タイムマシンに乗ったら、コロナのない世界線に来てしまったのだが、俺はどうしたら、良いのだろう
第1-15話 なー坊にどうして欲しい? と麗が問いかける。私は、離れて欲しいと思っている、と本音を言った。
第1-15話 なー坊にどうして欲しい? と麗が問いかける。私は、離れて欲しいと思っている、と本音を言った。
なー坊にどうして欲しい? と麗が問いかける。私は目をつぶった。竹内の明るい笑顔が瞼の裏でぱっと咲いて散った。
「私みたいに、いじめられないで欲しい」
だから、離れて欲しいと思っている、と言うと、麗の目が一段と大きく見開かれた。
「たった、数日良くしてもらっただけだけれど、気のいい奴らしいっていうのはわかったから――私みたいのに付き合って、あいつまで巻き込まれていじめられるのは可哀想だ」
思いの丈を吐き出すと、麗は黙った。
まだ寒い春の夜。私たちの白い息が交差する。
麗が重い口を開いた。
「なー坊に聞いてみたの。なんで、あんたみたいな娘を構うのかって」
そしたらね、飛びぬけて良い子だし面白い子だからだよって返ってきた。と、麗は言った。
「でもさ、言っちゃ悪いけれど、あんた、私の目から見たらダサすぎ。三つ折ソックス。厚ぼったい鞄。ぼうぼうの頭。なんていうか、いじめられっ子そのものって見た目だけでもさ、なんとかしたら?」
「……見た目をなんとかしたら、なんとかなるものなのか?」
私が問うと、これだもんね、と麗がため息を吐く。
「私からしたら、ついていけないよ。根が良いとか悪いとか関係なく、付き合いは付き合いだから」
そりゃあ、根っていうか性格が良い子とだけ付き合っていられれば楽ちんだよ。そう出来たら良いなって私も思うよ。でも、世の中そうじゃないもん、と麗は言った。
「嫌なやつとも、ムカツク奴とも表面上はへらへらと付き合っていかなきゃいけないときだってあるんだよ。……あんたを長いこといじめてたらしい、万丈恵みたいな女とも」
――今日は燃えるゴミの日だもんね?
くりっとしたよく動く目で、ふわっとした髪を片手で押さえながら、可愛らしい声で万丈は言った。
――ゴミはちゃんと燃やさなきゃね。
たちまちに男子と女子といわず、皆が私に向かって手を伸ばしていた。たくさんの腕に押さえつけられた身体が、もう、それだけで痛かった。
「……その右袖の下のこと、なー坊にはもう打ち明けたの?」
「そこまで、もう知っているのか」
私はコートの上から右腕を抑えた。
麗が嘲けるように言う。
「万丈が自分で噂を広めているよ。菊坂の右腕には醜い火傷がある。それは、私がつけてやったおしおきの跡だって」
嘘だと思うなら、右袖をめくってみれば良いって、笑いながら言ってたらしいよ、という麗の言葉に私の脇を冷たい汗が伝った。
――アイツはまだ、そんなことを言っているのか。
「万丈は一組で、私たちが三組。別のクラスになったからまだ良かったけどさ。アイツ、着々と勢力広めてきているよ」
私としてもそれを無視するわけにはいかないし、なー坊をアンタと同じような目に遭わせるわけには絶対にいかせない、と麗は厳しい目で続けた。
「……竹内の事、守ってやってくれないか」
私は、アイツから、離れるから。
自ずとこぼれでた言葉に、麗はふう、と息を吐いた。
「あんたの気持はわかった。……でも、うまくいくかはわからない」
え? と視線をあげた私に、麗は私が渡したコートを脱いで返しながら、言葉を続けた。
「なー坊はあんたと居たいって」
「……」
「麗ちゃんには沢山友達がいるけれど、菊ちゃんには今のところ私しかいないからって」
これでも小学校時代はなー坊と私、親友同士だったんだよ? と、麗は頬を膨らませた。
「なんか、変な表現かもしれないけれど……嫉妬しちゃう」
あんたが嫌なやつだったら良かったのに、とぽつりと言って、麗は暗闇の中に消えた。
私はその背中を見送りながら、胸の中で麗の言葉を繰り返し思い出していた。
私に良くしてくれる竹内のこと、もしかしたら友達になってくれるかもしれない上倉さんのこと、竹内のことを真剣に案ずる麗のこと、……私をいたぶり続けた万丈のこと。
部屋に戻ると和也は既に寝息を立てていた。
いろいろと考えているうちに、両親が帰ってきた気配がしたので、私は慌てて布団にもぐりこみ、瞳を閉じた。
あまり、両親に新しい学校生活のことを話したくはなかった。
麗は言った。竹内は『私と一緒に居たい』と言ったと。
他人の善意というものからずいぶん遠ざかっていた私には、竹内から向けられる温もりが本物なのか、ひと時の気紛れなのかを見極める目がない。
麗は言っていた。万丈が私を狙っていると。
麗自身はどうなのだろう。竹内があくまで私にくっつくことを選ぶなら、私もろとも竹内を敵に回すつもりなのだろうか。
嫌なやつとも、ムカツク奴とも表面上はへらへらと付き合っていかなきゃいけないんだよ。と、いう麗の悲痛な声。
彼女は彼女で自分自身のバランスをとるのに精一杯に違いない。
麗がやってきて去って行った、その晩。私は浅い眠りをさ迷い、さまざまな夢を見た。
ある夢では私は普通の子のように顔の無い友人達に囲まれて楽しそうにしている。
でも、別の夢では、また廃工場のところに今度は五中のクラスメイト達の手で引っ張られて(あの廃工場はもう取り壊されたはずだが)いかれる自分が居た。
万丈の悪意に満ちた笑顔。竹内の裏のなさそうな穏やかな笑み。麗の尖った視線やつんとした唇、上倉さんの戸惑いの表情、先輩達の温かな視線、工芸室のゆったりとした空気。
私の意識は千切れた未来の可能性を漂っては、現実の暗闇に引き戻され、疲れが癒えるというより疲れが深まっていくようなそんな夕べだった。
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