第1-14話 夜も更けた頃、私に何故だか接近してくる竹内の友人が険しい顔で自宅に突撃してきた件

家に帰ると、弟の和也が油揚げの味噌汁を作って待っていた。

「遅いよ、姉ちゃん」

小さな唇が尖っている。ごめんごめん、と私は言った。

「でも、きっと……もう遅くなることもなくなるから」

その言葉に和也が複雑な思いをこめた視線を私に向けたのがわかった。

「あの、なー坊って人は?」

「……」

「喧嘩したの?」

してない、と言ってエプロンをつけた。

昨日は豚丼だったから今日は魚がいいだろう。魚の切り身があればムニエルにしようか。

「姉ちゃんさ」

「何だよ?」

「友達って対等なもんだよ」

「……何が言いたい?」

冷蔵庫に入っていたわらさの切身に小麦粉と塩胡椒をまぶしていた私に和也が意見する。

「姉ちゃんが卑屈すぎると成立するものもしなくなるよ」

「……友達なんて」

いらないし、別に。と言うと、和也ははぁ、とため息をついて「そういうところ、すげぇ、ガキだと思う。姉ちゃんは」と、言った。

「なに? 喧嘩したいの? あんた」

 私とさ、と構えると、したいわけないじゃん、と和也はクールに答えた。

「ただ、あんまりにも姉ちゃんがわかってないから……もう少しさ、人の善意とか、悪意とかを判別できるといいな、と思ってさ」

和也にたくさんの友達がいることは知っている。それなのに、遊びを早く切り上げて帰ってきて私との食卓のためにご飯を炊いて味噌汁を作って待っていてくれる。

優しい弟だと思うし、家族には恵まれていると思う。

「……私は一人でも大丈夫だから」

そう言うと、和也は駄目だこりゃあ、というような顔をした。


夜、寝る支度を整えていると、ふいにピンポン、とチャイムが鳴った。

誰だろう? と、ドアの覗き穴を覗くと、そこには麗、と呼ばれていたあの少女がセーラー服姿で立っていたので驚いた。

私が慌てて扉を開くと、「少しいい?」と、きつい眼差しで彼女は言った。

外は寒い。四月とはいえ、夜の九時を過ぎると歯の鳴るような寒さだ。

「……ちょっと待っていてくれ」

私は身を翻すと、コートに手をかけ――少し迷ったが、自分の分だけではなく麗の分も持っていくことにした。

和也に外に出てくる、と言うと、なんで、と不機嫌な声がかえってきたが、玄関に立っていた麗を見ると、ぎょっとしたような目をして――黙って頷いた。

「あんま、遅くなるなよな。母さん達が仕事から帰ってきちゃうから」

わかってる、と言って、私は外に出た。

コートの一枚を麗に差し出す。

「寒いだろ、着ろよ」

そう言うと、彼女は目をひん剥いた。

私が何のために来たかわかってんの? と言いたげだったが、私は「着ろよ。風邪ひかれたら目覚めが悪い」と、繰り返した。

麗はしぶしぶ、といった様子でコートの袖に手を通した。そのとたんに寒さに気づいたみたいに、ぶるり、と震えていた。

「一時間ぐらいしたら親が帰ってくるから、それまでな」

私が言うと、麗は黙って頷いた。


私が住む都営アパートの一階のすぐそばに小さな児童公園がある。

そこで私達ふたりは顔をつきあわせた。

麗は単刀直入だった。

「あんた、なー坊のこと、どう思ってるの?」

私は少し頭をめぐらせる。

「……よくわからない奴、と思っている」

麗の目がきつく、吊りあがった。

「よくわからない奴って……」

「だって」

私はコートの襟元を強く合わせた。

「私に近づいたって、嫌なことはあっても、いいことなんて一つもないだろうに、近づいてくるから、よくわからない奴だなって」

正直な気持ちを吐露すると、麗の顔がなんとも言えないように歪んだ。

「あんた、なー坊をどうしたい?」

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