーさんと話すのも楽しい。
実をいうと、なー坊と初めて話したとき、頬が筋肉痛になった。
私はいじめられていた頃は一日一言もしゃべらないことも珍しくないぐらいだったので(多分小学校六年間で四百字詰め原稿用紙一枚分、しゃべったかどうかぐらいのレベルだと思う)
なー坊と会話して、普段使わないほほの筋肉が吊ったのだ。
夜、頬がぎゅんと痛く、熱くなって、びっくりした。
入学式の日、我ながらとんでもない自己紹介をしたときには、こんなことになるなんて、思っていなかった。
私は、なー坊とえーさんにふさわしい人間なのか、わからない。自信がもてない。だから、せめてイメチェンを成功させて、少しでも二人に恥ずかしくない人間になりたい。
なー坊とえーさんだけではない。いつも良くしてくれる両親。私には勿体ないぐらい人格ができている弟の和也。突然押し掛けた私たちを温かく迎えてくれた絵画部の吉永先輩と新田先輩。髪を整えてくれたFLOWERFORMのゆうさん。そしてたった今、200円で素敵なカーディガンを譲ってくれたお姉さん。
私に善意を向けてくれた人たち。その優しさに、温かさに応えたい。
そして、今度は私が誰かに、優しくできるように……なるのだろうか?
私からの優しさなんて、需要あるのかな?
ああ、また自信がなくなってきた!
「きくちゃん、どうしたの? ぼーっとして」
なー坊の小さな人好きする顔が私をのぞき込む。
もう自分に嘘はつけない。
私はこいつが好きだ。人間として惹かれてる。
鶏の雛のすりこみみたいなものかもしれない。初めてもらったやさしさにすがっているのかもしれない。
でも、いつか、なー坊の友達の麗たちにも認められるように……出来ることはやろう。
やってやろうではないか!
「きくさん、きくさん、あっちに素敵なベストがあるよ。着やせして見えると思うー」
えーさん。
思いがけず、加わった私の新しい……友達? 友達って呼んでもいいのかな?
その権利が私にちゃんとあるのかな。
もし、今、その権利がもしなかったとしても。
これから、その権利が得られるようにしよう。いつか胸をはって、なー坊とえーさんを友達ですと他者に紹介できるように。
そんな自分になりたい。成長したい。
そのために、今はイメチェンに集中しよう。
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