第1-20話 初めて『友だち』というもののお宅に呼ばれて心臓が破裂しそうです。
「よーし、これから第一回、菊ちゃん改造計画会議を開始したいと思いまーす」
ドンドンパフパフ、と昭和のド〇フみたいな音が聞こえてきそうな勢いで竹内が宣言する。
上倉さんもパチパチと、拍手をした。
ここは竹内の家で、私たち三人は竹内のお母さんに出してもらった梅ジュース(去年の夏に作ったものらしい)で乾杯して、出された歌〇伎揚げを食べたところだった。
友達のおうちにお邪魔したことなんて初めてでさっきから心拍数が上がりっぱなしなのだが、それは必死に隠している。
……上倉さんが居てくれてよかった。
スリッパを履く、靴を玄関にそろえる、挨拶をする、その一連の流れをしてくれたので私はその後に追随してなんとか事無きを得た。
知らないことがありすぎて常識を疑われないようにするだけで精いっぱいだ。
「第一回ということは二回目もあるのか?」
「菊ちゃんのイメチェンが完了するまでは何度でもやるよ! さて、まず直すポイントをあげまーす」
どこからか大きな紙を取り出した竹内がサインペンを握る。
「一通りいろいろ書きだして行ってから優先順位をつけてこう。OK?」
「オーケー」
「……お、おーけー」
「菊ちゃん、まだ何も始ってないんだからそんなカチカチにならないでー。んじゃあ、書きだすよん。そうねぇ。まず外せないのは髪の毛。ヘアスタイルだね。あとは、制服の着こなし。んーと、靴下、スカート。あとは、あったかなあ」
「小物類も大事じゃない? あと私服はどうする?」
「私服は後回しかなあ」
「それに鞄と文房具? 菊ちゃんの持ってる筆箱、渋すぎるしね」
「そういえば、レターセットは持ってる?」
「……なんだ、レターセットって」
「友達同士、お手紙とか書くジャン」
「口で話せばいいだろ」
「授業中とか話したいときはお手紙回すの常識でしょ。スマホ、持ってない子も沢山いるし」
「そんな常識知らないし、大体、ちゃんと届くものなのか? 途中で捨てられたり、読まれたりしないかすごく不安なんだが」
「んー。それは普段からクラスメイトとちゃんと信用を培い合うしかないけどね。それにレターセットあると授業中に手紙回す場面以外でもいろいろ使えて便利だよー」
「……んじゃあ、買っておく」
「菊さん、手紙折りはできる?」
上倉さんの言葉に私は首をかしげる。
「なんだ、手紙折りって」
「ハートとかリボンとか、Yシャツ型とかいろいろ折り方あるんだけど、スタンダードなのはこれだね」
見てて、と竹内はルーズリーフを半分に折り切りすると、さらさら、と鉛筆で何かを書いてにこっとしてから折り始めた。
「レターセットがなかったり、使うまでもない簡単な連絡のときによくやるやつね」
B5ルーズリーフ半分ぐらいの紙がやりやすいよー、と言いながら、まず紙を縦に置き、半分に折って折り目をつけて広げた。
それから右上と左下の角を中心に向かって折り合わせる。
その後、縦半分に折り合わせて、またななめに折り合わせると、一見、封筒のようにも見えるものが出来上がった。
「これが手紙折り?」
「正式名称知らないけれど、そんな感じ」
はい、と手紙折りをしたものを渡される。
「開けてみて」
ぴら、と開けると、そこには「ずっと友達!」と五文字で書かれていた。
鼻の奥がツン、とする。
「ば、馬鹿」
「ん? 何が馬鹿なのー?」
「菊さん、何かいいこと書いてあった?」
「あ、あの、その……なんでもない。折り方知らない。教えてくれ!」
必死にごまかして、竹内からの手紙は制服の胸ポケットにさりげなく入れる。
……大事にとっておこう。
「手紙折りは女子の必須スキルだから覚えてね。最初は難しいかもしれないけれど、折っていくうちに覚えるから」
「そうそう。そこを折って……そうじゃなくて……ああ、惜しい、菊ちゃん!」
そんな風にして私の第一回イメチェン会議は何故か手紙の折り方講座と化した。
「あー、もうこんな時間だ」
続きは明日かなー、と竹内が言う。
言われて時計を見て、ぎょっとした。
もう夜十九時だ。
「や、やばい。竹内、電話貸してくれる?」
「あ! 和也くんね! そうだ、忘れてた」
かずやくん? とよくわからない顔をした上倉さんに竹内が菊ちゃんの弟さんで小学生だけどしっかりした子なんだよーと説明した。
「おせーよ、姉ちゃん、腹ぺこぺこだよ」
竹内のおうちの電話を借りて電話をすると和也がぶーたれた声を出した。
「今どこに居んの? 大丈夫なの?」
「あ、竹内さん家にいる」
そう言うと、後ろから軽く頭を叩かれる。
そして耳元で「なー坊でしょ」と囁かれる。
「……なー坊のうちに居ます。お菓子、ごちそうになりました」
何故か敬語になりながら和也にそう伝えると、電話越しに一瞬、沈黙が流れた。
「姉ちゃん。ご飯、ご馳走になってくれば?」
そのとき折り悪く竹内の母親が「二人ともごはん食べてってねー」と声をあげた。電話越しでもそれは和也に届いたらしい。
「え、でも、そんな悪いよ」
「悪くねーし」
「いや、だってお邪魔になってご飯までいただくわけには」
「この前、ねーちゃんだってなー坊さん家にあげて豚丼まで作ってあげてたじゃん」
「あれはその日に大きな借りがあってだな。それを返しただけで」
「ねーちゃん!」
和也に電話越しで大きな声をだされ固まる。
「……言っただろ。友達って言うのは対等なもんだって。それにいちいち借りだの貸しだの金融機関じゃねーんだぞ」
弟の言うことはもっともなのだが、でも。
「大体、あんたはご飯どうするの」
「姉ちゃん、俺のこと舐めてんの?姉ちゃんだけじゃなく俺だって小二から包丁握ってきてんだぞ。乾麺くらい簡単にゆでられるよ」
んんんん。と唸ってから出た言葉は一つ。
「……火の始末には気をつけてよ」
わかった、と和也は言って、電話が切れた。
「大丈夫だった?」
竹内、もとい、なー坊がこちらを伺う。
「今日は乾麺でも茹でて食べるってさ」
「本当にしっかりした子なんだねえ」
上倉さんの言葉。本当にそうだ。和也は、私よりよほどしっかりしている。
「……私には全然似てなくてしっかりしている、すごい良い子なんだ」
こみ上げるものを誤魔化すように、私は声をあげた。
「おばさんのこと、手伝わないとな!」
いいのに、というなー坊を振り切るように私は立ち上がった。
上倉さんも慌てて立ち上がる。
「おばさん、手伝います。運ぶお皿とかありませんか?」
あらあら、ありがとう、と言いながらおばさんはグラスや小皿を引っ張り出してくれる。
その日のメニューはグラタンだった。
「うちの奈緒と仲良くしてくれてありがとうね。えーっと、菊ちゃんとえーちゃん、だったわよね?」
えーちゃん……上倉さんがはい、そうですー、とうなずく。
「でも、菊さんはえーちゃんってよんでくれないんですよー」
「おかしいよねー」
「ねー」
なー坊と上く……えーちゃ、んが言う。
「まあ、そうなの? 菊ちゃん? なんで呼ばないの?」
「えと、あの、それは」
急に矛先を向けられて、私はあわてる。
「じゃあ、えーちゃんって呼んでみて?」
上倉さんじゃ駄目だよー、となー坊が言う。
「……えーさん」
私は勇気を振り絞ってそう呼んだ。
「俺のこともいつの間にか菊さんて呼んでるし、俺もえーさんて呼ぶことにした」
「うん、それはいいけれど、声が小さいからもう一回ね」
二人ともニヤニヤしながら言う。
「き、聞こえてるだろ」
「「アーアー、聞こえなーい」」
もっと大きく、と同時に請求される。
あらまあまあ、とおばさんが苦笑している。
私は半ば自棄になった。
「え、えーさん! よろしくお願いします!」
顔を熱くしながら私が言うと、なー坊とえーさん二人は顔を見合せてくすくす笑った。
「うん、そうだね。これからもよろしくね」
手を、また差し出された。
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