21-2
柿原の後を追うようにして教室から去っていく二階堂を見送った後、俺と雪緒は看板作りに戻った。
何だかんだ集中して一時間ほど経過した時、他の所で作業していた女子が教室にいる人間に呼びかける。
「ごめーん! ダンボール捨てに行ってくれる人いない?」
見た所、物を運ぶのに使ったり、装飾に使ったダンボールの切れ端が教室の隅に追いやられる形で積まれてしまっていた。
確かにあれではさすがに邪魔になる。
「……あれ、凛太郎行ってくるの?」
「ああ。ちょっと体が凝ってきた感じがするから、気分転換に行ってくる」
「オッケー。じゃあ僕は続きやってるね」
「おう、頼むわ。代わりと言っちゃなんだけど、帰り際に飲み物買ってきてやるよ」
「おっ、じゃあ炭酸系の何かをお願いするよ」
「あいよ」
俺は立ち上がり、呼びかけていた女子の下に近寄る。
「俺が捨ててくるよ。校舎裏でいいんだよね?」
「あっ、助かるよ志藤君! そうそう、校舎裏に捨てる場所があるから、そこにお願い。周りのクラスが捨てた物もあるだろうから、場所は分かりやすいと思うよ」
「分かった」
俺は積み重なったダンボールをガムテープである程度一括りにして持ち上げる。
いくらダンボールとは言え、これだけ集まると割と重い。
それにかなりかさばるため、女子が運ぶ分には少々大変だろう。
「よっこいしょっと……」
担ぐように肩に乗せた後、俺は校舎裏へと向かう。
彼女の言った通り、確かに他のクラスが捨てたゴミが積まれている場所があった。
分かりやすくてありがたい。
ゴミ山に放り投げるようにしてダンボールを捨てた後、俺は手を払って踵を返す。
しかし振り返った先で見知った顔を見つけてしまい、俺は思わず足を止めた。
「乙咲、お前やっぱり男と付き合っちゃいけないって事務所から言われてんの?」
「え? ……はっきりそう言われているわけではないけど」
そこには校舎の壁を背にしている玲と、その前に立つ背の高い金髪の男の姿があった。
確か彼はB組の金城とか何とかいう男だった気がする。
金城を具体的な言葉で表すとしたら、そこそこ調子に乗った"なんちゃって陽キャ"。
同じような連中でつるみ、自分たちがいかにもイケてる連中ですよーとでも言いたげな態度ではしゃぎ、喚く。
口癖は"マジやばくね?"。
――――すまん、これは偏見。
正直口癖を知るほど近づいたことはない。しかしどんな人間かはこれで分かってもらえたと思う。
どうでもいいことだが、金髪が二人並ぶと目がちょっと眩しい。
玲の髪色の方が綺麗だが。
ともあれ、向こうは俺に気づいていないようだ。
今のうちに後ろを抜けてしまおう。
「なあ、じゃあこっそりオレと付き合わねぇ?」
その言葉が聞こえた瞬間、俺は思わず積まれたゴミ山に隠れてしまった。
あの馬鹿は急に何を言い出すのだ。
(そして俺は何で隠れちまったんだ……!)
この状況。さっさといなくなった方が存外マシな展開になったはずなのに、残ってしまったせいで動くに動けなくなってしまっている。
誰が好き好んで人の告白シーンに同席などしたいものか。
それにまさかあいつのだなんて――――。
「ほら、オレ最近モデルになったじゃん? もう芸能人のアドレスとかいくつも手に入れた訳よ。これ出世街道まっしぐらじゃね? オレと付き合っておけば将来的には絶対得だと思うぜ」
「……」
モデルになったじゃん? とは言うが、全く知らなかったなぁ。
本当なら確かにすごいことだけれども。
「文化祭も一緒に回ろうぜ。もうこの際バレたって大丈夫だろ? 相手がオレなら世間も納得するって」
「話は分かったけど、ごめんなさい。あなたとは付き合えない」
「……は? 何、お前」
金城の眉間に深い皺が寄る。
「お前さ、ちょっと調子乗ってるんじゃねぇか? アイドルっつってもただの女だろ? 大人しく俺について来いって」
「何度も言うけど、ごめんなさい。あなたとは付き合えないし、付き合いたいとも思わない」
「……マジで言ってる?」
玲は金城の言葉にノータイムで頷く。
押しても無駄とでも言いたげなその態度を前にして、彼は舌打ちを吐いた。
「チッ……ぜってぇ後悔させてやるよ」
何とも小物臭のする捨て台詞だ。
とりあえずは大事にはならなかったため、俺は胸を撫で下ろす。
最悪飛び出していかなければならないと思っていたから、何事もなかったことがただありがたい。
そう思っているはずなのに、この安心感はそれとはまた別な気がしてしまう。
――――ともかく、いつまでもこうしているわけにはいかない。
ゴミ山の陰から出れば、人の気配に気づいた玲が視線を向けてきた。
「凛太郎、何でそんな所にいるの?」
「ゴミを捨てに来たら急に目の前で告白劇が始まってな。出るに出られなかったんだよ」
「それはごめん」
「謝る必要はねぇよ。……金城がお前を呼び出したのか?」
「うん。話があるって言われてついてきたら、突然付き合えって言われた」
淡々と語る玲に、動揺は見られない。
何というか、酷く慣れてしまっている印象だ。
「アイドルになってからもこういうのってあるもんなんだな」
「そんなに多くはないけど、なくなったわけじゃない。思いで作りのためになんて言う人もいるし、さっきみたいに謎の自信を持った人もいる。正直、ちょっと迷惑」
トキメキとかそう言った感情は一切見えず、玲はどこか疲れたような表情を浮かべている。
「……ま、お前が変な男に引っかからなくてよかったよ。じゃないと俺が必死にお前らの夢のために我慢している意味がなくなっちまうからな」
「どういう意味?」
「え? どういう意味って……」
――――どういう意味だろうか。
首を傾げ、俺は自分の発言を思い返す。
俺は何かを我慢しているのだろうか。
気づかないように、気づかないようにと溜め込んできたタンクに小さなヒビが入り、中の"何か"が漏れ出して来るような、そんな感覚がする。
この感情を放置してはいけない。
ただ一つそんな予感に苛まれた俺は、頭を振って意識をそらした。
「皆まだ準備してるだろうし、俺たちも戻ろうぜ。サボりって思われたら面倒臭いし」
「……うん、分かった」
玲は薄く笑みを浮かべると、俺の横に並んで歩き出す。
「そう言えば、凛太郎は告白されたことってあるの?」
「あ? んー……ないっちゃないし、あるっちゃある、かな」
「どういうこと?」
「幼稚園での告白を含めれば一回。それ以外ではゼロって感じだ」
さすがに五歳やら六歳やらの告白を誇らしく話せないというか、間違いなく大切な人の感情であることは確かなんだけれども、高校生になってから抱く感情とは別物だと俺は思うのだ。
だから正確な数には入れていない。
まあ何が言いたいかと言えば、決して蔑ろにしているわけではないということだ。
「幼稚園に入った時に、えらく俺に懐いてくれた女の子がいてな。年長の時に結婚してほしいって言われたよ」
「それで、どうしたの?」
「ん? あー……できるわけないってことは理解してたから、恋人ならいいよって言った気がするなぁ。それから卒園して、そこからはもう別々の学校だ。もう十年以上会ってないことになるな」
子供ならではの可愛い恋愛とでも言えばいいだろうか。
おぼろげな当時のことを思い出して、少しだけ心が温かくなる。
「確か名前はゆず――――って、なんつー顔してんだよ」
「……別に」
ふと玲へと視線を向ければ、彼女は珍しく頬を膨らませて不機嫌さを露わにしている。
初めて会った時に俺とカノンがじゃれていたのを嫉妬の目で見ていた時より、今の表情の方が不機嫌さが顕著に感じられた。
しかしその顔すら可愛いという魅力を孕んでしまうのだから、何だか微笑ましくなってしまう。
「つまらなかったか? この話」
「あんまり聞きたい話じゃなかったことは確か」
「そっか。んじゃまた忘れておく」
「……嘘。こんな話で嫌がるほど子供じゃない」
「そうかい。じゃあそういうことにしておくわ」
俺としても、この話をここで打ち切れたのは助かった。
これ以上深く話せば、小学生のあの頃の話を思い出してしまうかもしれない。
(初恋、か……)
その言葉に当てはまる相手は、やはり幼稚園の頃のあの子だろう。
今は当然恋愛感情など抱いてはいないが、どこかで元気に過ごしていることを祈るばかりだ。
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