第1-18話 どうやら私は本物のオタクよりもオタクっぽい見た目をしているらしい
放課後になって上倉さんと学校の傍近くの水上公園で合流した。
ラケットに少し触らせてもらったらしく上倉さんは汗をかいていて、いつもかけている
ジャージ姿の上倉さんと竹内と私。三人で公園に備え付けてある丸太形の遊具に腰掛けて話した。
「で? 掛け持ちは大丈夫っぽい?」
上倉さんにそう尋ねられ私達は、はっとした。
「ごめん、それ聞くの忘れた!」
えぇー!? と上倉さんは残念そうな、というより気の抜けたような声を出した。
「あ、でも大丈夫。先輩たちの連絡先聞いたから、今、LI〇Eしてみるよ」
こいつ、いつの間に先輩たちとLI〇E IDなんか交換していたんだろう。
素早い奴だなあ、と思った。
「ええと……全然大丈夫だよー、だって」
全然大丈夫、か。
私の頭の中を、見開きで絡み合っていた漫画の男性キャラ二人がよぎる。
……いろんな意味で本当に大丈夫なのか?
「あとねー、と〇のあなに誘われたよ」
えーちゃんも一緒に行こうよ、と竹内は図々しく上倉さんまで巻き込もうとする。
「と〇のあなって?」
「二次創作の本を売っている本屋だってー」
「……それは遠慮しようかなあ」
頬をぽりぽりとかきながら苦笑いする上倉さんに『私もそうしたほうがいいと思うよ』と口を開きかけた。
一回はまったら抜け出せない世界のような気がしたのだ。
だが、竹内は食い下がった。
「いいじゃん、行くだけ行ってみても。趣味に合わなかったら買わなきゃいいんだもん」
えーちゃんが漫画が嫌いなら別だけれど、と竹内が言うと、「いや、漫画は好きだけど」と、上倉さんは口を濁した。
「でも、オタクっていうの? そういうのにはなりたくないなあって思う」
オタク、か……。
私の中でオタクのイメージが膨れ上がる。眼鏡をかけていて、太っていて、なぜかチェックのシャツを着ていて、美少女キャラクターの袋をさげているやつ。
あ、でも女のオタクってどんなんだろう。
吉永先輩はきりりとした美人で、正直、オタク、とはかけ離れている雰囲気だけれど。
「そういえば菊ちゃんって」
ちょっとオタクっぽい外見しているよね、と竹内に明るく言われて、私は衝撃を受けた。
上倉さんも苦笑いして否定はしない。
……自分は二人から見てもオタクっぽい外見をしているのか。
麗の『外見直せば』という言葉が脳裏に蘇る。
オタク=いじめられっこという図式もなんとなく馴染む気がして、そうすると、今まで気にならなかった自分の外見のことが急に恥かしくなってきた。
「私、オタクっぽいか」
「ちょっとだけね」
どこらへんが、と泣きそうな気持ちで聞いてみると、まず髪型がなあ、と言われた。
「枝毛だらけのぼさぼさの髪でしょー」
あと、中途半端な丈のスカートにとどめが白ソックス! と、竹内はあげつらった。
……整髪料の類は校則で禁止されているし、スカート丈も白ソックスも学校指定のものだ。それなのに、そんなことを言われようとは。
そう思っていると私の思考を読んだように竹内が「ルールはね、破るためにある」と、言った。
新しい視点からの意見だ。私が感心していると、「正直に言うと、世間体と折り合いをつけるために一応存在するけれど、必要性がないルールがあるといったところかな」
「ああ、わかる気がする」
と、上倉さんは言った。「破って良いルールと、破っちゃいけないルールがこの世にはあるよね」
そうそう、と竹内は得意げに頷いた。
「それにルールを守ることより大事なことが、もうすぐ十三歳になる私達には山ほどある!」
沢山の花束やキャンディーを受け取ったような、もしくはこれから提供するような満面の笑顔を竹内が浮かべた。
その大輪の花のような笑顔に私は一瞬だけ、見とれてしまった。
私が知らないことをこの子は沢山知っているのだ、という確信が私の胸を強く叩いた。
「よし、菊ちゃん改造計画をしよう!」
竹内は高らかに宣言した。
まるで革命家だ、と私は思った。
上倉さんはうんうん、と何やら頷いていた。
その晩の夕食はタレつきの牛肉をもやしとキャベツで炒めたものにした。
和也は茄子の味噌汁を作ってくれていた。
二人で、いただきますを言う。
テレビをつけると、ニュースが流れてきた。消費税増税によって苦しめられている市民について。タイガー・ウッズの活躍について。
「姉ちゃん」
竹内さんとはどうなったの? と弟が聞いてくる。
私は「うるさい」とだけ言った。
「うまくいかなかったの?」
眉毛をハの字に変えて、和也が心配そうに私の顔を覗きこむように見てくる。
「そんなことより。お前、姉ちゃんの見た目、どう思う?」
「どうって……」
実の弟が口ごもる。
頭のてっぺんからつまさきまでじろじろ見られる気配があった。
「……何て言えばいいの」
私はむっとしながら
「思ったまんまを言えばいい」
と、言った。
和也は言いにくそうにしていたが、ぼそりと、「ださいと思う」と、言った。
私は、「そうか」とだけ答えた。
弟の目が『なんでそんなことを聞くの?』という好奇心で光っているのを私は敢えて無視した。
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