第1-19話 オタっぽい外見から脱却するためには先立つもの=金が必要だ。私は腹をくくった。

和也が寝たあと私は両親が帰ってくる二十二時過ぎまで待った。

暗い夜の窓の外を見ていると特徴のある白い軽のワゴンがアパートの駐車場に吸い込まれていくのが見えた。両親の乗っている車。通称『大蔵号』だ。

おかえり、と出迎えると、両親は驚いた顔を見せた。

「まだ起きていたのか」

うん、と私は言った。録画した映画を観ていたのだと嘘をついた。

両親から煙草とアルコールが入り混じった匂いが漂ってきた。

父は『大蔵』という居酒屋のマスター。母はママ。家族経営の小さな有限会社。名義上は祖母が社長と言うことになっているが、昔、祖母が景気の良いときに不動産関係のことで誰それに騙されたとかで大蔵は大きな借金を背負っている。

 肉野菜の炒め物の残りがあるから、と母に告げると、有難うね、と礼を言われた。


父と母が、発泡酒を出してきた。

労働のあとの憩いのひと時。普段は寝ている私がそこに参加することはないが今日は違う。両親に頼まなくてはならないことがある。

「千尋、寝ないの?」

あんた、風邪ひいたばかりでしょ。ぶりかえすわよ、と母が言った。

父はそうだぞ、と言い、私が作った肉野菜炒めに箸を伸ばしている。私はうん、と頷いたが、そのまま正座をして座っていた。

「……どうしたの?」

私が部屋に戻らないのを不思議に思ったらしい母が問うてくる。

私は覚悟を決めて、二人の顔を見上げた。

「お金が、欲しいんだけど」

二人の顔が訝しげに曇った。

「なんで?」

学校生活に必要なお金なら、出すけれど、と父が言った。

学校生活に必要なお金。

本当にそうか微妙だが、だけど、でも。

「……イメチェン、したいんだ」

「イメチェン?」

何とも言えない顔で母が繰り返す。

「イメチェンってどういうこと? あんた、新しいクラスメイトに変な名目でお金とか要求されてるんじゃないでしょうね」

母の言葉は私の予想の範疇内だった。

だから、私はきっぱりと否定した。

「それはない。でも」

勇気を出せ。リスクを冒してまで私と一緒にいてくれることを選んでいる二人のために。

「友達が、できたんだ」

「え?」

父と母が息をのむ。

「ともだち……本当に?」

「うん」

私は頷いた。

「あんたが思いこんでいるだけじゃなくて?」

「違う……と思う」

 「思う?」

いけない、また自信の無さが顔を出そうとする。私は姿勢を正した。

「ちゃんとした友達。和也にも会ってる」

「うちに連れてきているの?」

「うん」

父と母が顔を見合わせる。

心臓がどくどくはちきれそうだった。

――おいおい、ちゃんとした友達、なんて言い切っちゃっていいのか?

もう一人の自分がここでまた顔を出す。

――どうせ、裏切られるに決まってるのに

しぼみかけそうになる気持ち。でも、でも。

――親をがっかりさせるのか?

「……千尋、ちひろ」

はっとした。両親が慮るように私を見ている。

「顔色悪いわよ。大丈夫なの?」

「……うん」

 大丈夫、と言いながら私は両親に向き直る。

心配そうな顔をしている母。

思案顔の父。

「で、話は戻るけれどなんでお金がいるの?イメチェンって言っていたけれどなんでイメチェンなんてしなくちゃならないの?」

「私が、ダサくて、そのせいで、友達がいじめられるリスクが、大きいから」

二人は不思議そうな顔をする。

「千尋はダサくなんてないわよ」

「そうだぞ、もっと自信をもて」

……出た。親特有の勘違い。

ファッションに気を使っている弟の和也は、小学生ながらいつも自分で服を選んでそれを両親に買ってもらっている。

私は、どうでもよくて親が用意する服をずうっとそのまま着ていた。

髪についても弟は安いところながら美容院に行っているのに、私は父の友人が経営している床屋さんでついでに切ってもらっている。

それがおそらくはだささの元なのだが、どう言ったらわかってもらえるんだろう。

「それにイメチェンなんて言って、その子たち、千尋にいらないお金を使わせたり自分たちの懐にいれようとしてるんじゃないの?お母さんそれが心配なんだけれど」

半ば予想していたことを言われ、反論材料を探していた、そのとき。

「姉ちゃんにお金を出してあげなよ」

聞きなれた声がして振り返るととっくに寝ていたはずの和也がパジャマ姿で立っていた。

「和也……? でも千尋は」

「母さん達も自覚ないみたいだから敢えて言うけれど、姉ちゃん確かにありえないくらいダサいし」

改めて言われると傷つくが、和也が現れたことで流れが変わりそうな気がするので口をつぐんで見守る。

「それに、姉ちゃんに友達が出来たのは本当の話だよ。姉ちゃんが風邪ひいたときに見舞いにも来てくれてたみたいだし」

悪い人じゃ無さそうだったよ。と、

弟は言った。

「和也……なんで、それを早く父さん母さんに言わなかったんだ?」

父が和也に詰め寄る。

「姉ちゃんに口止めされたたから。姉ちゃんも母ちゃん父ちゃんみたいに新しく出来た友達? 竹内さんていうんだけど、なかなか信じられなかったみたいなんだよね。俺は信じてやればって最初から言ってたんだけど」

「お前の眼から見て、その竹内さんって人はどんな人だ?」

「姉ちゃんとは真逆のタイプに見えたよ。明るくて友達多そうで、気を使える人っていうか」

と、いうことは私は暗くて、友達少なそうで、気も使えないってことかよ! と思ったが事実そうなので黙るしかない。

「その子が千尋を実はいじめるつもりって可能性はないのか」

父の顔は苦々しい。

過去が過去だから無理もない。私は俯く。

「ないと思う。だって、そんな気配は俺から見て感じないし、大体」

「和也」

私はそこで和也を止めた。

和也は大丈夫か? という目で私を見る。

ここは、腹を括るしかない。

私はちゃんと正座をし直した。

「まだ友達になってから日は浅いけど、その子が私を友だちと思ってくれていると仮定するなら、私はその子に沢山負担をかけてるみたいなんだ。それを少しでも軽くしたいし

……いや、それは言い訳だな。

そうじゃなくて……うまく言えないけれど、竹内奈緒……なー坊って呼んでねって言われているんだけれどさ。その子に相応しい人間に、私がなりたいんだ。

外見から入るのは違うって言われるかもしれないけれど、まず一番わかりやすく変われるところで自分を変えてみたい」

――宣言しちまったな

もう一人の自分が胸の中で言う。

――もう引き返せないぞ。いいのか?

いい、と私は自分の中の自分にこたえる。

傷つく覚悟もできているよ、と。

「……そんなに大金はだせないぞ」

最初に折れたのは父だった。

「お父さん!?」

母が驚いた声を出す。

「外見から入るっていうのは悪くないよ。そういう欲っていうのはあって当然で、今まで千尋が女の子なのにそういうことを一切言わないのも父さんとしては実は心配だったんだ。イメチェンに成功すれば他の友達も出来るかもしれないしな」

それに、と父は続ける。

「何より、千尋の口から自分を変えたいと言う言葉が出てきたのは嬉しいことだと思っているよ」

母は父と私の顔を見比べてため息を吐いた。

「イメチェンするならお店から、ちゃんとレシートや明細をもらって、おつりはしっかりとっておくのよ。あんた自身にお金を使って、友達にお金を取られてるわけじゃないって証明できるなら喜んでお金は出したいけど。できるの?」

できる、と私がうなずくと、心配なのよ、と母は言い、下を向く。

「喜びたいよ。あんたに友達ができたこと、喜んであげたいけど……また、あんたが……」

はらはらと母は涙を流す。

「お母さん」

私は母の手をとる。居酒屋稼業で荒れに荒れているがさがさの手。働き者の手だ。

「お母さん達が必死に働いたお金だから、変な風には絶対使わないから。……ありがとうございます」

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